第74話 学校一の美少女との待ち合わせ

(……今日か)


 時計のアラーム音に意識がはっきりと浮上する。重い頭を枕から上げて、時間を確認すると朝の8時過ぎだった。斎藤との待ち合わせの時刻は10時なので、まだ時間はある。ゆっくりと準備を進めていくとしよう。


 朝ご飯を食べて、いつもバイトに行く時のように準備を進めていく。髪をセットして前髪を上げ、コンタクトを入れればある程度完成だ。あとは私服なのだが、昨日の夜に一ノ瀬に確認してもらったので問題はないだろう。


(緊張する……)


 最後の確認として姿鏡に映った自分を見ながら、小さく息を吐く。さっきからずっと落ち着かない。決して苦しいわけではないが、胸が詰まったようなそんな感じ。斎藤と休日も会えるのは嬉しいし楽しみなんだが、不安や緊張も胸の内で燻り続ける。


 見た目は変ではないだろうか?自分でも今の姿の方がまともに見えるが、斎藤がかっこいいと思ってくれるかは分からない。少しでも意識してもらえるといいのだが。


 それにデートは上手くやれるだろうか?自分から誘ったのも初めてなのだから、もちろん女子と2人で出かけたことなんてない。ネットで色々調べて下準備はしているものの、楽しんでもらえる保証はなく、不安が胸の内に広がり続ける。何度、深呼吸を繰り返しても不安は消えてくれない。


(……まあ、いい。いくか)


 時間を見れば9時半過ぎ。考えれば考えるほど胸が苦しくなるが、これ以上悩んでも仕方がない。あとはなるようになるしかない。ふぅ、と一息吐いて待ち合わせ場所の駅前へと向かった。


♦︎♦︎♦︎


 駅前の広場入り口にたどり着き、腕につけた時計で時刻を確認する。針が指すのは9時50分。とりあえず遅刻は無くなったのでほっと胸を撫で下ろす。やはり初デートで遅刻は1番のご法度なので、それが無くなったのは大きい。


 約束の時間までは少しあるが、とりあえず広場の中で待つとしよう。そう思い、広場へ入った時、奥のベンチで座る斎藤の姿が目に入った。


「……っ」


 思わず息を呑む。周りの冷えた白い景色から浮いたあまりの可愛さに見惚れて、一瞬言葉を失ってしまった。


 遠目からでも分かるほどに斎藤はお洒落をしていて可愛らしい。普段見ないサテン生地の薄いブラウンのロングスカートに上は濃いブラウンのニット。その上にふわふわとした白いボア生地のジャケットを羽織っている。それはとても似合っていて、彼女の整った容姿と相まり強烈に目を奪われて離せない。


 さらに学校では緩く髪を巻いている程度なのに、今日はお団子でいつしかプレゼントしたシュシュを着けていた。自分があげたものを付けてくれている、それがたまらなく嬉しくてなぜか顔が一瞬熱くなった。


 とりあえず、声をかけなければ。見惚れて思わず固まってしまった足をゆっくりと動かして彼女の方へと向かう。


 斎藤は何やら缶の飲み物を両手で持って、ふぅふぅと息を吹きかけていた。近づけばさっきまではよく見えていなかったものが色々と見えるようになる。お団子にしたことで普段は隠れている耳には、薄い桃色の花のイヤリングが揺れていた。

 他にも普段とは違う化粧をしているのか、口紅がほんの少しだけ赤みが強く、グロスも塗られ色っぽい。

 清楚であるがどこか艶やかさもあり、いつもと違う斎藤に、近づくたびどんどん緊張が上り詰めてくる。


 声をかけてもいいのだろうか?

