第40話 学校一の美少女は気合を入れる

(くそ、集中できねぇ)


 斎藤が着替えている間は本を読もうと開くが、扉の向こうが気になって本の内容が全然入ってこない。

 扉があるといえど壁は薄いので、静かな部屋だと向こうで彼女が着替える物音が聞こえてくる。

 シュルシュルと布の擦れる音は、勝手に想像を掻き立てさせ不埒な考えが頭に浮かぶ。

 だが、彼女はせっかく信頼してくれているのだ、そう自分に言い聞かせてなんとか邪な想いを振り払った。


 それにしても遅い。着替えるだけなのにかれこれ1時間近く経とうとしている。とうに着替える物音は止んでいるのに一体何をしているんだ。

 今のところなんとか自分の煩悩に打ち勝つことが出来ているが、これから先は分からない。

 これ以上待つのは精神的に参りそうなので、声をかけようか迷ったその時だった。ガチャッと音を立てて部屋の扉が開いた。


 現れた彼女の姿を一目見た瞬間に、思わず呆けてしまう。

 彼女は白のセーターに下は黒のデニム生地のスカートで、上にもこもことした柔らかく起毛した茶色のコートを羽織っていた。


 普段見慣れている服装とは180度異なる服装は女の子っぽくとても似合っている。

 彼女なら何を着ても似合うだろうと思っていたが、まさかこんなにも似合うとは思ってもみなかった。

 初めて見る外行きの格好は大人っぽい綺麗さと女の子らしい可愛さが両方あり、非常に魅力的に彼女を引き立てていた。


 普段の制服姿でスカートは見慣れたものだが、制服の時よりも少しだけ短く、ちらりと見える彼女の肌色の太ももがどこか色っぽい。

 艶やかに煌めく黒髪はカールがかけられ、ゆるふわなフェミニンさを醸し出している。さらには耳にしゃらりと揺れるイヤリングが輝き、女性らしさというものを際立たせていて、つい目を惹かれた。

 元々顔立ちが整っているというのにその魅力をさらに引き立てるように施された化粧のおかげで、これ以上なく清楚美人といった雰囲気を纏っていた。


 どうやら身なりを整えるのに時間がかかっていたらしい。

 息をするのも忘れるほど魅力的な彼女の姿に、身体は硬直してしまった。そんな俺を不思議そうにこてんと首を傾げて見てくる。


「どうしたんですか?」


「いや……あまりに可愛くて見惚れててた」


 可愛い、と伝えるのが恥ずかしくほんの少し頰が熱くなる。

 なぜここまで気合を入れた格好をしているかは分からないが、自分と出かけるために手間をかけてきちんとした格好をしてくれたのだから、褒めるのが筋だろう。

 さすがに恥ずかしいなんて言っていられないので素直な感想を口にすれば、彼女は大きく数回目を瞬く。それからほんのりと頬を染めてきゅっと唇を結んだ。


 やはり言うべきでなかっただろうか?

 彼女はあまり容姿について褒められるのが好きではないことを思い出して、少しだけ後悔する。


「悪い、こういうこと言われるの嫌ってたよな……」


「そ、そんな事はないです!」


「お、おう」


 急に強くなった口調に思わずたじろぐ。嫌がっていなかったことにほっとしながらも、それ以上に彼女のどこか必死な様子に驚き、頷くことしか出来なかった。

 彼女は合わせていた目線を外して俯き、さっきよりもさらに頰を朱に染めて、ポツリと小さくつぶやいた。


「……あなたに言われるのは嫌じゃないです。むしろ」


「むしろ?」


 何かを言いかけたので聞き返すと、彼女は顔が見えなくなるほど深く俯いてしまった。


「……そ、その……嬉しいです」


「なっ!?」


 ある意味特別な相手とも取れる言い方に、一気に心臓が高鳴る。それからかぁっと顔に熱が上るのを感じた。

 勘違いしてはいけない、そう頭では分かっていても動揺は抑えきれなかった。


「い、言っておきますけど、少しですから!いいですか?」


「わ、分かった」


 慌てたように顔を上げ、顔を赤くしたまま必死な表情で強く念を押してくる。その様子にはもう頷くしかない。コクコクと何度も首を振った。


「なら、もうこの話は終わりです。ほら、早く行きますよ」


 普段のつんとした冷たい声に戻り、ぷい、とそっぽを向く。スタスタと部屋を出ようとする彼女に動揺を隠しきれないままついて行った。

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