第51話 学校一の美少女は急接近

 バイト先の斎藤さんにアドバイスをもらった次の日、緊張のあまり中々呼び鈴を押すことが出来ず、彼女の家の前で立ち止まっていた。


(落ち着け。いつも通り接すればいいはず……)


 心の中で自分に言い聞かせて、深呼吸を繰り返す。

 好意を抱き始めたことに気付いたはいいがなんとなく気まずく、どう顔を合わせていいか分からない。

 どうやっても落ち着きそうにない心臓の音を意識しながら、躊躇いがちに呼び鈴を鳴らした。


「はい」


 ドアが開き中から姿を表す。斎藤は髪を後ろで一つ縛りにして、緩いパーカーにデニムパンツを履いたいつも通りの見慣れた姿だった。

 以前ならただ容姿が整っていて凄いな、という程度の客観的な感想しか出てこなかっただろう。


 だが好意を自覚したせいか、なんだか無性に可愛く見える。素っ気なく無表情の彼女はやはり美少女で、目を惹かれる魅力があった。


 こうして恋愛対象として彼女を意識してみると、彼女がどれだけ魅力的な女の子なのか改めて実感する。

 二重のぱっちりとした瞳に、ぷるんと熟れた果実のような唇。極め付けに艶々の煌めく見惚れるほど綺麗な黒髪。

 不覚にも見惚れそうになり、ドキリと胸が高鳴った。


「どうしました?」


「い、いや、なんでもない」


 長く彼女のことを見過ぎたのか、不思議そうにこてんと首を傾げて見つめてくる。相変わらず素っ気ない言い方だが、トゲが前よりなくなり柔らかくなっていることに気づき少しだけ嬉しくなった。

 見惚れていた、なんて言えるはずもなく誤魔化して取り繕うと、中へと案内された。


「どうぞ、入ってください」


「お、おう」

 

 なんとなく緊張して声を上擦らせながら、案内されるまま中へ入る。

 そのまま部屋に入りいつもの席に座る。本を取り出そうとリュックの中を漁っていると、ストンと隣に座る音が聞こえた。


 隣を向くと、ほんのりと頬を色付かせて席に座る彼女の姿があった。


「……え?」


「なんですか?」


 意外すぎてつい驚きの視線を送ると、ツンと素っ気ない声で微かに目を細めて睨んでくる。触れるな、暗にそう言われた気がした。


「い、いや、隣に座るから……」


「隣はダメなんですか?」


「べ、別にいいけど」


「じゃあ、いいでしょう」


 強い口調で言われてしまえば、特に断る理由もないので頷いてしまう。俺の了承を聞いた彼女はぷいっと俺から視線を切り、澄まし顔で本を開いて読み始めた。


 彼女の突然の行動に訳がわからず戸惑うしかない。一体どうしたんだ、ともう一度彼女の様子を窺うが特に変わったところはない。いつも通り少しだけ表情を緩めて、楽しそうに本を読んでいた。


 どういうつもりで隣に来たのかは知らないが、このタイミングで近づいてくるのはやめて欲しい。せっかくいつも通り接しようと頑張っているというのに、隣に来られると色々と気になってしまう。


 向かい合っている時は感じなかった彼女の甘いフローラルな香りがするし、すぐ手を伸ばせば触れられるところに彼女がいるというのはどうにも心臓に悪い。

 それに加えて今までならそこまで気にしなかったが、彼女を異性として意識している今だと、隣というのは距離感が近くどうしても注意がそちらに向いた。


 気になるあまり彼女の様子を見てみたくなり、ついちらっと視線を隣へ向ける。すると彼女もこちらを向いていて、ぱちりと目が合った。


「どうしました?」


「いや、なんとなく……」


 慌ててパッと目を逸らすが、見ていたことがバレたことに動揺してしまう。自分でもよく分からないが、気付かれたことが無性に恥ずかしかった。だんだんと頰に熱が篭り始め、かあっと顔が熱くなるのを感じた。


「……そうですか」


 少しだけ驚いたように目を丸くしたあと、表情を柔らかくしてクスッと微笑む。

 大方急に目が合って慌てた俺が意外で面白かったのだろう。によによと口元を緩めて嬉しそうにはにかんで見つめてくる。


「何笑ってんだよ」


「いいえ?なんでもないですよ?」


 笑われたことがなんだが癪で強めに言うが、からかうような少し小悪魔的な笑みを浮かべて笑うのを止めようとしない。

 その態度が少し悔しかったが、彼女の柔らかい笑顔に仕返す気にはなれなかった。


「あ、そうでした。田中くん」


「……なんだよ」


 目が合ったときのからかいにも似た微笑みの悔しさがまだ残っていて、ついぶっきらぼうに言ってしまう。


「えっと……」


「ん?」


「その、田中くんのおすすめの本とかありますか?出来れば貸して欲しいです」


「ああ、あるある。いいよ、明日持ってくる」


「ありがとうございます」


 本なんてこれまでたくさん貸してもらっているのだから、本の一冊や二冊貸すくらいなんてことはない。

 了承の意味で頷くとぺこりと頭を下げて礼をした。


「明日が楽しみです。た、田中くんがどんなのが好きなのか気になりますし……」


「お、おう」


 彼女は緊張のせいか少し上擦った声だった。ほんのりと頬を朱に染めて、照れたような恥ずかしそうなそんな表情を浮かべる彼女はどこか扇情的で、ドキリと胸が高鳴る。


 勘違いかもしれないがその表情に、異性として興味を持ってくれているんじゃないか?そんな気持ちが薄らと心に浮かび、また顔が熱くなった。

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