第68話 学校一の美少女をデートに誘う
デートをするとは決めたものの、そのためには本人に承諾してもらわないと意味がない。まだ具体的にどうするか決まっていないが、とりあえずは誘ってから。そう思いながら斎藤の家で本を読んでいた。
パラッ、パラッ。本のページを捲る音が隣から聞こえて来る。斎藤の細く白い指先がページを摘み、動かしているのが視界の端に映る。
冬休みが終わり、3学期が始まって随分経ったが未だにこの距離感には慣れそうにない。決して嫌ではないが、少し大きく動けば触れそうになる距離に好きな人がいるというのはどうしても落ち着かない。
さらには、今回はデートに誘う緊張で全く本に集中出来ず、隣の斎藤の様子を時々ちらりと見てはひたすら最初開いたページを眺めていた。
いざ、誘おうと斎藤の方に視線を送るが、やはり提案する勇気が出ずまた手元の本と向き合う。そんなことを何度か繰り返した時だった。
「……どうしました?」
斎藤はこちらを向くと、不思議そうにこてんと首を傾げた。
「なにが?」
「その……何度か私の方を見ていたので。それにさっきから本が進んでいないみたいですし」
そう言って俺の手に持つ本にちらりと視線を送る。
どうやら俺の様子がおかしいことに気付いていたらしい。すぅっと息を小さく吸い込む。どうせ誘わなければならないのだ。誘うなら今だろう。ただなんとなく恥ずかしく、つい目を逸らして頭を掻きながら口を開いた。
「あー、その、今度、一緒に出かけないか?」
「? 行くってどこにですか?」
「どこに行くかはまだ決めてない……」
「はぁ……?」
まだピンと来ていないらしく、愛らしい瞳をきょとんとしたまま首を傾げ続ける。用事がないのに出かける理由に見当がついていないのだろう。元々人と出かけることがあまりないと言っていたので分からなくても仕方がない。
口に出すのは恥ずかしくなんとなく憚られていたが、ここまで言って分からないのならちゃんと伝えるしかないだろう。
「だから、デートしないかって意味で誘ったんだけど」
「!?」
口にして自分の顔が熱くなるのを感じると同時に、斎藤もほんのりと頰を赤らめて、驚いたように目を丸くした。
嫌がられていないのは一目で分かったが、デートに誘うなんて初めてで、返事を待つ居た堪れなさについ思ってもないことを口にしてしまう。
「嫌なら別にいいんだけどさ」
「い、嫌じゃありません!行きます!絶対行きます!」
俺の言葉に慌てたようにぐいっと顔を近づけて、どこか真剣な表情で強く言ってくる。らしくない大きな声からどれだけ嬉しく思ってくれているかが伝わってくる。
急に顔が近づいてきたことで、斎藤のふわりとフローラルな香りが鼻腔をくすぐり思わず身を引いてしまう。
「お、おう。じゃあ、来週の土日のどっちか空いているか?」
「はい、日曜日は空いていますので、日曜日なら」
「じゃあ、その……よろしくな」
「はい、その…………とても楽しみです」
嬉しそうに目を細めて微笑む斎藤の表情に言葉を失う。薄く頰を朱に色づかせ、覗き込むような上目遣いは、あまりに可愛く見ていられない。交わした視線を逸らしてしまった。
「……まあ、あんまり期待しないでもらえると助かる」
「いえ、別にどこに行くかは重要じゃないですから安心してください。田中くんと出かけられるなら、きっとどこでも楽しいので」
「お、おう、そうか」
安心させようとして笑顔を見せてくれたのはすぐにわかった。だがその蕩けるような柔らかな笑顔はあまりに眩く、ドキリと胸の鼓動が速くなるのを抑えられなかった。
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