第47話 学校一の美少女は名前を呼ばれ慣れない
「それにしても寝坊なんて珍しいな。寝付けない何かがあったのか?」
部屋に案内されいつもの定位置に座ると、つい気になったので尋ねる。彼女が寝坊するなんて珍しいし、なんとなくその原因が知りたくなった。
彼女が話すのを嫌がるようなら聞くのを止める、その程度の軽い気持ちで聞くと、彼女は動揺したように目をうろうろと彷徨わせた。
「そ、それは……元旦に田中くんと一緒に出かけたのが楽しくて……」
薄く頬を染め恥ずかしそうに目を伏せると、微かな細い声でそう呟く。もにょもにょと最後の方は小さすぎて聞こえなかった。
「ああ、なるほど。確かにあの日は帰るの遅かったからな。眠かったのは仕方ない」
寝付けなかったというよりもそもそもに眠くてずっと寝ていたのか。確かに夜遅くまで起きていたし、そういう意味では眠ってしまうのかもしれない。ただ些か寝過ぎな気もするが。
「……」
彼女の説明に納得したというのに、なぜか不満そうにムッとしている。頰を膨らませて何か言いたげな表情でこっちを見つめてくる。
「ん?なんだ?」
「……別になんでもないです。お茶取ってきます」
ぷいっとそっぽを向いて素っ気なく言い放つ。そのまま不機嫌な雰囲気を残してスタスタと台所の方へ行ってしまった。
急な変化に呆気に取られながら、ただ呆然と去っていく彼女の背中を眺めることしか出来なかった。
戻ってきてもまだ少し機嫌が悪そうだったが、本を開いて読み始めると楽しそうに表情をほんのり緩める。
その様子の変化で機嫌が直ったことを察し、内心ほっと安堵した。
読む本を本棚から取って戻ってきたとき、ふと思いつく。
理由は分からないがさっき機嫌を損ねてしまったので、一応感謝でも伝えておこうと話しかけることにした。
「本、いつも貸してくれてありがとな。斎藤」
いつものように感謝を伝えると、こちらを向きぱちりと綺麗な透き通る黒い瞳が瞬く。
不意をつかれたのか、どこか呆けたような、普段の態度と表情に隠れているある種の幼さが表に出ている。まさにきょとんといった表現が正しいだろう。
どうやら慣れない名前を呼ばれたことに驚いたらしい。
「名前を呼んでくれって言ったのはそっちだろ」
「……それもそうですね」
まさか驚かれるとは思わずぶっきらぼうに付け足せば、遅れてふわりと淡い笑みが浮かんだ。ほんのりと安堵したような笑みに、胸がざわつく。
「名前を呼ばれるのはなんだか少し恥ずかしいですね……でも呼んでもらえて嬉しいです」
ほんのりと頰を色付かせて、淡く消え入りそうな小さな声で囁いた。
口元を緩ませて、恥ずかしがりながらもはにかむ姿は華が舞うように可愛らしく、直視出来なかった。
彼女の姿から逃げるように目を下に向ける。これ以上見ていたら胸のざわつきが大きくなり、むず痒くもどかしい何かに駆り立てられるような気がした。
手に持つ本を読むふりをして「そうかよ」とだけ返事しておいた。
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