第48話 バイト先の彼女は気になる

「年末年始は何して過ごしたんですか?」


 年始初めてのバイトが終わると、柊さんが珍しく積極的に話しかけてきた。彼女とはあまりこういった日常的な会話をしないので、少しだけ戸惑いながらも返事をする。


「……基本的には家にいましたよ。特に外に出かける用事もなかったですし。ああ、でも初詣は行きましたね」


 別に悪いことをしているわけではないが、流石に他人の家に入り浸っているのを明かすと変な目で見られそうなのでそこは隠すことにした。他人の家でも家にいることには変わりないし、嘘にはならないはず。


「そうなんですか。えっと……もしかして前に話していた女の子とですか?」


「ええ、まあ」


 少しだけ考えるように目を彷徨わせると、真っ直ぐにこっちを見つめてきた。レンズの奥の瞳と目がぱっちりと合う。心なしか彼女の瞳は興味ありげに輝いているように見える。

 珍しくぐいぐい尋ねてくることに違和感を感じるが、柊さんも女の子ということで恋愛的な何かを期待して聞いてきたのかもしれない。男女2人で出かけたならば誰だって多少なりとも色恋沙汰は想像するので、柊さんもその例に当て嵌まったといった感じだろう。


 せっかく向こうが興味を持ってくれているので、ついでに彼女について相談してみることにした。

 

「懐かれているというかとても信頼してくれている、というのは前話しましたよね?」


「はい、確かかなり親しくしているんですよね?」 


「ええ、それ自体はとても嬉しいことなんですが一つ困ったことがありまして。よほど信頼してくれているのか距離感がやたらと近いんですよ。こっちとしてはそのおかげで初詣の時は何回ドキドキさせられたことか」


 初詣の日のことを思い出し、はあ、と小さくため息を吐く。あの日は色々あったが、その際たる例は手を繋いだことだろう。

 別に嫌ではなかったし、むしろ男としては嬉しいくらいなのだが、彼女は自分がどれだけ魅力的な女の子なのかをちゃんと自覚してほしい。頑張って異性として意識しないようにしているというのに、あんなにぐいぐいと積極的に来られては意識しないはずがない。


「え!?ドキドキしていたんですか?」


 愚痴っぽくそう話すと、何故か驚いた声を上げる柊さん。くりくりとした瞳は大きく見開いたままこちらを向け、頰はほんの少し薔薇色に変わる。彼女がどうしてそこまで驚くのか不思議に思いながらも、コクリと頷いた。


「ええ、そうですよ……そんなに驚きます?」


「い、いえ、そんなイメージがあまりなかったので」


 確かにバイト先の自分の格好はそれなりのものであるし、仕事時はある程度柔らかい話し方をしている意識もある。

 流石に普段のぶっきらぼうの話し方では仕事に差し支えるので、そこは割り切って話し方を変えたのだ。話し方を変えれば多少なりともバイト先に知り合いが来てもバレにくいだろうという算段もある。


 もちろんこれが素ではないので、バイトの時の俺は猫をかぶっている感じに近い。

 普段の生活では疲れるから絶対やらないが、今の俺なら話しやすい雰囲気なはずなので、女の子慣れしていると思われているのかもしれない。


「ああ、なるほど。できるだけ意識しないようにはしてますけど、くっつかれたりしたら流石に意識しますしドキドキしますよ」


「そ、そうですか」


 肩を窄めて返事をする柊さんは、なぜかほんのりと頰を染めて口元を緩める。まだ気になることがあるようでちらっと上目遣いにこちらを見ると、躊躇いがちにまた尋ねてきた。


「その……どういうことにドキドキしたんですか?」


「いや、それは……」


「いいじゃないですか。ほ、本人にバレるわけでもないですし」


 そこまで話すのは恥ずかしく言い淀むが、どうしても知りたいらしく柊さんは言葉を続ける。かなり熱の篭った声で言われ、その勢いに押し切られてしまった。


「うーん、まあ、そうですね。彼女の服が想像以上に女の子っぽくてドキッとしましたし、からかわれたときも、まあ、少しはドキッとしましたね。あと1番ドキドキして緊張したのは……手を繋いだ時ですね。流石にあれは平静を保つのは無理でした」


 今思い出しても顔が熱くなってくる。彼女の柔らかく少し冷たい手の感触。きゅっと小さな手で握りしめてきたあの瞬間。彼女が自分を求めてくれているようで、心が鷲掴みされるようなそんな感覚があった。あの時は彼女を強く異性として意識してしまったし、顔が熱くなるのを抑えられなかった。


「な、なるほど。結構色んなことでドキドキしていたんですね」


 俺がイメージと違い純情だったことが可笑しかったのか、柊さんは頰を染め口元を緩めてはにかむように笑っていた。

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