第30話 バイト先の彼女は挙動不審

 斎藤とババ抜きをして容赦なく勝利した日の夜、バイトのシフトが入っていたので勤務していた。


 仕事自体には集中出来ていたが、ババ抜きをしている時のあのころころ変わる彼女の表情が忘れられず、ふとした時に思い出してしまう。


「なんだか今日は嬉しそうですね」


 バイトが終わり片付けている時、久しぶりにシフトが被った柊さんが話しかけてきた。

 プレゼントについて相談したあの日から少しだけ柊さんとの間にあった壁が薄くなった気がする。

 あの日からちょくちょく日常会話程度のことは話すようになっていた。


「そうですか?」


「はい、時々少しだけにやけていましたよ?」


 まさか、自分の表情が緩んでいたとは。

 彼女のころころ変わる表情が面白くて思い出し笑いをしていたからだろう。

 にやけ笑いを見られていたことにほんの少し羞恥がこみ上げてくる。

 恥ずかしさを誤魔化すように苦笑を零す。


「実は今日、面白いことがありまして、そのことを思い出していたからだと思います」


「何があったんですか?」


 なぜか少し不思議そうに首を傾げる柊さん。レンズの奥の瞳がきょとんと丸くなっている。

 前の彼女だったら適当に会話を流されていただろうが、最近は話を広げてくれるようになった。

 なんだか少し仲良くなれた気がして嬉しくなる。


「前に話した彼女とババ抜きをしたんです」


 俺の言葉にピクッと身体を震わせて反応する。


「……そうですか。でもババ抜きで笑うような面白いところはないと思うのですが」


 あまり納得していないらしく、まだ首を傾げたまま。

 確かに普通にババ抜きをしている場合には笑うようなところはないだろう。


「普通ならそうなんですけどね。彼女の表情がころころ変わるんですよ」


「表情?」


「はい、表情です。最後に二択になった時にカードを選ぶじゃないですか?あの時にジョーカーの方を引こうとすると凄い嬉しそうにするんですよ。そして逆側のカードを引こうとすると今度はシュンって落ち込むんです」


「だからですか……」


 ハッと何か気づいたように驚く。小さく聞き取れないような声で何かを囁いた。


「どうかしましたか?」


「いえ、なんでもないです。それが面白いんですか?」


「そうですね。元々彼女はあまり表情が変わらない人なので、かなり新鮮だったんです。それにあのすぐ表情が変わる感じが可愛くてですね……」


「か、可愛い……?」


 どこか上擦った小さな声を上げる柊さん。

 ほんのりと頰が色づき、ビクッとびっくりしたように身体を震わせた。


「はい、とても可愛いですよ。見ていて癒されますし。それにあんなに表情が変わる姿を見せてくれているってのはそれだけ信頼されているんだなって感じるので嬉しいんです」


「そ、そうですか……。まあ、確かにそうやって他の人に見せていない面を見せているということは信頼しているからだとは思いますよ?」


 顔を隠すように俯いて小さく言葉を零す。

 俯いてしまったせいで柊さんの表情はよく見えなかったが、声は優しくどこか温かな感じがする。


「そうですね。だから、そうやって信頼してもらえて色んな表情を見れて楽しかったのでにやけてしまったんです」


「なるほど……」


 思い出し笑いをしていた理由を話すと、やっと納得したらしく感嘆の声を出して頷いた。

 納得したようなのでこれ以上話す理由はないのだが、まだ語り足りない気がしてつい話を続けてしまう。


「あのぱぁって目を輝かせて嬉しそうなときが1番可愛いんですよね。心がそのまま素直に表されていることが伝わってくるので、とても魅力的な笑顔なんです。あの表情は、今思い出すだけでも癒されます」


「も、もう、大丈夫です!分かりましたから……」


「そうですか?」


 彼女の魅力を伝えたくてさらに語ろうとすると、慌てたように止められてしまった。

 確かに彼女からしたら知らない人の話だから興味は薄いだろうし、つまらなかったかもしれない。

 つい語りすぎてしまったことに少し後悔しながら、小さく俯いて耳が赤くなった柊さんを眺めた。

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