第50話 バイト先の彼女に再び相談する
昨日の夜はぐっすり眠れなかった。どうしても昼間の時のあの感情の揺れが気になって仕方なく、ベッドの中でずっと考えていた。
おかげで斎藤との関係が失われる寂しさ、まだ終わらないと知った時と安堵をきっかけにして、なんとなく自分の気持ちが分かった気がする。
だがこんな気持ちなんて初めてで本当に合っているのか自信がない。なのでバイト先の彼女に相談してみることにした。
「柊さん、少しいいですか?」
「はい?どうしましたか?」
バイトが終わり、空いた時間が出来たところで話しかける。声をかけると、少し不思議そうに首を傾げながらもこっちに視線を合わせてきた。
「いつも話している仲の良い女の子の話なのですが、自分の気持ちが分からないので少し聞いて欲しくて……」
「!?い、いいですよ」
知らない人の話を何度も相談して申し訳ないな、と思いつつも相談を持ちかけると、目を少し大きく見開いてこっちを向く。体をピクッと震わせて上擦った返事で承諾してくれた。
ぐいっと少し身体を近づけて見つめてくる。俺の話と聞いて恋愛関係のことだと分かったのだろう、レンズを通して瞳の奥の方が興味ありげに輝いているように見えた。
「実は彼女と本を貸し借りするような関係になっていまして」
「そうなんですね」
「それで、つい昨日その借りていた本が読み終わってしまって、ああもうこれでこの関係が終わりなんだなって思ったら、なんというか寂しくなったんです」
「へ、へぇ……」
居心地の悪そうにもぞもぞと身体を動かす。心なしか頰を赤くして、地面に視線をうろうろと彷徨わせている。
「でも、そのあと別の本を貸して貰えるようになって、まだこの関係が続くんだと思ったら凄く安心したんですよ。自分が思っていた以上に彼女との関係が気に入っていたみたいで……」
「そ、それは……もう、好き、なんじゃないですか?」
ほんのりと頬を色付かせ、ちらっとこちらの様子を伺うように上目遣いに見てくる。ほんの少し何かを期待するような声音で出した柊さんの結論は、俺の思っていた通りだった。
この浮ついた感情が好意に近いことはなんとなくわかっていた。やはりそうなのか、と自分が彼女に向け始めている気持ちを認識する。
ただ、今はまだ明確な好意と言い切れるほどの強い好意ではないと思う。友達以上の好意ではあるが、恋愛対象としてはまだ小さな灯火なのだ。友人としての好意と異性としての好意の間、そんな感じがする。
「やっぱりそうですか。でもまだ好き……ではないと思います」
「え……?」
ピキリッと顔を硬らせて固まる柊さん。驚いているのか、レンズの奥の目を丸くして表情を強張らせた。
「なんといいますか、異性として好きになり始めてるかなって感じですかね。柊さんに言われて何となく自分の気持ちが分かった気がします」
「あ、そういうことですか」
俺の言葉の意味を理解したらしく、ほっと強張っていた表情を緩める。そのままふんわりと柔らかくはにかむような微笑みを浮かべた。
人の恋話というのはやはり楽しいものならしい。俺が恋心に気付いたのが面白いようで、クスッと笑ったかと思うと、にまにまとにやけながら嬉しそうにこっちを見つめてくる。
「好きだと気付けてよかったですね?」
「え、ええ、まあ……」
からかいにも似た口調で改めて言われると、なんだか恥ずかしくしどろもどろになってしまう。やはりまだこういった話には慣れていないので、上手く返せない。
自分が彼女を好きになりつつあることは分かったが、これから先の経験をしたことがないためどうしていいか分からず、つい尋ねてしまう。
「……これから俺、どうしたらいいんですかね?」
「え?どうって……頑張って、す、好きになって貰えばいいんじゃないですか?」
柊さんの意見は尤もだと思うが、なんとなく腑に落ちない。確かに、好きになってもらえれば晴れて両想いになるわけだが、やはり自分の気持ちが明確な好意というわけではないのが引っかかる。
好きは好きなのだが、こう、すごく好き!という熱い感じにはなっていないのだ。
「うーん、そんな簡単じゃないんです。彼女はすごく大事な人なんですよ」
「だ、大事な人ですか……?!」
「そうです。異性としても可愛くて綺麗な人なのでとても魅力的ですけど、それ以上に優しく思いやりがあって、人としてとても信頼しているんです」
「そ、そうなんですね……」
視線を下げて落ち着かなさそうにうろうろと地面を彷徨わさせる。持っていた荷物のバッグの紐をきゅっと握るのが目に入った。
なぜか耳まで赤くなっているので気になったが、それ以上に自分の気持ちを話すことに集中していたので、すぐに忘れてしまった。
「はい、だからこの関係をそんな簡単に変えていいのか分からないんです。最近、少しは気を許してくれているとは思うんですけど、人としてなのか異性としてなのか分からないからそんなにぐいぐい攻めていいものか不安なんですよね」
「なるほど……今の感じだと彼女さんの好意は分かりにくいと……」
どこか決意したような表情を浮かべて、ポツリと小さく呟く。そこには、反省し考え込むような真剣な声音が含まれていた。
「それにまだそこまで明確な好きというわけでもないんで、その状態で彼女にアピールするのも不誠実かなって思うんです」
「確かにそうですね。ちゃんと好きになってからの方が絶対いいと思います」
声を強くしてするその姿からは、是非そうあって欲しいという想いが伝わってくる。やはりこういったことは、きちんと気持ちを明確にしてから動いたほうがいいみたいだ。
自分の考えが合っていたようで内心でほっとしていると、柊さんが腕を組んで考え始めた。うーんと唸って少し悩んでいたが、何かを思いついたらしくパッと顔を上げた。
「自分の気持ちがはっきりしていないことが気になるんでしたら、今はそのままでいいんじゃないですか?その……もし、彼女さんがもっと積極的にくるようになったら、より好きになるかもしれないですし、彼女さんから好かれている確信を持てるでしょう?ちゃんと好きだと思った時に動けばいいと思います」
「なるほど!確かに焦る必要はないですよね。そうしてみます」
別に今すぐ行動しなければならない理由はない。今の関係でも心地いいのだから焦らず、とりあえずはこのまま現状維持にすることにした。
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