第25話 学校一の美少女は眠い
冬休み前、二学期の期末テストが近いこともあり、普段なら本を読むところだが図書館で勉強をしていた。
ノートと参考書を開いて問題を解いていると、俺の前の席に座る気配があったので顔を上げる。
前に向かい合う形で座っていたのは、斎藤だった。
普段なら離れて座っているのに、一体どうしたのだろう。
今日は彼女の家で本を借りる予定だったはず。もしかして何か連絡を見逃したのだろうか?
「今日ここで渡す日だったのか?てっきりいつも通りかと……」
「いえ、いつも通りですよ。ただ、あなたが本を読まないで何をしているか気になったので」
なるほど、そういうことか。確かにいつもの俺なら図書館で本を読んでいるし、彼女と出会ってから図書館で勉強したことはなかったかもしれない。
「勉強だよ。もうすぐテストが近いからな。お前はやらないのか?」
「普段から家で勉強しているので問題ありません」
「流石だな」
「勉強は嫌いではないので。まあ、それでも最近は多少勉強時間を増やしていますよ」
彼女らしい真面目な返事に肩を窄めて苦笑する。
相変わらずの冷めた声で淡々と告げる様はもう慣れた。
いくら優秀とはいえ、テスト前になればさすがに勉強時間は増やすみたいだ。
多少とは言っているが、おそらくかなり頑張っているのだろう。話す彼女には少し疲れが見える。
テストが終わったら労いの意味も込めて、甘いものでもあげようと心の中で決めた。
どうやら俺への興味はもう失われたらしく、彼女は本を開いて読み始めた。
てっきり移動するものだと思っていたが、わざわざ移動するのも面倒か。
向かい合っているくらいなら別に誰かに見られてもそこまで疑われることはないだろうと思い、俺も勉強に集中し直した。
♦︎♦︎♦︎
しばらくの間勉強に勤しんでいたが、問題に一区切りがつき集中が途切れる。
伸びをしようとふと顔を上げると、そこには、ゆらゆらと揺れる彼女の姿があった。
うたた寝自体は仕方がないかもしれない。
最近は寒くなってきたことで暖房をついているので、館内はぽかぽかしている。
そこにテスト勉強の寝不足が入ってくれば、寝てしまうのも肯けた。
瞳を閉じて、くうくうと小さな呼吸を繰り返しながらうたた寝をしている。
やはり美少女というのは寝顔すらも可愛らしい。
普段の無表情はそこにはなく、ほんのりと口元を緩ませ安らんでいた。
もう見慣れたが改めて見ると、優れた美貌を持った魅力的な少女なのだと実感する。
寝顔はあどけなく、思わず触れたくなるような無防備さと愛らしさがある。
そんな寝顔で船を漕ぎ、揺れるたびに彼女の手入れされた綺麗な黒髪がきらきら煌くので、その寝姿に目を惹かれてしまった。
「……んぅ」
見惚れていると、掠れた甘い声と共にゆっくりと閉じられた瞼が開かれる。
焦点がまだ定まらない、ぼんやりとした黒い瞳がこちらを向く。
まだ眠りから覚めていないのか、ふやけたような表情にはまだ幼さが残っていて、あどけなさが強い。
瞳がとろんと濡れて揺らいでいる姿は、直視するのが憚られるほど無防備で、つい、と視線を逸らしてしまった。
「ん、んぅ……」
油断しきった、無警戒さが際立つ表情の彼女は、眠そうに目を擦っていて、その姿がまた小動物的で可愛らしい。
ようやく目が覚めてきたのか、今度ははっきりと瞼を開けると、俺とぱっちりと目が合った。
「え……」
しぱしぱと瞬き、驚きでくりくりとした瞳が大きく見開かれる。
よほど驚いたのだろう。体も気付いた時のままで固まっているので、手が上がったままだ。
少しの間固まっていたが、状況を理解し始めたのか表情はだんだんと羞恥を帯び始める。
目線は下をうろうろと彷徨わせ、たまにちらっとこちらを向くが、俺と目が合うとぱっとまた下を向いてしまう。
その様子がまた可愛らしくて見ていられず、こちらまで目を逸らしてしまった。
寝ていたのは向こうなのになんだか見ていたこちらが悪いような気がしてくる。
彼女の可愛さにどきどきしたり罪悪感にちくりと胸が傷んだりと忙しいことになりつつ、もう一度彼女を見れば頰を朱に染めたままこちらを見つめていた。
「……寝てませんから」
素っ気なく突き放すような羞恥が混じった声でポツリと呟く。
「いや、今……」
「寝てませんっ」
「あ、はい」
どうやら無かったことにしたいらしい。さすがにそれは無理があると思ったが、彼女が語調を強めて言うので、仕方なく納得する。
無かったことにしたいなら平然とすればいいのに、彼女の恥じらいは収まることなく、茜色に頰を色付かせてぷるぷると震えているので、また思わず苦笑してしまった。
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