第63話 学校一の美少女の噂について疑われる

 学校で有名人である斎藤と手を繋いで帰れば、もちろん噂にならないわけがない。前回、初詣の時でさえかなり大きな騒動になったのだから、手を繋いでいる姿となれば、その大きさは相当なものになるのは必然、そう思っていた。


 確かに手を繋ぐことに成功した次の日から、その噂は学校中で広まった。だが、意外にもその斎藤の噂は3日ほど過ぎると収まりを見せ始めていた。そのことを少し不思議に思いつつも、収まってくれるならそれに越したことはない。


 ほっと内心で息を吐きながら安堵していると、一ノ瀬がにやにやと楽しげな笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「なあなあ、斎藤さんがうちの学校の男と手を繋いで帰っているのを見たって噂が流れてるんだけど?」


「それがどうした?」


「その相手って田中でしょ?」


「だから、違うって」


 一ノ瀬は前にも俺のことを疑っていたので、きっとそのせいだろう。否定しているのに、まったく信じようとせず、どこか確信めいたように目を輝かせている。


「おそらく、昨日は不審者が出たからその心配をして一緒に帰ったんでしょ?そして、その結果手を繋いだんでしょ」


「な、なんでそれを……」


 内心を的確に言い当てられて、思わず認めてしまう。認めたことで一ノ瀬はさらににやりと笑った。


「ふっふっふ。恋愛マスターの俺を舐めないでもらえるかな。そんなことお見通しだよ。斎藤さんと深い関わりがある人物で最近少し機嫌が良くテンションが高いこと。そして手を繋いだのが目撃された日にあったことを考えれば察するのは簡単さ」


「お前、そんなに俺のこと観察してたのかよ」


「まあね。人間観察が趣味だから。知っている人が変装なんかしたところで、一瞬で見破る自信があるくらいには周りのことを観ているつもりだよ。動作とか口調とか話した雰囲気とか。そういうのを見ればすぐに分かっちゃうんだよね」


 じっと全てを見透かすような視線に思わず嫌な汗が滴り落ちる。思わず警戒するように顔を顰めると、一ノ瀬はふっと表情を緩めた。


「そんなに警戒しないでよ。俺としては上手くいってほしいと思ってるんだ。そのお手伝いをしたいだけ。恋愛相談してくれたら力になるよ?」


「前にも言ったが、一ノ瀬の力は借りる気はない。それに相談相手なら既にいるからな」


「へー、誰?クラスの人?」


「いや、それは……」


 さすがにバイト先の先輩だとは言えない。バイトをしているのは隠していることだし。


 俺が言いにくそうにしていることに気付いたらしく、軽くスルーしてくる。


「あー、言いにくいなら全然いいよ。ならこれからもこっちはこっちで勝手にやっておくから」


「勝手に?」


「2人に直接は関わらないようなことだけだよ。例えば今回の場合は、噂があまり長く続かないようにしたりとかね?」


「そんなこと出来るのか?」


 訝しむように目を向けるとあっけらかんとやり方を説明してくれた。


「より大きな噂が広がれば自然と消えるものだよ。特にその噂が事実だと明らかになればね」


「ああ、お前の彼女か」


 説明されて理解する。確かに今回の斎藤の噂に合わせたように一ノ瀬に彼女が出来たという噂が流れた。しかも今回の相手は学校の有名な先輩ということで今、かなり話題になっている。


「そうそう、その話だよ。おかげで斎藤さんの噂は隠れたというわけさ。まあ、今回の噂については俺が何かする必要はあんまりなかった気がするけど」


「どういうことだ?」


「あれ?知らない?斎藤さんに直接聞いたやつがいたんだよ。『噂の男とお付き合いしているんですか?』って。まあ、急に男の影がちらつけば焦るのは分からなくもないけどね」


「まあ、そうだな」


 あれだけモテるのだから、そういうこともあるだろう。


「それで斎藤さんは有無を言わさない冷たい態度で否定したからね。『噂も迷惑だからやめて』とも言ったらしいね」


「へえ、そんなことが」


「まあ、そういうわけで斎藤さんの噂の話は収まりつつあるってわけ。少なくとも大人数で話題にすることが憚れるくらいにはね」


 彼女がなぜそこまで強く否定したのかはなんとなく想像出来た。そういう噂が立って影で色々言われるのが好きではないのは、近くにいれば容易に察せられた。

 だがそこまで全力で否定されると感情としてはほんの少しだけ悲しくなる。頭では分かっていても落ち込まずにはいられなかった。


「……それにしても、なんで一ノ瀬はそこまでするんだ?」


 一番疑問なのはそこだ。確かにこいつは色んな男女からの恋愛相談にのっているし、聞いて楽しそうにしているのを何度も見たことがある。困っている人を見捨てず助けるようなヒーローみたいなやつでもある。だがそこまで関わりのない俺を手助けする理由が思い当たらない。


「面白そうだから……じゃダメみたいだね」


 じっと真剣な目で見ると、一ノ瀬は張り付けた笑顔を消して肩を竦めて、はぁ、と小さく息を吐いた。


「まあ、俺が望んでいるからってのが正しいかな。これ以上は内緒」


 一ノ瀬には一ノ瀬なりの秘密があるということだろう。人差し指を立て口に当ててしー、と格好をとる。女の子なら可愛いのかもしれないが、野郎がやったところでまったくときめくはずがない。


「それ、可愛いと思っているならやめとけ。気持ち悪い」


「ひどいなー」


 一瞬見えた一ノ瀬の内心をスルーするように毒舌を吐くと、たはーっと特に気にした様子もなく朗らかに笑った。

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