第76話 学校一の美少女と映画
少しの間、顔を真っ赤にして俯いていたが、段々と落ち着いてきたらしく、赤みが少しずつ薄れていく。薄い桜色程度まで戻ったところで、やっと顔を上げた。
「見苦しいところをお見せしました」
「あ、いや、まあ、可愛かったからいいけど」
「も、もういいですから……」
真っ赤にして俯く斎藤が可愛かったのは事実なので、見苦しくなかった、という意味で否定すると、斎藤はまた僅かに声を上擦らせた。
その言葉に「お、おう」と頷けば、コホンッと咳払いを一つ挟む。
「まさか、そんなに表情が緩んでるとは思いもしませんでした。変な顔ではありませんでした?」
「ああ、そこは大丈夫だぞ。本当に楽しんでくれているんだなってのが伝わってきたし」
「楽しいのは田中くんと出かけているからですよ?」
「そうなのか?」
「はい、元々あまり出かけないので、お出かけ自体が楽しみなのもありますが、やっぱり仲の良い田中くんとの初めてのお出かけですから、その理由が一番大きいです」
目をへにゃりと細めて、安らかに笑う表情はとても穏やかだ。その表情に嘘ではないということが伝わったきて、ほっと安堵する。
「そっか。それならよかった」
「この後も楽しみです」
ふふん、と期待に満ちた目を向けてくるので、小さく肩をすくめた。
その後は落ちついた雰囲気の中、映画館へと向かって進んでいく。本の話や学校の話など他愛もない話をしながら歩いていく。
そんな会話を挟みながら、俺は何度も斎藤の白い手を見ていた。
この後の映画で手を繋ぐと決めているが、実際に実行するとなるとやはり緊張してしまう。こういうのはなかなか慣れるものではない。
どんな感じで手を繋ごうか、悩みながら歩き続けた。
しばらく歩くと無事映画館へと辿り着き、中へと入る。屋内は暖かく、冷えた肌がじんわりと温もりに包まれた。
「わぁ、結構色々な映画があるんですね!」
入るとすぐ目の前に今上映している映画のポスターが所狭しと貼ってあった。斎藤はとてとてと少しだけ駆け足でその前へと向かい、興味深そうに眺め始めた。
「何か面白そうなのはあったか?」
自分たちの目的の映画以外にも、アクション映画やSF、推理ものなど色々な映画があった。こんなのもやってるのか、とぼんやりと眺める。
「いえ、今回は田中くんが勧めてくれた恋愛映画にしたいと思います」
「そうか?他のでも良いんだぞ?」
「いえ、私的にも一番興味が惹かれたので。それに……」
「それに?」
少しだけ言いにくそうに言葉を溜めるので、聞き返す。するとほんのりと頰を朱に染めて微笑んだ。
「やっぱり、デートといえば恋愛映画ですから。せっかくの田中くんとのデートだったらなおさらです」
「そ、そうか」
ふわりと華が舞うような微笑みに、思わず言葉を噛む。僅かに顔が熱くなるのを感じながら、ゆらりと耳元で煌めくイヤリングが目に入った。
チケットを買い、ついでに飲み物も買って入場時間になるのを待つ。席に座って待つ間、隣で斎藤は楽しそうにチケットを何回も見ていた。
少し経つと入場時間になったという放送が流れて、沢山の人が中へと入っていく。自分たちもその流れに任せて入り、取った席へと座る。
「結構広いんですね」
「そうだな。前に来たことないのか?」
「小学生の頃にお母さんに連れられて来たことはありますけど、それ以来ですかね。映画はDVDなんかで見るのがほとんどですし」
「なるほどな。俺も同じような感じだな。映画は中学に来た時以来だな」
「前回は一人で来たんですか?」
「待て。俺にも一緒に出かける友達くらいはいるぞ。……まあ、一人で来たけどさ」
勝手にいつでも一人だと思われるのは心外だったので反論するが、斎藤には、ほら、やっぱり、といった感じの目を向けられてしまった。
少し待つとだんだんと暗くなり始め、スクリーンが明るく照らされるようになる。そのスクリーンの明るさで映った斎藤の横顔を意識しながら、視線を手元へと下ろす。
左側。10センチほど空いて隣には斎藤がいる。その彼女の右手は肘おきに置かれて、細く綺麗な手が袖口からのぞいていた。
ごくりっと唾を飲み込み、手を伸ばす。ゆっくり。ゆっくり。徐々に手を近づけていく。触れるか触れないかの距離まで近づき、一息吐いて、そっと彼女の手に自分の手を触れ合わせた。
「……っ」
触れた瞬間、びくっと僅かに彼女の体が揺れる。様子を窺い隣を見ると、斎藤もこちらに視線を向けていた。ぱちりと二重の瞳と視線が交差する。彼女の瞳だけがスクリーンの光を反射し、やけに色鮮やかに煌めいているように見えた。
彼女はそっと目を伏せ、視線を逸らす。そして、彼女から俺の手に細い指を絡まさせて来た。
熱い。重ね合わせた手のひらがやけに熱く感じる。ぎゅっと握りしめれば、ぎゅっと握り返される。そんな単純なやり取りがただ嬉しくて愛おしい。
喜びを噛み締めていると、そっと耳をくすぐるような甘い声が聞こえた。
「手、繋ぎたかったんですか?」
「え、あ、いや、まあ……」
わざわざ聞かれると流石に恥ずかしい。なんとも答えられず、曖昧にしか返事出来ない。だが、俺の言わんとすることは伝わったようで、斎藤は嬉しそうに口元を緩めて、クスッと笑った。
そのからかう表情に少しだけムッとしてしまう。仕返しとばかりに逆に聞いてやる。
「そっちこそ、どうなんだよ?」
斎藤のこれまでの反応を見る限り、あまりこういうのには慣れていないはず。向こうから仕掛けてくるときは、余裕そうだが逆にこっちから仕掛ければこれまで照れていた。
それなら、今回もまた顔を赤くするに違いない。意識させてやろう。そう思っていたのに、予想外の反応だった。
「私ですか?もちろん、繋ぎたかったですよ。こうやって、映画館で繋ぐとドキドキしちゃいますし」
「そ、そっか……」
頰はほんのりと赤く照れてはいるのだろうが、余裕そうな表情は崩れない。それどころか、繋いだ手を見せてきた。逆にやり返され、意識させられてしまった。
(なんでそんな余裕なんだよ……)
熱くなった顔の熱を流しながら、映画が始まるのを待った。
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