第49話 学校一の美少女との関係はまだ続く

 小説に限らず、アニメ、漫画など自分の好きな作品が終わった時、誰しも大小はあれどある種の達成感や幸福感、喪失感に襲われるだろう。そしてそれは触れ合った期間が長いほど強く、思い入れがあるほど大きくなる。


 まさに今、斎藤の家で俺はそんな感情に襲われていた。


(あーあ、これでこのシリーズも終わりか。今回も面白かったのにもう読めないのか……)

 

 彼女の家で読むようになり、1日に読む冊数は明らかに増加していた。毎日大量の本を読むようになった結果、とうとうお気に入りのシリーズを全て読み終えてしまったのだ。


 これまでも大好きな作品は何冊もあったが、このシリーズは特別面白く思い入れがある作品だったのでそれがこうして読み終わってしまうのは、なんというか悲しかった。

 もちろん全てを読み終えてすっきりとした感覚もあるが、それ以上にやはり喪失感が強い。堪えきれない寂しさに思わず、はぁーと小さくため息が漏れ出た。


「読み終わったんですか?」


 俺のため息が聞こえたのか声をかけられる。彼女の方を向くと彼女は本を閉じて顔を上げており、ぱっちりと二重の瞳と目が合った。


「ああ、まあな」


「……元気がないですね。ああ、その本でシリーズが終わったからですか」


 俺の様子がおかしいことに気付いたのか、少し眉をへにゃりと下げ心配そうにこちらを見つめてくる。ちらっと俺の手にある本を見て、俺が落ち込んでいる理由を察したらしい。


「そうなんだよ。やっぱり面白かったし気に入ってたから余計に……」


「分かります!大好きな作品が終わった時はどうしても悲しい気持ちになりますよね」


 力なく返事すると、珍しく強い口調で同意してくる。凛とした声がやけに強く耳に残り離れない。

 やはり彼女も読書好きであるから共感する部分があったのだろう。「あのなんとも言えない喪失感には慣れませんよね……」と呟きながらしみじみと頷いていた。

 

「そうそう。物語を最後まで読めることはいいことなんだけど、やっぱり終わるのは寂しいよな……」


 話していても気分は元に戻らず、はぁー、とまたため息が漏れ出る。終わってしまった、という喪失感がいつまでも胸の内で残り続け、気分は回復しそうにない。

 まだ抜けない読後の余韻に浸りながら本の表紙に視線を落とした時、ふとあることに気が付いた。


(あれ?これってもう斎藤と関わる理由がないんじゃ……)


 読書の余韻で忘れていたが、元々斎藤と俺が関わっている理由はこの本の貸し借りだ。その延長で今は彼女の家に入れさせてもらっている。

 だが、その本が終わってしまったということは、関わる理由がなくなったということだ。もう彼女と関わる理由がない、そのことに気づき、読後の余韻とはまた違う寂しさに襲われた。


「どうしました?」


「いや、なんでもない……」


 おそらく顔に出ていたのだろう、不思議そうにこてんと首を傾げて見つめてくるので慌てて取り繕う。だが動揺していたせいもあって、覇気のない弱々しい声になってしまった。


 今の関係がなくなればもう彼女と話せない。話そうと思えば話せるだろうが、きっとこれまでのように毎日は話さなくなる。そう思うと心がひどく苦しくなった。

 関わり始めた当初はただ本の貸し借りを行う関係だとしか思っていなかったが、自分が思ってた以上にこの関係性を大事にしていたらしい。

 この繋がりがなくなってしまうことが惜しく、失いたくない気持ちが強くなる。


 「これで貸し借りの関係終わりだよな?」と聞いて確認しなければいけないはずなのに、言葉にする勇気が出ず口が開かない。何度も言葉にしようとするが声にならず、沈黙しか出てこなかった。


 尋ねることが出来ず固まっていると、彼女は丁寧に手を添えて机の上に置いてあった本を一冊差し出してくる。 


「田中くん、確か次の本はこれでしたよね」


「……え?」


 その本は彼女が最近ずっと読んでいたシリーズの本の第1巻だった。

 呆気にとられ言葉の意味が分からず彼女を見つめると、きょとんと意外そうな表情が浮かんでいた。


「え?次にこの本を貸す約束しませんでしたか?」


 彼女が読んでいた本が気になり年末に尋ねた時に、本を借りる約束をしていたことを思い出す。あの時は流れのまま約束していたのですっかり忘れていた。


 彼女とまた繋がることが出来る、その事実に驚きに近い喜びが胸の内に一気に広がる。あまりに嬉しくつい声が大きくなりながら、差し出された本を慌てて受け取った。

 

「あ、ああ、そうだったな。借りる!ありがとな」


「いいえ、どういたしまして」


 無事に受け取ってもらえたことに安堵したのか、表情を緩めふわりと柔らかい笑みを浮かべる。

 ほのかに口元を綻ばせふにゃっと笑う姿はとても魅力的でつい目を惹かれ、嬉しさと相まって胸が高鳴るのを感じた。


(そうか、まだこの関係を続けられるのか……よかった)


 まだ彼女との関係が終わらないで済むことに内心で安堵する。彼女の安らかな笑顔を見ながら、ほっと小さく息を吐いた。

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