第13話 学校一の美少女には感謝しきれない

 あの一緒に帰った日以来ほんの少しだけ、斎藤との間にあった壁が薄くなった気がするが、特に距離が近付く訳でもなかった。


 図書館以外では無関係だし、図書館で本を渡すときでもたまに世間話をする程度。

 先日もちゃんと寝なさい、といった旨のお言葉をチクリといただいた。何だかんだ言葉はきついが、やはり面倒見はよい少女なのだと痛感する。


 きっちり釘を刺して脅してくるので、最初の時のように寝不足に陥ることなく、しっかりと熟睡していた。


「はい、分かりました。じゃあ、今から向かいます」


 今日も本を返しに図書館へ向かっているとスマホに電話がかかってきた。

 どうやら、バイトの人が1人急に休むことになったらしく、その代わりに入って欲しいといった内容だった。

 別段特に本を返すこと以外に用事もなかったので了承した。


 出来るだけ早くきて欲しいと言われたので、急いで用事を済ますため図書館へと向かう。


「本、ありがとな」


「どういたしまして。それにしてもそんなに急いでどうかしたんですか?」


 俺が慌ただしく図書館に入ってくるのを見ていたのだろう、少し驚いたような声で尋ねてきた。


「ああ、この後少し用事があってな……」


 流石にバイトのことは秘密にしなければならないので、適当に誤魔化しておく。


「なるほど、そうでしたか」


 俺の曖昧な言葉に特に追求してくることはなく、いつものように新しい本を渡してくる。

 ありがたく受け取った俺は、当然のように渡してくる彼女にそっと吐息を零す。


「……いやほんと、毎回新しい本を貸してくれるのはいつもありがたいと思ってるが、それを言うには時間が足りない。ごめん」


「別に礼を求めてる訳ではないので……」


「そうなのか?土下座くらいなら出来るぞ?」


「遠慮します。それはやめてください」


 私が嫌な女みたいじゃないですか、とあきれた風な眼差しを向けられるので、苦笑する。

 微妙に本気が混ざってしまったのは、彼女には本当に頭が上がらないからだろう。

 こんな面白い本に出会わせてくれたし、何より連日から続けているのは流石に申し訳なさも感じている。だから少しでも感謝を示したかった。

 今後なんらかの機会に彼女には贈り物でもしたいものである。


「……一つ聞いてもいいか?」


「なんですか?」


 そう問いかけると、こてんと小さく首を傾げる。


「俺にわざわざ本を貸してくれる利点ってなんだ?」


 今でこそ、話すのが当たり前の関係になっているが、本を貸してもらった当初はほぼほぼ初対面だった。

 普通、そんな奴に物を貸したりしない。しかもそれが塩対応で有名な彼女なら尚更だ。

 好意を抱いているなんて万が一にもない確率を期待するつもりはないが、不思議で仕方がなかった。


 俺の疑問に、斎藤は少し考えるように視線を上に向けて、それから表情も変えずに「私の自己満足です」と返してきた。


「顔を知ってる人で初めて出会った本好きの人でしたし、読んだ感想を語り合うのは好きなので。それに……」


「それに?」


「あなたは厄介な勘違いをしないで純粋に本を楽しんでくれるので楽ですし、そんなあなたと本について語るのはやっぱり楽しいので自己満足です」


「……そういうものか?」


「そういうものです。ですので、気にしないで降って湧いた幸運とでも思っていてください」


「へいへい」


 これ以上は問答するつもりはないらしく、本を開いて視線をそっちに注いで読み始めてしまった。


(そういうもんなのかな……)


 無償で貸す相手には相応しくないと思うんだけどな、とぼやきながらバイト先へと向かった。

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