第29話 学校一の美少女とトランプ

 斎藤の家に通い始めてから数日が経ったある日、いつものように彼女の家の呼び鈴を鳴らす。

 最初は慣れなかったが、何回も通えば慣れてくるもので今ではそこまで緊張することはない。


「はい、どうぞ、入ってください」


 ガチャッと音を立てて玄関の扉が開くと、中から斎藤が姿を現した。

 今日は白のゆるゆるのパーカーに黒のスキニーのズボン。

 彼女は緩い服を好むらしいことは、ここ最近の彼女の格好から察した。


 格好自体は見慣れていたが、唯一見慣れないものが今日はあった。

 彼女は髪は縛りポニーテールになっている。

 学校では下ろしているし、この家に通い始めてからも見たことがなかったので少しだけドキリとする。


「どうかしました?」


 普段見ない姿にドキマギして固まっていると、こてんと不思議そうに首を傾げる。

 美少女の新たな姿というのはそれだけで魅力的に見えるらしい。

 きょとんとしている姿もなんだか普段より色っぽく見えた。


「……いや、なんでもない。お邪魔します」


 彼女が中へ引っ込んだのでその後ろ姿を追うように中へ入る。

 ゆらゆら揺れる彼女の髪に少し気を引かれつつ、彼女の後に続いた。


 リビングに入って机の上に背負ってきたリュックを置く。

 いつものように借りていた本を取り出そうとリュックを漁っていると、中に入っていたトランプが落ちてしまった。


「あっ」


 地面に落ちたトランプは一瞬で斎藤の家の床中に広がった。


「大丈夫ですか?」


 さっと屈んで、落ちて広がったトランプを拾うのを手伝ってくれる。

 自分も慌てて拾おうと1枚のトランプに手を伸ばすと、たまたま彼女も同じカードを拾おうとしたのか、その手を掴んでしまった。


 彼女の細くしっとりとした柔らかい手の感触が自分の手のひらに伝わる。

 体温が低いのか、ほんの少しだけひんやりしていた。


「わ、悪い」


 慌てて手を離してパッと距離を置くと、彼女はぎこちなく屈んでいた身体を起こして、掴まれた手を包み込むようにした。


「い、いえ。こちらこそすみません」


 一瞬ちらっとだけこちらに視線を向けると、すぐに横を向いてしまう。

 うっすらと頰が色づき始めたのを見て、やってしまったと後悔が襲ってくる。

 彼女はあまり接触が好きではない。そんな彼女の手を握ってしまうというのは不快かもしれない。


「ほんとにすまん」


「そんなに謝らないで下さい。べ、別に平気です」


「嫌じゃないのか?」


「い、嫌ではないです。びっくりしただけなので……」


「なら、いいけど」


 どうやら触れてしまったことに嫌悪感は抱いてはいなかったらしい。

 嫌われていないことに心の中でほっと安堵しながら、残りの散らばったカードを拾い集める。

 彼女も手伝おうと屈んで一枚、一枚と拾い集め、そして渡してくれた。


「はい、どうぞ。それにしてもトランプなんてどうしたんですか?」


「昨日、この本読んでたらトランプを使ったマジックをするシーンが出てきてかっこよくてさ。俺もやりたくなって買ったんだよ。……全然出来なかったけど」


 昨日1日では何も出来なかったので、見栄を貼ることも出来ず、最後にポツリと零す。


「マジックはそう簡単じゃないらしいですからね」


「まあな。……遊ぶか?」


「はい?」


 俺が手に持つトランプを興味深そうに見ているので、なんとなく提案してみる。

 唐突な提案に、彼女は目をぱちりと瞬かせていた。


 言ってみてから思ったが、もともと本を読むためにここに来ているのであって戯れるためではない。

 この部屋に入れてもらっているのは、もちろん本のためだ。彼女も本を読みたいだろうしこんな関係ないことをする意味がない。

 おそらく断られるだろう、そう思い提案を撤するか迷い始めた時、


「……じゃあ、してみたいです」


 おずおずと彼女から案外乗り気な返事が返ってきた。

 ほんの少し目を輝かせ、声にも嬉しさが混ざっていることからも、楽しみにしていることが伝わってくる。

 意外な返事に彼女を見返せば、「あまりしたことがないので……」と小さく理由を説明された。


「お、おう」


 彼女が希望するならやらない理由もないので、早速トランプの箱からカードを取り出す。


「あ、私ババ抜きしか知らないです」


「じゃあ、まずはババ抜きな」


 2人でババ抜きはどうなんだ、と思わなくはなかったが、彼女は楽しそうに待っているのでさっさとカードを配る。

 ほんのりと表情を緩めた姿から、少しテンションが上がっていることが伝わってくる。

 なんだか妙に気恥ずかしいというかくすぐったい。


 まあ、ただトランプが久しぶりだから楽しみなだけで、自分と2人で遊ぶからではないだろう。

 ほんのりと微笑んで配られるカードを見つめている彼女を見ながら、苦笑をこぼした。


 ゲームを始めれば当然の如く、ババ以外は引くたびに揃い、1組、また1組と減っていく。結果最後には彼女の手に2枚、俺の手に1枚だけ残った。


「さあ、どちらでしょう?」


 少しだけ挑戦的な口調でからかうようにそして楽しげに話しかけてくる。

 右手と左手それぞれに一枚ずつ持ち、取りやすいように見せてきた。


 普段彼女は無表情なので意味があるかは分からないが、一応ババ抜きではよくやる手段で彼女の様子を伺うことにした。


 まずは自分から見て右手にあるカードに指をかけて彼女の表情を見つめる。

 指をかけた瞬間、彼女の口元が緩み嬉しそうなのが伝わってきた。

 フェイントの可能性もあるので、今度は左手のカードにに指をかける。

 今度はあからさまに眉をへにゃりと下げて落ち込むのが分かる。


 右手に指をかければ顔がパァっと輝き、左手に指をかければしょぼんと肩を落とした。


(なんだこれ、可愛いな)


 笑った顔は魅力的だと思っていたが、表情がころころと変わるのは、それ以上に妙に可愛らしい。

 普段は無表情で滅多に表情が変わらないから、余計に可愛く見えるのだろう。


 今時、小学生でももう少しポーカーフェイスは上手なのに。

 バレバレな彼女の態度が面白く、つい笑いが零れてしまった。


「なんですか?」


 彼女は自分の表情が変わっていることに気付かないらしく、不思議そうに見つめてきた。

 きょとんとくりくりした二重の瞳と目が合う。


「いや、なんでもない」


 もう少しだけこの表情を目に収めておきたかった。

 彼女のそんな変わる表情を見ていたくて、誤魔化しながら左手のカードを引いた。


「……負けてしまいました。も、もう一回お願いします。今度は負けません」


 カードを引かれた瞬間、しょんぼりと落ち込み少し悔しそうにむくれる。

 口をきゅっと窄めて悔しがる姿は、また新鮮で可愛らしい。

 頰を膨らませて少しだけ睨むように見てくるが、まったく怖くなく、むしろ小動物的で無性に撫で回したくなる。もちろんそんなことが出来るわけはないが。


 負けず嫌いを発揮した彼女はもう一回と急かしてくるのでまた始める。

 この後3回ほどやったが全部勝ったのは言うまでもない。

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