第22話 バイト先の彼女の様子が変
本人から本以外に参考になりそうな欲しいものを聞き出せなかったので、他の女子に相談したかったが、生憎とそこまで親しい女子はほとんどいない。
唯一思いついたのはバイト先の彼女だ。親しいとは言えないが前に斎藤について相談したことがあるので相談しやすい。
雰囲気も似ているのでもしかしたら好みも近いかもしれないし、彼女からなら何かしら話を聞けそうだ、そう思いバイト終わりに声をかけた。
「柊さん、少しいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
声をかけられると彼女はきょとんとして不思議そうな表情を見せてくる。
「実は相談したいことがありまして……」
「……いいですよ」
元々そこまで仲がいいわけでもないので一瞬断られるかもしれないと思ったが、妙な間がありつつも彼女は頷いてくれた。
「もうすぐ俺がお世話になってる人が誕生日なんですよ。それで何を贈ったらいいか迷っていまして……」
俺の言葉にピクッと身体を震えさせて反応する柊さん。
「……その人はどんなのが好きとか言っていましたか?」
「元々本が好きな奴でして、今日も聞いたら新刊の本が欲しいと言われました」
「あなた、やっぱり……」
「どうかしましたか?」
じっとメガネの奥の黒い瞳は俺の方を見つめてくる。
ぱっと口を開いて何かを言いかけたが、躊躇うようにして閉じてしまった。
「……いえ、なんでもないです。それでしたら本でいいと思いますけど?」
「うーん……」
やはり本がいいのだろうか。1番安全な選択肢であることは分かるが微妙に引っかかる。
せっかくの誕生日プレゼントだというのに、本というのはなんというか味気ない気がする。
「そんなに悩むなら別に渡さなくてもいいのではないですか?」
さらに悩んでいると痺れを切らしたのか、冷めた声でそう提案された。
だがそんなこと出来るはずがない。
「いえ、自分が渡したいんです。本当にお世話になっているんですよ。別に本を貸す義理なんてないのに毎回ちゃんと嫌な顔せず、むしろ嬉しそうに貸してくれますし、たまに寝不足になるんですけど、そういう時とかさりげなく心配してくれたりして本当に感謝してるんです。口うるさい時もありますけど、そういう時々の優しさには助かっているんですよね。まあ、こんなこと恥ずかしくて本人には言えませんが。だから……ってどうかしましたか?」
本人に言っているわけではないが、やはりこう本音を他人に話すというのは気恥ずかしい。
だんだんと羞恥に駆られて早口で話していると、柊さんはレンズの奥の目を丸くして固まっていた。
そのまま目線を下げ、俺から目を逸らすようにうろうろと地面に視線を彷徨わせている。
心なしか頰がうっすらと色づいているように見えた。
「……べ、別に気にしないで。続けて」
様子が気になり尋ねたがいつものようなツンとした声でそう言われてしまった。
平然とした声だったので問題ないだろうと、話を続ける。
「そうですか?まあ、だからこういう時に彼女に何か返してあげたいんです。日頃の恩を返す意味でも彼女には喜んで欲しいので。俺、喜んでいるときの彼女の笑顔結構好きなんですよね」
目をへにゃりと細めて嬉しそうに笑う彼女は人としてとても魅力的だ。見ていてとても癒されるし、何度も見たくなる。普段無表情なので滅多に見れないが、その分あの笑顔を見た時はこっちまで幸せな気分になる。
喜んで嬉しそうな彼女にはそれだけの影響を与えてくる魅力があった。
「……な、なるほど。だったらやっぱり確実なのは本だと思いますよ。あと……それに加えてアクセサリー的なのはいいと思います」
ほんの少しだけ普段より上擦ったような声でおずおずと教えてくれた。
「そうか、そうですね!2つあげてはダメという決まりはないですよね」
彼女には喜んで欲しいので本はあげたかった。
彼女も本心から本は欲しがっているだろうが、なんとなく引っかかっていた原因は、彼女が多分見せていない部分があるからだろう。
彼女も普通に女の子なのだ。それはアイスなんかの甘いものが好きなことから分かる。
本当は彼女だって綺麗なものや可愛いものなども好きな気がするのだ。
もう一つのプレゼントはそういった系統のものをあげるとしよう。……すげなく断られそうな気もするがそのときはその時だ。
「ええ、そうするといいと思いますよ。それでは」
「え、あ、はい、ありがとうございました」
ためになるアドバイスをくれた彼女は、すぐ逃げるように足早に帰ってしまった。呆気に取られて先に行ってしまった彼女を呆然と見届ける。
すたすたと帰っていく彼女の後ろ姿から見えた耳たぶは、ほんの少し茜色になっていた気がした。
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