第37話 バイト先の彼女は落ち込む

(今日は色々ありすぎた)


 精神的な疲れからそっとため息を吐く。

 年末最後のバイトの最中、作業する時に今日あった出来事を思い出してしまい、上手く集中出来ずにいた。


 仕事に集中しなければ、そう思うがふとした時に斎藤の頭を撫でた感触や、逆に撫でられた感覚が蘇ってくる。

 彼女の髪のあのなんとも言えない柔らかくてさらさらした心地よい感覚はどうしても忘れがたかった。


 それにしても撫でてしまったことに気付かれた時は嫌われるかと思ったが、許してもらえるとは。

 女の子の頭を軽々しく撫でるのは良くないことなのは理解しているし、だからこそ今までずっと躊躇ってきた。

 それを許してくれるほど信頼してくれているというのは、なんというか嬉しいし心がそわそわする。

 

 そんなわけで心ここにあらずといった感じになってしまい、それを心配したのか柊さんが話しかけてきた。

 眉をヘニャリと下げて、少し心配そうに覗き込んでくる。


「どうしたんですか?今日、少し変ですよ?」


「実は、前に話した彼女の頭を撫でたことが気になって集中出来なくてですね……」


「なるほど……な、撫でた感じはどんな感じでした?」


 俺の声にピクッと反応すると、噛みながら少し声を上擦らせて尋ねてきた。

 声はどこか不安と好奇心が入り混じったような調子で、ちらっと上目遣いにこちらを見てくる。

 ほんのりと頬を色付かせ、俺の返答への期待に目を少しだけ輝かせていた。


「そうですね、想像通り、いえ、想像以上に良かったです。揺れる髪は見ていてとても綺麗でしたし、凄いさらさらしていて撫でてるだけで気持ち良かったです」


 今思い出すだけで、あの魅力的な髪をまた撫でたくなってくる。

 もう一度撫でたい、そう思わせるだけの良さが彼女の髪にはあった。


「そ、そうですか」


 俺の言葉にさっきよりもさらに頬を色付かせて、動揺したように目をうろうろと彷徨わせ始める。

 ほんのりと口元を緩ませたかと思えば、そのままゆっくりと少しだけ俯いた。

 

 俯いたまま居心地の悪そうにもぞもぞと身体を動かしたあと、まだ疑問があったらしくちらっとだけ顔を上げた。


「それにしてもどうして撫でようと思ったんですか?前に話した感じだと抵抗がある感じでしたが」


「彼女の寝顔って可愛いんですよ。こう、小動物的な可愛さがあってそれで撫でたくなった感じですかね。もちろん髪が綺麗だったからというのもありますが」


 流石に『寝ていてバレなさそうだったから』という理由は言えないので上手く誤魔化しておく。

 もちろん彼女の寝顔が可愛くて愛でる意味で撫でたくなったのは事実だ。


「そ、そういうことでしたか」


 少し口元をきゅっと結び、なんともいえない表情でぷいっとそっぽを向いてしまう。

 一体どうしたのだろう、と不思議に思っていると、おずおずと頰に朱を残したまま、またこっちを向いた。

 

「そういう、か、可愛いとかは本人には言わないんですか?」


「言わないですよ。恥ずかしいですし。それに可愛いとかは彼女色んな人に言われ慣れていると思うので、今更自分が言っても別になんとも思わないでしょうし意味ないですから」


 彼女は俺のことを信頼している友人と見ている。もちろんそれは俺も変わらないが、そういった発言をしたら警戒されてしまうかもしれない。

 それに彼女はそういった目で見られるのは嫌う傾向にあるのだ。なおさら言えるはずがなかった。

 褒める意味で言うならいいが、そんな簡単に言っていたら軽薄な奴と思われてしまうかもしれない。それは嫌だった。


「そうですか……」


 俺の言葉を聞くと、難しそうな渋い顔を見せた後しゅん、と肩を落とした。

 へにゃりと眉を下げて、どこか少し落ち込んでいるように見える。


「どうしたんですか?」


「……なんでもないです」


 様子が変わった理由が分からず尋ねるが、素っ気なくされ話そうとしてくれない。

 そのまま「あちらの仕事をしてきます」と言い残して離れて行ってしまった。

 

 

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