第75話 学校一の美少女と映画前
「どうしました?」
先に歩き出した斎藤を呆然と見送っていると、こちらを振り返った。
「……いや、なんでもない」
「そうですか?顔が赤いですよ?」
わざと聞いているのだろう。からかうように細められた目がそう語っている。もちろん、斎藤に言われた言葉に照れている、なんて言えるはずがない。そっぽを向いて誤魔化す。
「別に、気のせいだ」
「ふふふ、そうですか。そういうことにしておきます」
だが、斎藤はやはり楽しそうで、満足そうに微笑み前を向いた。
「それで、田中くん。最初はどこに行くんですか?」
「ああ、まずは映画を見に行こうと思ってて。いいか?」
「はい、ちなみに何を?」
「行ってみて他に面白そうなのがあったら変えるかもしれないが、一応予定は、最近話題になってる恋愛映画だ」
「あ、知ってます。その映画!確か、原作の本も凄い売れてますよね」
どうやら予想通り、斎藤も興味はあったらしい。目を輝かせて食いついてくる。本屋に行くとかなり目立つところに置かれたりしているので、有名なのは間違いない。
「そう、それ。ミーハーな気もするが、まあ気になったしな」
「田中くんも意外とそういう話題は気にするんですね」
少し意外そうに目を丸くする。
「そんなに意外か?」
「あ、いえ、なんとなくのイメージですが、自分の好きなことにしか興味を持たないタイプだと思っていたので」
「ああ、普段はそうだな。そういう流行り物とかには疎いし、噂とかもあんまり詳しくないし。ただ、今回は本だったからな……」
「なるほど、そういうことですか。まったく、本当に本が好きですね」
そう言ってクスッと微笑む。口調こそ呆れた感じであったが、横目で様子を窺うと、どこか慈しむようにへにゃりと目を細めていた。
なんとも罰が悪くて、目を前に戻す。
「悪いかよ」
「いいえ?田中くんらしいなって思っただけです。本には目がなくなる田中くんは可愛いですよ?」
「可愛いなんて言われても嬉しくねえよ」
「もう、褒めてるのに」
男なのに可愛いなんて言われても嬉しいわけがない。斎藤は俺の反応が不満だったのか、むっと少しだけほおを膨らませる。
「それで映画はいつ始まるんですか?」
「確か、11時からだな」
「では、時間には余裕がありそうですね。ゆっくり行きましょう」
楽しげな掛け声と共にスカートをひらめかせた。
宣言どおり、ゆっくりと静かに歩き続ける。元々互いに口数が多い方ではない。なので特に言葉を交わさず、沈黙が漂うことが何度もあるが不思議と気まずくない。
話題を出さなきゃ、みたいな焦燥が湧くこともなく、安らぎ斎藤と2人で出かけている喜びを噛み締めた。
斎藤はどうなのか?と隣を見ると、いつもの淡白な無表情とは違い、目を薄く細めわずかに口元を緩めて微笑んでいる。その様子から楽しんでくれているのだと、こっちまで嬉しくなる。
「随分、楽しそうだな」
「そうですか?」
「ああ、微笑んでるから。それにいつもより表情も緩んでるし」
「……え?え!?」
足を止め、一瞬、ぽかんと小さく口を開けて固まる。だが、俺の言葉の意味を理解したのか、だんだんと頰を朱に染め始めた。
どうやら無自覚であったらしい。視線を慌ただしく揺らして、分かりやすく動揺している。よほど恥ずかしいのか、薔薇色の頰を隠すように両手で覆った。
まだ混乱しているようで、「え、えっと、その……」と声を上擦らせながら、なんとか言葉を紡ぎ出している。上目遣いにこちらをちらっと見たと思えば、すぐに地面に視線を彷徨わせ続ける。
まさか、こんなに慌てるとは思わなかった。ここまで動揺されると、こっちまで動揺してしまう。その結果、妙なことを口走ってしまった。
「え、あ、いや、別に悪い意味で言ったわけではないぞ?その、可愛いと思うし」
恥ずかしそうにしているが、別に微笑む姿は可愛らしいし、気にする必要はない。そういう意味で伝えたつもりだった。だが、斎藤は素っ頓狂な声を上げた。
「か、可愛い!?」
「あ、違う違う!い、いや、違くはないんだが、その言葉の綾というか、別に楽しそうだし良いと思うぞ、という意味で伝えたかったんだ」
「あ、そ、そういうことですよね」
焦って、思わず本音が漏れ出てしまった。一応訂正しておいたが、さらに斎藤は動揺して俯いている。指の間から覗く頰はさっきよりも真っ赤だ。さらにもともと陶磁のような白い肌が首元まで薄く桃色になっているのも目に入った。
やってしまった……。斎藤の様子にこっちまで冷静さを欠いて、変なこと言ってしまった。斎藤が真っ赤になって俯く姿を眺めながら、小さく息を吐いた。
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