第78話 学校一の美少女とご飯を食べる
映画館を出ると、寒気の冬風がひゅうっと肌を撫でる。その中との温度差に思わずぶるっと体が震えた。隣の斎藤も同じようで、僅かに身体を震わせて肩を竦める。
「そ、外は寒いですね」
「そうだな。映画館の中が暖かかったから尚更だな」
「はい。急いでご飯を食べに行きましょう。食べるところはもう決まっているんですか?」
「ああ、一応パンケーキの店を予約してる。結構有名らしい」
「そうなんですか、それは楽しみです」
そう呟く斎藤はぱぁっと顔を輝かせて微笑みを浮かべる。
アイスやケーキを食べている姿を見ていた時から思っていたが、斎藤はどうやら甘いものが大好きならしい。わざわざ探した甲斐があった、と心の内で頷く。
「ああ、楽しみにしててくれ」
「もしかして駅近くにある一年前くらいに出来たパンケーキ屋さんですか?」
「そう、そこだな」
「前に一度食べたことがあるんですが、本当に美味しかったですよ。それがまた食べれるなんて。ふふふ、楽しみです」
「そうなのか。パンケーキって結構流行ってるもんな。俺的にはなんとなくホットケーキみたいなイメージしか湧かないから気に入ってくれるか少し不安だったんだが、楽しみにしてもらえるならよかった」
「何を言っているんですか、ホットケーキとパンケーキは全然違いますよ」
「お、おう」
俺の言葉に引っかかったらしく、真剣な表情でじっと見つめてくる。透き通る綺麗な瞳がこちらを向く。
「いいですか?パンケーキというのは、日本の女性をみんな熱狂させているスイーツなんです。それどころか、女性のみならず、老若男女に愛されるスイーツと言っても過言ではありません。ホットケーキとは全然違いますから」
「そ、そうなのか。楽しみにしておくよ」
熱く語る斎藤を前に思わずたじろぎ、言葉を噛んでしまう。どうやら、パンケーキはお気に入りだったらしい。こんなに饒舌になるのは本の時以外には見たことがなかったので相当なのだろう。
慌ててコクコクと首を縦に振ると、斎藤は「はい、絶対田中くんも虜になりますよ」と満足したように微笑んだ。
寒さに背中を押されるように、目的のパンケーキ屋さんまで歩き進む。途中でいかにパンケーキが美味しいか語られ、それは到着するまで続いた。
「あ、着きましたね」
「そうだな」
熱心に話す斎藤は可愛くていつまでも見ていたかったが、お店についたことで会話を区切る。カラン、とベルの音を響かせながら扉を開けて中へと入った。
内装は暗めでどこかシックな雰囲気が漂う。落ち着き静かな空気が肌に伝わった。
店員さんに案内され、テーブルを挟んで斎藤と向かい合って座る。店員さんはメニュー表を置いて去っていった。
「初めて来たが、雰囲気いいな。本を読むのが捗りそうだ」
「まったく、なんで基準が本なんですか……」
斎藤はどこか呆れたように微笑みを浮かべる。だが共感はしてもらえたようで「分からなくはないですけど」と付け加えていた。
机に置かれたメニュー表を開いて中を見る。ネットで調べた時に見たようなメニューがずらりと並んでいた。
「前回来た時はどれを食べたんだ?」
「これですね。普通の1番人気のです。バニラアイスが乗ってシロップがかかっているんですけど、程よく甘くて美味しかったですよ」
「そうなのか。確かに美味しそうだな」
斎藤が指さした写真には3枚の白いパンケーキが並び、その上にバニラアイス、そしてとろりと甘そうな黄金のシロップがかかっているのが写っていた。
美味しそうな写真に食欲がそそられ、ごくりと唾を飲む。
斎藤は他のメニューを見ているようで、目をきらきらと輝かせながら、視線がゆっくりと動かしていた。よほど魅力的なのか、口元を緩ませてメニュー表に釘付けになっている。
「斎藤はどれにするんだ?」
「そうですね……。今はこれかこれで悩んでます」
そう言って指差したのは、抹茶のパンケーキと期間限定のストロベリーのパンケーキ。どちらも美味しそうで悩むのは頷ける。
だが、それ以上に目を引いたのは期間限定という文字。確か、前にアイス屋に寄った時も期間限定だからって誘われた気が……。
「斎藤って期間限定好きだよな」
「そうですけど、悪いですか?」
単純だなと俺が思ってると思ったのか、ほんのりと頰を赤らめて、窺うように上目遣いでこっちを見る。
