第35話 学校一の美少女の撫で心地

 斎藤に確認した通り年末年始は特に予定がないというので、いつものように彼女の家で過ごしていた。

 普段通り本を読んでいると、珍しくあくびをする彼女の姿に気付く。


「随分眠そうだな」


「ええ、少し寝不足で」


「何かあったのか?」


 俺に散々寝不足にならないよう注意してきた彼女が寝不足になるとは珍しい。

 別に彼女の生活リズムを聞いたことはなかったが、彼女の性格から規則正しい生活をしているだろうと考えていた。


「今読んでいるシリーズものが1番良いところでして、気付いたら夜遅くまで起きてしまったんです」


 そう説明しながらふわぁっと手で隠しつつも、小さく口を開けてまたあくびをする。

 目尻に浮かんだ涙を拭うように擦る姿はなんだか小動物的で愛らしい。

 眠気のせいもあるのか普段以上に雰囲気に刺がなく、少しだけ眠そうにとろんとした口調だった。


「なるほどな。まあ俺みたいに無理はするなよ」


「流石にあなたほどのことはしませんよ」


 肩を窄めて心配するとクスッと小さく笑われる。釣られて俺も苦笑をこぼした。


 そこで会話は止み、またページをめくる音だけが部屋に響き渡り始める。

 こうして沈黙で2人でいるという時間が心地よく、なんだか無性に心が温かくなった。


♦︎♦︎♦︎


 どのくらい時間が過ぎただろうか?

 今回の本も面白く夢中で読んでいたので、時間の感覚がなかった。

 自分の本が読み終わり集中が途切れたので、ふと顔を上げる。


「っ!?」


 目の前の光景に思わず息を飲む。そこにはすやすやと眠る彼女の姿があった。机で自分の腕を枕にして突っ伏すようにして眠っている。

 そこから見える彼女の寝顔はどこか幼く優しい。

 安らかにくうくうと小さく寝息をたてて眠る姿は、相変わらず美しくありながらあどけない寝顔として、俺の心臓を跳ねさせた。


 やはり寝不足だったのが響いていたのだろう。ぐっすりと眠っていて起きる気配がない。


 俺を信頼してくれているから寝たのだろうが、男と2人の状況で眠られると流石に理性が削られ、思わずため息が出る。

 もちろん信頼してくれているのは嬉しいが、あくまで俺は男なのだ。彼女からしたら全く無害な安全な人程度の認識なのだろうが、忘れないでもらいたい。

 無防備な可愛らしい寝顔を見せたまま全く起きそうにない彼女を、少しだけ恨めしく眺めた。


 起こすか迷ったが、あれだけ眠そうにしていたのでこのまま寝かせておきたい。

 ただ部屋は暖かいが身体が冷えてしまうかもしれないので、風邪を引いてしまわないかが心配だ。

 体調を崩さないように、気休め程度かもしれないがソファのところに置かれた膝掛けを持ち出して彼女の肩にかける。


「……ん」


 華奢な肩に優しく起こさないように掛けると、甘く小さな吐息が漏れ出した。

 ほんのりと扇情的な声にどきりと心臓が鳴り、ぱっと顔を彼女から逸らす。顔に熱が篭り始めるのを感じながら、滅多に見れない彼女の寝姿をちらりともう一度見た。


 相変わらずの綺麗な髪だ。今日はたまたま髪を縛っていないので艶めき煌く髪が真っ直ぐに背中へと流れている。

 見惚れるほどに美しい髪はとても指通りが良さそうで、撫でたら気持ちいいだろう。


 普段の俺だったら毛布をかけるだけで終わっていた。だが、バイト先の彼女に言われた言葉を思い出し、邪な気持ちが浮かんで振り払えずにいた。


(少しくらいなら撫でてもいいんじゃないか?)


 理性で必死に抑えていたせいで、ここまでで随分精神的に疲れてしまった。

 俺の気持ちなどまったく知らないで無防備にぐっすり寝る彼女に少しくらいは仕返しをしてやりたい。

 俺の精神的疲労の分くらいは返してもらっても問題ないだろう、そう自分に言い聞かせて彼女の頭にゆっくりと手を伸ばした。


 気付かれないようにまずは優しくそっと指先だけ触れさせると、ほんのりと温かな人肌の体温が指先から伝わってきた。

 そのままゆっくりと手のひら全体を軽く頭に乗せると、ふんわりと香る彼女のフローラルな香り、人のぬくもり、そして髪のさらさらとした感触が一気に伝わってくる。


「おお……!」


 触れた手のひらをそのまま撫でるように動かすと、想像以上の気持ちよさに思わず小さく声が漏れ出る。

 一切引っかかることなく指の間をすり抜けていく。撫でることで動かされた髪は揺らめくことで光を煌めかせ、絹のように柔らかくうねる。

 美しく変化する髪は見惚れるほどで何度撫でても飽きそうにない。


 最初は少しだけと思っていたがあまりの気持ちよさについ、もう少しだけ、あと少しだけ、と撫で続けてしまう。

 彼女の耳裏が茜色に染まり始めていることに全く気づくことなく、ひたすら撫で続け、撫で心地の気持ちよさを堪能し続けた。

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