第61話 学校一の美少女は猫に似ている
「…………」
無言が続く。手を繋いで歩き出したはいいものの、さっきまでの楽しい会話は無くなっていた。
何か話さなければ。そう思うが全く何も思い浮かばない。ひたすら繋いだ掌から斎藤の柔らかい白肌の手の感触が伝わってきて、それどころではなかった。男の自分の手とは明らかに異なるしっとりと滑らかな手の感触に全神経が集中してしまう。
指は細く、力を入れたら折れてしまいそうだ。指の間から伝わる彼女の指の微妙な動きがくすぐったい。触れ合っているせいか、さっきまでの寒さはどこかへいってしまった。今は体がほんのりと熱く、心臓が普段より少し強く脈打っている。
横目に斎藤の様子を窺うと頬をかすかに朱に染めて目を細めていた。嬉しそうな柔らかい表情にまたドキリとする。自分と手を繋いでいることを喜んでくれていると思うのは自惚れではないだろう。この表情が見れたなら頑張った甲斐があった、そう胸の中で息を吐いた。
しばらく無言が続いていると、道脇に猫がいるのを見つけた。茶色の毛並みの猫が植木の側でゆらりと尻尾を動かして座っていた。
「あ、猫さんです!」
どうやら斎藤も見つけたらしく、俺の手を引いて少し駆け足で近寄っていく。一瞬、そんな一気に近づいたら逃げるんじゃ?と思ったが、猫は人に慣れているようでその場から動かなかった。
近寄って彼女は座り込むと、楽しげに口元を緩ませながら猫を観察し始めた。猫は歓迎するように一言、にゃーと鳴いた。
「猫、好きなのか?」
「ええ、まあ。昔、飼ってたことがあるんです」
「そうなのか。なんて名前?」
「ココアっていうんですけど。ちょうどこの猫と同じ色でしたね」
「ふーん……」
今は彼女の家にいないということは、まあ、そういうことなんだろう。それ以上なんとも言うことが思いつかず、ちらりと見ると彼女は懐かしそうに目を細めて猫を見つめていた。
微笑みながら猫を眺める斎藤はどことなく柔らかで見ていて癒される。猫が大好きなのは彼女の様子から伝わってくる。きっと昔飼っていた猫も大事に育てていたのだろう。大切に思いながら丁寧に撫でる彼女の姿が容易に想像できた。
そんな彼女はさっきからずっと猫と見合っている。そのまま見ているだけなのかと思っていると、彼女は口を開いた。
「にゃーにゃあ?」
どうやら、猫に話しかけているらしい。もちろん、そんなことをしたからといって猫が答えるはずもなく、ただじっと彼女のことを見つめ返すだけだ。
「ふっ」
思わず笑ってしまった。真面目な顔で猫と対話を試みているのが妙に可愛らしい。なんというか普段の斎藤からは想像もつかない姿が面白くて、つい口元が緩む。笑い漏れた声が聞こえたのか彼女は顔をこちらに向けた。
「なんで笑っているんですか?」
「いや、なんでもない」
屈んだまま上目遣いにこっちを見上げてくる。だがなんで笑われているのかは分かっていないらしい。きょとんと不思議そうに首を傾げる姿は、どこか猫っぽい。
ちらりとその横の猫を見ると、斎藤と同じようにこっちを見上げて首を傾げていた。くりくりとした愛らしい綺麗な瞳を少し丸くしているところまで似ている。そっくりな彼女と猫の行動にまたしても笑ってしまう。
「さっきから笑って……もう、ほんとなんなんですか?」
「だからなんでもないって」
さすがに自分のことで笑われていることに気付いたらしく、訝しむように目を細めてしつこく聞いてくる。だが、教えたらもう猫真似はしそうにないのは分かっているので教えるつもりはない。
彼女の猫真似がもう二度と見れなくなるのはもったいなくて、曖昧に誤魔化した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます