第62話 バイト先の彼女への成功報告

 無事、好きな人である斎藤と手を繋ぐことに成功し、満足した結果を得ることが出来たので、相談にのってくれたバイト先の彼女に報告することにした。ここまで色々話を聞いてくれたのだから報告するのが礼儀というものだろう。


 バイトが終わり、着替えを終えたところで柊さんに話しかけに行く。柊さんはコートを羽織り、肩を窄めて寒そうにマフラーに顔を埋めていた。


「柊さん、お疲れ様です」


「お疲れ様です。随分とテンションが高いですね?良いことでもあったんですか?」


 声をかけると、柊さんはどこが楽しそうに微笑んで首を傾げた。普段の冷めた感じとは違い少し明るい。どうやら珍しく機嫌がいいらしい。いつもより話しやすさを感じながら相談の礼を述べる。


「実はとうとう好きな人と手を繋ぐことに成功したんですよ。色々相談にのってくださってありがとうございました」


「上手くいったなら良かったです。それでどうでした?手を繋いでみて」


 相変わらず恋愛相談には食いつきがいい。一見恋愛とか興味のなさそうな感じがするが、そこは女子ということなのだろう。目を輝かせて興味津々といった様子で尋ねてくる。


「なんていうか……色々でした」


「色々?」


「もちろん、上手くいって好きな人と手を繋げたことは嬉しかったんですけど、やっぱり緊張はしますし、いつも以上に近いので意識してドキドキもしました。もう、ほんと、手を繋いだ時は頭の中は真っ白になってました」


「そんなに焦っちゃうほど彼女さんのこと意識していたんですか?」


 からかうような口調でクスッと微笑んでくる。小悪魔っぽいいたずらな笑みに少し恥ずかしくなり、顔が熱くなる。上手い言い返し方が思いつかず、しどろもどろになりながらつい認めてしまった。


「それは……まあ。あ、でも繋いだ手の感触は凄く覚えてます。自分の手とは違ってやっぱり女の子なんだなって。ほんと、また繋ぎたいです」


「そ、そうですか」


 つい先日のことなので、繋いだときのことを思い出しながら感想を述べると、柊さんは少しだけ気まずそうに声を上擦らせる。そのまま肩を竦めて小さくなり、居心地の悪そうにもじもじと体を動かす。


「実は、当初は普通に手を繋ぐだけの予定だったんですけど、つい勢い余って恋人繋ぎしちゃったんですよ。失敗した、って思ったら、彼女の方も嬉しそうだったので、何かきっかけがあればこれからはもっと積極的にいきたいと思います。また手を繋ぎたいですし」


「も、もっと積極的ですか!?さすがに、今回以上は……」


 柊さん的には今回で終わると思っていたらしい。まあ、元々異性に対して積極的に動こうとは思わないので、好きな人相手でなければやらないだろう。

 よほど意外だったようで、驚いたように少し大きな声を上げる柊さん。くりくりとした可愛らしい瞳がレンズ越しに大きく見開かれているのが見えた。


「いやいや。もちろん、節度のある接し方はしますけれど、もっと彼女には自分のことを意識して欲しいですからより一層積極的に攻めていくつもりです」


「た、確かに前にも同じようなこと言ってましたもんね…… でも手は繋いだわけですし、これ以上一体何をするつもりですか……?」


 ちらっと様子を窺うように上目遣いに見つめてくる。


「それは……まだ決めてないです」


「そうですか……。じゃあ、何をするか決めたら私に相談してください」


「いいですけど、なんでですか?」


「ほ、ほら、もしかしたら相手の彼女さんにとって不快な接し方をしてしまうかもしれないじゃないですか。もし田中くんがそういう接し方をしようとしても、女性目線からの方が不快かどうか判断出来ますし」


 あせあせとせわしなく動いて早口で捲し立てる柊さん。なぜそんなに焦っているのか分からないが、理由自体は納得出来る。


「ああ、なるほど。じゃあ次何をするか決めた時は相談にのってください。次も絶対意識させて照れさせたいですし。出来れば柊さんがドキドキするようなこととか教えてもらえると助かります」


「わ、分かりました」


 緊張しているのか声を上擦らせて、視線を左右に揺らしながらこくんと頷く。おそらく、また乙女心を赤裸々に聞かれるかもしれないと思って恥ずかしがっているのだろう。ほんのりと頰を赤らめて少しだけ顔を隠すように俯いてしまった。


 こうして手を繋いでいる時に思ったことを話していくと、だんだんとさらに色々なことが思い出されていく。ふと、帰り道の彼女の猫真似のことを思い出した。


「あ、そういえば、手繋ぎを成功した後はそのまま手を繋ぎながら帰ったんですけど、その時面白いことがあったんですよ」


「面白いことですか?」


 愛らしい瞳をきょとんと丸くして、不思議そうに首を傾げた。


「ええ、帰っている途中に猫がいたんですけど、彼女猫が好きならしくて駆け寄って行ったんですよね」


「それで?」


「猫の正面で屈んで見つめ合ったかと思ったら、急ににゃーって言って猫と話そうとし始めたんですよ。普通、猫の声真似なんてします?」


「!?し、しますよ!多分!」


 あのときのことを思い出して笑うと、柊さんは少し噛みながら、やたらと必死に強く言ってきた。あれは斎藤だけがやっていることなのかと思っていたが、もしかして猫好きならよくあることなのだろうか?俺が知らないだけで。


「え、そうなんですか?」


「はい、猫とのコミュニケーションには猫の真似をするのが一番大切なんです!」


「そ、そうですか……」


 いまいち腑に落ちなかったかったが、柊さんの必死な態度にそれ以上つっこむことは出来ない。珍しい強気な彼女の態度に気圧されるように、思わず頷いてしまう。


「そうなんです!猫の声真似をするのは全然変なことじゃないんですから。笑うなんて失礼です」


 別に馬鹿にした意味で笑ったわけではないのだが、柊さんは不満そうに頰を膨らませる。猫好きにとっては譲れない何かがあるらしい。ムッと少しだけ睨んでくるので、「それはすみません」と肩を竦めて謝った。


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