第58話 学校一の美少女と手を繋ぎたい
バイト先の斎藤さんに相談にのってもらった次の日の放課後、少し緊張しながら下駄箱の入り口で待っていた。これからは自分から積極的になる、と決めたものの、やはり慣れないことではあるのでどうしても緊張してしまう。バクバクと心臓が激しく鳴ってうるさい。
こんなんで本当に手を繋げるのだろうか?少しだけ不安になってくる。なんとか緊張をほぐそうと深呼吸を繰り返していると、斎藤が現れた。
「よお」
「え、田中くん!?」
愛らしいくりくりとした瞳を大きく見開いて固まる斎藤。初対面の時と違い、驚いてはいるけれど警戒の色はない。それだけ仲良くなったきたんだ、と実感する。
「一緒に帰らないか?」
「いいですけど……」
「とりあえず歩こうぜ。ここだと目立ちそうだし」
少しの間なら大丈夫だろうが、何分も立ち話をしていたら流石に誰かに見つかるかもしれない。
「そう……ですね」
俺がそう言うと、少し躊躇いながらも頷いてくれた。
「それで、どうしたんですか?急に一緒に帰ろうなんて」
校門を出たところで斎藤が話しかけてきた。少しだけ頬に朱が差しているので、もしかしたら2人での下校を意識してくれているのかもしれない。
「ああ……今日読んでた本が面白くてその感想を伝えたくて」
「……そうですか。まったく、家に帰ってからでもいくらでも話せるでしょうに」
少しだけ目を丸くする斎藤。そのまま口元を緩めると、どこか呆れたようにそう言ってクスッと笑った。
しばらく他愛もない話をしながら一緒に並んで帰る。最近は斎藤の家に行くだけだったし、その前は互いにずらして帰っていたのでこうやって一緒に帰るのは新鮮だ。
くだらない話でも彼女と話しているのは楽しい。このまま今日は一緒に帰るだけにしようか、と迷いが一瞬過ぎる。だが、あくまで今日誘ったのは手を繋ぐためなのでそんな考えは振り払った。好きな人と話せる幸せを噛み締めながらも頭の中でいつ手を繋ぐかを考え続ける。
ゆらゆらと揺れる斎藤の右手にちらっと視線を送る。無防備に晒された綺麗な透き通るような白い手がすぐ側にある。
バイト先の斎藤さんに教えてもらったので、手を繋ごうと帰りを誘ってみたが、いざやろうとするとやはり緊張する。繋ぐ勇気が出ず、さっきから何度か手を伸ばしては触れられず引っ込めることを何回も繰り返してしまう。
まったく、不甲斐ない。勇気が出せず情けない自分にため息が出る。こんな時くらい男からいかないと。何度も深く息を吸って覚悟を決める。なんとか不安な心を押さえ込んで、いざ手を伸ばした。
「……!?」
自分の指先が彼女の柔らかい手の肌に触れる。触れた瞬間、ビクッと反応して斎藤はパッと一瞬で手を引っ込めた。
「わ、悪い!」
「い、いえ……」
慌てて謝るが、斎藤はそれだけ言って黙ってしまった。顔を伏せていてその表情は見えない。
俺が手を繋ごうとしたのはばれただろう。それを避けられたということは、おそらくまだ早かったのだ。元々彼女は異性に触れられるのが苦手な人なのだ。例え多少心を許してくれているからといってまだ時期尚早だったかもしれない。
弁明の言葉が何も思いつかず、気まずい空気が漂う。これ以上警戒されて嫌われないよう、半歩分だけ斎藤から離れる。
やってしまった。失敗してしまった。焦るあまり突然手を繋ごうとしてしまった。もっと時間をかけてから手を繋ごうとするべきだったのでは?と苦い後悔が心を包む。ちらっと横目に彼女を見ると、触れた指先をもう片方の手で包み込むようにしている。彼女は俺から顔を逸らして逆側を向いたままだ。
何か言わなきゃ、そう思うけれど上手く言葉が出てこない。結局沈黙を保ったまま斎藤の家に着いてしまった。
「悪い……。用事思い出した。今日は本だけ借りて帰るわ」
これ以上一緒にいるのは気まずく、ついそんな嘘をつく。
「そう……ですか。じゃあ、この本を」
「ありがとう。じゃあ」
「はい……また、明日」
へにゃりと眉を下げて悲しそうにする斎藤に悪いとは思いつつも、逃げるように斎藤の家を後にする。これからどうしたらいいかバイト先の斎藤さんに相談しなければ、と思いながら家に帰った。
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