第77話 学校一の美少女と映画後
映画が流れ始めたことで、繋いだ手から意識を切り替えてスクリーンに集中する。
それでも伝わってくる手のひらからの熱はむず痒く、ほんのりと頰に熱は篭り続ける。そっと息を整えながら、前を向き続けた。
映画は幼馴染の恋愛物だった。昔から仲の良い男女2人が高校生に上がり、互いに段々と意識していく。色んなイベントやトラブルを乗り越えてその度に気持ちは積み重なり、互いを意識し合う過程が丁寧に描かれていった。
途中、たまに斎藤の方を盗み見ると、その視線は興味深そうにスクリーンの方に向いていた。愛らしい綺麗な瞳にはスクリーンの色鮮やかな色彩がうつり、まるで宝石のように煌めく。
グロスの塗られた唇までも色っぽく濡れていて、思わず、生唾を飲み込んでしまった。
さらに時々訪れるトラブルの場面では、緊張かあるいは恐れのせいか、きゅっと繋いだ手に力を込めてくるので、心臓が跳ねる。まったく、わざとではないのだろうが、不意打ちは本当にやめてほしい。
そんなことを経験しながら、段々と物語は終盤へと向かっていった。
『今の関係が壊れてしまいそうで、告白するのが怖い』
物語最終の場面。互いに意識し合ってもうあとは告白するだけ。そこまで関係が進んだところで、ヒロインの独白が流れる。その言葉は、強く胸に刺さった。
ヒロインのその考えはとても共感できた。
関係を進めるということは、今の関係を変えるということだ。一度変わったものは元に戻らない。それがどんなに大事なものだったとしても。
だから、好きであるが故に関係を進めるのが怖い。まだ付き合う覚悟が出来ていない。
今のまま、仲の良い友人の関係を続けている間は、この居心地の良い関係を維持できる。だが、仮に付き合ってしまったらもう友達という関係は戻ってこない。まだ俺には友人の関係を失う覚悟はなかった。
自分も思春期であるし、彼女というものが欲しいという欲求はある。だが、それは単純な好奇心に近いもので、その欲求を満たすために斎藤を利用したくなかった。
付き合うということはいつか別れる時が来るかもしれない。そう思うと関係を進める一歩を踏み出せなかった。
斎藤はどう思っているんだろうか?
様子を窺い、隣の斉藤の横顔を眺める。
ここまで自分を信頼してくれて、色んな表情を見せてくれて、さらにはからかってきたり、触れることを許してくれたり、これだけ揃えば確実に斎藤は自分のことを好いてくれていると断言できる。もし、これでただの自惚れだったら恥ずかしいが……。
もう少し。もう少しだけ今のままでいたい。
付き合うなら今の関係を失ってでも進めたい何かがあった時。その覚悟を持つことが出来た時。その時が来たら告白しよう。そう心に決めた。
結局、映画では男側が最後勇気を出して告白し、成功するところで終わった。完全なハッピーエンドにほっと安堵する喜びが込み上げてくる。
「面白かったですね」
「そうだな。色んなところで感情移入したし」
「私もです。特にヒロインには共感出来る部分が沢山あって、固唾を飲んで見守ってしまいました」
斎藤も映画の余韻に浸っているようで、恍惚とした表情で淡い声を漏らす。その声の調子から楽しんでいたことはひしひしと伝わってきた。
「確かに、映画中の斎藤は真剣そのものだったな」
「え?見てたんですか?」
ほんのりと頰を朱に染めて、目を丸くする。そんな姿がやっぱり可愛いなと思いつつ、言葉を続けた。
「少しだけな。じっとスクリーンの方眺めてて、集中してるのが分かった」
「はい、お話自体はシンプルなんですけど、それが逆にヒロインへの感情移入をしやすくしていて、気付いたらヒロインと同じ立場で映画を見ていました」
「へー、そこまでハマったなら見た甲斐があった。どこに一番共感したんだ?」
「うーん、一番と言われると難しいですね……」
細い指先を顎に当てて、むーっと考える。少しの間その体勢を維持していたが、やがてぽつりと零した。
「……告白前のところでしょうか?」
「告白前?」
「はい、『今の関係が壊れてしまいそうで、告白するのが怖い』ってヒロインが独白していたところです」
「ああ、あそこか」
「はい、やっぱり唯一の大事なものを失うのは怖いですから……」
少しだけ俯きつつ零したその声は儚げで、どこか暗さが滲んでいた。
なんと声をかけるべきか迷っている間に、斎藤は顔を上げる。俯いていた時に見えた僅かに影を落とした表情は、顔を上げた時には既に消えていた。
「でも、最後のは良かったです。ちゃんと勇気を持って踏み出すところは主人公らしくて、思わず見惚れてしまいました」
「そうだな、あれはカッコ良かった」
一瞬だけ見えた暗さはもう完全になくなり、楽しそうに微笑んで俺と言葉を交わす。他の色んな場面の感想を話し合いながら映画館を出た。
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