「いや、別にいいけど。そういうのを気にするんだなと思ってな」
「だって期間限定ですよ?今を逃したら食べられなくなっちゃうかもしれないじゃないですか」
「まあ、そうだな。じゃあ、期間限定のやつにしたらいいんじゃないか?抹茶は俺が頼むよ」
「いいんですか?」
「ああ。抹茶は好きだし、ストロベリーも興味があったからな」
実際抹茶は好きだし、ストロベリーも美味しそうだと思う。だが、1番の目的は自然に食べさせる口実になるからだ。
順調に計画が進んでいることに満足しながら、店員さんを呼んで注文を終えた。
しばらく待つと、甘い香りと共に2つのパンケーキが運ばれてきた。机に置かれるとふわりと香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「わぁ、美味しそうです」
斎藤はそう零していつになくきらきらと瞳を輝かせる。期待に満ちてもう待ちきれない、といったどこかあどけない表情が可愛らしい。
普段の淡々とした雰囲気とのギャップに思わず笑みが溢れ出た。
「じゃあ、食べるか」
「はい、いただきます」
手を合わせて食事の挨拶を済ませると、斎藤は慎重な手つきでゆっくりとフォークをパンケーキに近づける。一口大の大きさをもう片方の手のナイフで切り取り、そっとフォークで刺して、そのままぱくりと口の中に入れた。
入れた瞬間「んっ!」とどこか甘い声を漏らしながら、目をぱちくりと丸くする。だがすぐに目をへにゃりと細めて味わうように幸せそうに表情を緩ませた。
「美味しいか?」
「はい!甘いだけじゃなくて、ストロベリーの酸味も効いていて本当に美味しいです」
斎藤はふわりと華が舞うように満面の笑みを見せてくる。それは本当に温かく柔らかな表情でとても魅力的だった。
自分も一口、と目の前に置かれた抹茶のパンケーキを食べる。口に入れた瞬間に、抹茶のほろ苦い甘さが口一杯に広がっていく。甘いものが苦手な自分でも十分に満足できるほど、本当に美味しかった。
「どうですか?」
「ああ、美味しいな」
斎藤が俺の様子を窺うようにこっちを見つめていたので感想を伝えると、安心したように口元を緩める。
それで終わりかと思ったが、どうやらまだ気になることがあるようでちらっと俺の手元に視線を送ってきた。
計画通り。これなら自然に食べさせられるだろう。
「食べるか?」
「はい」
「ん、じゃあ、ほら」
そう言いながら一口大に切り取って、フォークで斎藤の口元まで運ぶ。斎藤はほんのりと頰を朱に染めて、僅かに逡巡するように視線を左右に揺らした。
「え、えっと……」
「なんだ、食べないのか?」
「た、食べます!」
照れているせいで躊躇っているのは分かっていたが、あえてフォークを下げるようにしてみると、斎藤は若干焦りながらぱくりと口に入れた。
「どうだ?美味しいか?」
「美味しいです……」
細く小さな声でそれだけ呟いて、伏目がちにこっちを見る。茜色に色づいた表情から照れているのは丸わかりで、自分の作戦が上手くいったことが分かった。
無事計画が上手くいき満足していると、斎藤がなにやらおもむろにストロベリーのパンケーキを一口に切り、こっちの口元まで運んできた。
「えっと、斎藤?」
「お返しです。ほら、食べてください」
ちょっぴり恨めしそうな表情で、でもどこかからかいも含んだ視線がこっちを向いて離さない。まさかやり返されるとは思わず、微妙に羞恥に駆られながらも差し出されたパンケーキを頬張った。
「どうですか?」
「あ、ああ。美味しいぞ」
「そうですか。では、もう一口どうぞ」
そう言いながらまたパンケーキを口元に持ってくる。
「え?あ、いや……」
なんと言えばいいのか思いつかず、言葉が出てこない。整理しきれないまま、差し出されたパンケーキの前で固まってしまう。
「要らないんですか?」
「た、食べる。食べるぞ」
そう言ってまたぱくり食べる。
こう2度目もやらされると余計に意識してしまい、羞恥で頬が熱くなってくる。籠った熱を逃しながら、斎藤の様子を窺うと、満足そうに微笑んでいた。
「はい、もう一口どうぞ」
「お、おう」
それから流れに任されるまま、何度か逆に食べさせられることになった。
ーーーーなんでこうなった?
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