 

 周りを見れば通り過ぎる人達が何人も彼女に視線を送っている。明らかに周りとは違うまばゆいように美しい斎藤に一瞬だけ声をかけるのが躊躇わられた。


 どうしたものか迷いながら彼女の元へとたどり着くと、俺の足音に気付いたのか、ふと、彼女がこちらを向いた。ぱちりと愛くるしい綺麗な瞳と目が合う。


「よぉ」


「……え、田中くん!?」


 目が合った瞬間、斎藤はほんのわずかに表情が緩み、そしてすぐに目を丸くして固まった。


「あ、ああ。よく俺だって分かったな」


 おかしい。変装は完璧だし、一ノ瀬も言っていたので気付かないと思ったのだが。斎藤はちらっと上目遣いにこちらの様子を窺ってきた。


「その……どうしたんですか、その格好?」


「いや……一応、2人で出かけるわけだしちゃんとした格好をしようと思ってな。それに初詣の時、斎藤が俺のお洒落した姿を見たそうにしてたし」


「ああ、あの時。覚えていたんですか」


「ん、まあな。もしかして変だったりするか?」


「いえ、そんなことないですよ。ただ驚いただけです」


「そっか、ならよかった」


 ほっと安堵する。


「そういえば、どうして俺だと気付いたんだ?」


「え……?」


「いや、だって普段の格好とはかなり違うだろ?それに髪型とか眼鏡も外してるし。絶対最初は別人だと思って警戒されると予想してたから。なんで分かったんだ?」


「え、えっと、それは……」


 きょろきょろと慌ただしく視線を左右に揺らしながら、手に持った缶をきゅっと包み込む。


「ほ、ほら、やっぱり田中くんとは日頃一緒にいますから、そのぐらいの変化は簡単に気づけるんです」


「そういうものか?」


「はい、流石にほぼ毎日会っていれば普通は分かりますよ」


「なるほどな。まあ、説明する手間が省けたし気付いてくれて良かった」


 多少引っかからなくはなかったが、確かにほぼ毎日顔を合わせていれば気付けたのも頷けた。それに、今回は俺が来ると分かっていたから、そのおかげでもあるのだろう。

 まあ、多少予想とは違ったが、斎藤の反応を見る感じ驚かせることには成功したと言ってもいい。心の内に充実感が満ちる。


「待たせて悪かったな」


「いえ、ただ私が早めに来ていただけなので気にしないでください」


「分かった」


 最初に服装を褒める。それはネットに書いてあったことなので、早速実践したいところなのだが、どう切り出したら良いのだろうか?


「えっと……今日は随分とお洒落だよな」


「それは……田中くんとのお出かけですから。その変ではないですか?」


 ほんの少しだけ不安そうに瞳を揺らして、こちらを見上げてくる。


「そんなことない……俺は可愛いと思うぞ。よく似合ってる」


「そ、そうですか」


 最初見た時に目を奪われたほどの可愛さだ。若干照れが混じってしまったが真剣に答えると、斎藤はさらに頬を朱に染めて口元を緩めた。


「……っ」


 普段の姿でさえ可愛いのに、化粧なんてしていればその可愛さはもはや毒だ。近くにきてより一層実感する。年相応の可愛さに艶やかさが混じって妙に色っぽく、こっちがどぎまぎしてしまう。緊張にうまく頭が回らない。それ以上見ていられず逃れるように背を向けた。

 

「じゃ、じゃあ行くか」


 急いで歩き出そうとする。だが、ちょこんと袖を摘まれ、「あ、あの、待ってください」と引き止められた。


「……どうした?」


「その……言い忘れていたので……。耳を貸してください」


 上目遣いにそう頼み込まれ、膝を折り耳を斎藤の高さまで下げる。斎藤は口元に両手で筒を作るようにして俺の耳元へと近づけた。


「…………田中くんも、とてもかっこいいですよ」


 耳元をくすぐる吐息。そして甘く囁かれた言葉。ぞくっと甘美な痺れが背中を駆け抜けていく。あまりの衝撃に息を飲み一瞬で頰が熱くなる。たまらず斎藤から一歩離れて、彼女の方を向いた。


 斎藤はクスッとどこか大人びた微笑みを浮かべ、白く細い指先を赤い唇に当てていた。


「さぁ、行きましょう」


 満足そうにひらりと背中を向けて俺より先へと進み出す。その背中に、まだ冷めやまない熱くなった頬のまま思った。


ーーーーああ、やはり柊さんの言う通り、今日の斎藤は積極的らしい。

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