第56話 学校一の美少女についての噂

 新学期が始まったものの、別にこれといって変わったという事はなかった。

 元々そこまで長い休みではなかったのだ。変わる方が珍しい。まあ、自分に関していえば、色々ありすぎるほどあったので、とても長いように感じられたが。


 ただ、一つだけ変わったというか騒がれていることがあり、そのせいでクラスも普段よりやたらと賑やかだった。その騒がれている理由は自分も関わっていることなので素知らぬふりをしていると、後ろから声をかけられた。


「なあなあ、田中」


「ん、どうした?」


 振り返ると、そこにはクラスで人気者の一ノ瀬和樹がいた。

 

「斎藤さんの噂知ってる?」


「……ああ、まあな。これだけ有名なら」


 そう、クラス、いや学校中で騒がせている噂というのは、斎藤に関する噂だ。内容は彼女がどうやら男と初詣に来ていたという話だった。その相手の男というのは俺なのは言うまでもない。


 まったく、元から彼女が有名な人だというのは知っていたが、どうにも俺の中ではただの本好きの人というイメージが強かった。なので噂を聞いて改めて彼女の人気度というのを実感する。それと同時に少しだけ彼女が遠い人のようにも思えて、本当に彼女のことを好きでいていいのだろうか?と少しだけ不安が過ぎった。

 

 そんな噂を聞きつけて、コイバナが大好きな一ノ瀬が騒ぐのは分かるが、俺に尋ねてくるというのはどういうことだろうか?元々彼がよく話しかけてくることもあってそれなりに話すが、そういう噂話なんかを話すような仲ではないはずなのだが。


 彼の不思議な行動に、つい訝しげな目線を向けてしまう。俺の疑うような視線に彼は肩を窄め、少し目を輝かながら内緒話をするように小さな声で話を続けた。


「俺的にその斎藤さんの相手、田中だと思ってるんだけどさ、そこら辺どう?」


「っ!?……何言ってるんだ?」


 軽快な口調から放たれた言葉は到底無視できるものではなく、思わず息を飲む。こんな急に言われたのだ。動揺が顔に出ないようにするのが精一杯だった。

 引きつりそうになるのを抑え、表情を引き締める。出来るだけ冷静を装って、意に介していないように振る舞う。彼がどんな意図で聞いてきたのか探るように目を向ける。


 するとにやりと口角をあげて、ぐいっとさらに身体を近づけてきた。


「まあた、しらをきっちゃって。素直に認めなよ」


 どこか楽しげな、ワクワクした表情がなんだか腹立たしい。


「俺じゃない。だがなんでそんなこと聞くんだ?」


「えー?学校一の美少女として有名な斎藤さんのコイバナなんて聞くしかないでしょ。本人は、まあ、さすがの俺でも警戒されて話してくれないだろうから、それに噂の相手に聞こうと思ったわけ」


「なるほどな、まあ俺じゃないけど」


 スラスラと話すこいつの言い分は理解できた。だが、俺が打ち明けたところで、こいつが楽しむだけに違いない。そもそも俺にはもう既に相談相手がいるから不要だ。


「そもそも、その相手がなんで俺だと思う?」


「隠してるつもりかもしれないけど、冬休み前に図書館で2人一緒にいるところ見たんだよね。実は田中って斎藤さんとかなり仲良いでしょ?」


 ふふん、とどこか得意げに推理を披露してくる。


「……だからといって、初詣一緒に出かけたことにはならないだろ」


 見られていたことに驚くが、いつかはバレると思っていたし否定はしない。むしろ、否定をすれば噂の相手が俺だということに信憑性が出てきてしまう。

 それにそのことが噂になっていないということは、こいつが誰にも話していないからだというのは推測出来た。


「うーん、そこは長年色んなコイバナを聞いてきた俺の勘かな」


「まったくあてにならないな。その日は家で大人しくしてたよ」


「えー?そんな警戒しないでさ。俺、これでもモテるし、恋愛相談乗るよ?」


「何言ってるんだ。噂の相手なんか知らない」


「そーお?まあ、困ったら言ってよ。大丈夫、誰にも相手が田中って言わないからさ」


 図書館で俺と斎藤が一緒にいたことを話していないことからも、誰にも言わない、その言葉だけは信用できそうなのでほっとする。

 俺が否定してもそれを全く意に介さず楽しげに笑い、一ノ瀬はそのままひらひらと手を振って去っていった。

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