第57話 バイト先の彼女に励まされる

 知り合いに斎藤との関係がバレてしまったことは焦ったが、一ノ瀬のあの反応からすると本当にコイバナをしたいだけっぽいので、とりあえずは放っておいても大事にはならないだろう。


 それよりも不安というか悩んでいることがあった。


 想像以上に沸き立つ斎藤の恋愛話というのを目の当たりにして、彼女の人気度というのを実感した。それと同時に自分とは違う遠い人のような気がしてしまった。

 別に人気だからといって彼女自身の良さが失われるわけでもないし、俺との関係性が失われるわけでもない。そう頭では分かっていても、自分とのあまりの違いに、なんというか圧倒され引け目みたいなのを感じてしまった。


 これは誰かに話したところでどうにかなる問題ではない。自分の気持ちの問題だとは分かっていても、どうしても誰かに相談したくなり、ついバイト先の柊さんに相談を持ちかけてしまった。


「あの……柊さん」


「はい?どうかしましたか?元気ないですね?」


 不安が顔に出ていたらしい。少し心配そうに眉をへにゃりと下げて、上目遣いに見つめてくる。くりくりとした綺麗な瞳が少し揺れていた。


「その……最近学校であったことなんですけど、自分の好きな人ってかなり人気のある人なんですよ。それこそ学校で一番と言われるくらいに」


「そうなんですか」


「それで冬休みに彼女と初詣に出掛けたことが噂になりまして、その騒ぎように、ああ、やっぱり彼女って凄い人気がある人なんだなって実感して、なんか遠い人のような気がしてしまったんです」


 言葉にしてみると、より実感が重く肩にのしかかる。彼女はそういうのを気にしていないだろうから、自分も気にする必要はない。そう頭では分かっていても、心は上手くいかない。どうしても不安がつきまとう。


 そんな俺の不安を見抜いたのか、真剣な瞳でじっとこっちを見つめて口を開いた。


「何を言っているんですか。その人は一緒にいたいから一緒にいるのですよ?きっと居心地がよくてあなたを信頼しているから一緒にいるんです。だから田中くんがそんな引け目を感じる必要はないです。むしろ、そんなことされたら……悲しいと思います」


 真摯な声が鼓膜を震わせる。強くそれでいて染み込むような実感が篭った声だった。


「そ、そうですよね」


 彼女に言われると、ああ、確かにな、と元気が出てきた。何を気にしていたのだろう。彼女自身が前に言っていたじゃないか。「田中くんと一緒にいるのは居心地がいい」と。

 その時のことを思い出し、気付くと不安はもうなくなっていた。それと同時に一瞬何か引っかかるような感覚がしたがすぐに消えてなくなった。


「……その何したらいいんですかね?」


「なに、とは?」


 不思議そうにこてん、と首を傾げた。


「今彼女と一緒にいられるのは、ある意味奇跡みたいなものだと実感したわけで、これまで自分はなんというかその偶然に甘えていたんだなって。だから、これからはちゃんと関係を深めるために頑張りたいと思うんです」


「ああ、なるほど」


 これまでは、自分の気持ちがはっきりと定まっていないこともあり、なあなあのまま今の関係を続けてきた。だけど、自分が彼女のことを好きだと気付いた以上、自分から動かないわけにはいかない。

 彼女がすごい人だということは実感したわけだし、そんな彼女と関係を持てていることに甘えるのではなく、自分からもこの関係を進めていかないといけない。


「だから、これから彼女に対して積極的にいこうと思うんです。でも、どういうことをしたら彼女が喜んでくれるか分からなくて……。女の子って何されたら嬉しいんですか?」


「えっ!?そ、それは……。」


 決意を表明すると驚いたような声を上げて、ぼわぁっと一気に顔を真っ赤に染める。おそらく男子の俺にそういう欲求を知られるのが恥ずかしいのだろう。だけど、頼れるのは柊さんしかいないのだ。ここは引き下がるわけにはいかない。


「お願いします。ちょっとしたことでもいいんです」


「じゃ、じゃあ、一つだけ……。その……手とか繋いだら喜ぶと思います」


 目をうろうろと左右に彷徨わせて、だんだんと肩を小さくして俯いてしまう。ただ、俺の必死の想いが通じたのか、おずおずと恥ずかしそうに目を伏せながらもポツリと零して教えてくれた。


「手、ですか。なるほど、分かりました!やってみます!必ずやってみるので、報告楽しみにしていてください」


「は、はい」


 やる気に満ちて柊さんに宣言すると、どこか声を上擦らせて、さらに頬を薔薇色に染めた。

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