第11話 学校一の美少女はどこでも本を読みたい
「なあ、もしかして帰る時、歩きながら本読んでたりするか?」
いつものように本を返して別れようと思ったが、昨日たまたま見かけた斎藤らしき姿が気になり、つい尋ねてしまった。
「ええ、読んでますよ?」
さも当然のような態度をする斎藤。
俺の予想は当たっていたようで昨日見かけた後ろ姿は斎藤本人だったみたいだ。
まあ、これだけ目立つ少女なので、遠目で後ろ姿だとしても誰でも気付いただろう。
「やっぱりか。昨日たまたま見かけたんだが、よくそれで家に帰れるな」
「慣れですよ。せっかくの空いた時間を無駄にしたくないので読んでいるんです。あなたもやってみては?」
俺がかなりの本好きである自覚はあったが、彼女も相当な本好きらしい。
俺が寝る間を惜しんで読むように、彼女も暇を見つけては読んでいるのだろう。
まあ、彼女の場合は、学校では女性に囲まれて話している時が多いし、優秀な彼女のことだ、家では勉強しているだろうから、隙間時間を生かしているという方が近いか。
「やらねえよ。てか、お前も危ないからやめろよ。車に轢かれても知らねえからな?」
昨日見かけた彼女の足取りが読書に気を取られているせいかふらふらと覚束なかった。
別に本当ならこの話を振るつもりはなかったのだが、そんな姿を見ては心配もしてしまう。
「今まで何も問題起きませんでしたし、平気だと思いますが……」
だが俺の心配をよそに、斎藤はそう言うだけで俺の忠告を聞こうとしなかった。
♦︎♦︎♦︎
「あいつ、また本を読んで歩いてるな……」
放課後、閉館時間になったので帰っていると、その途中で斎藤の姿をまた見つけた。
どうやら、彼女の家と俺の家は同じ方向にあるらしい。
関わるようになる前も何度か見かけていたし、彼女の生徒手帳も帰路の途中で拾ったのだから間違いないだろう。
そんな彼女は危なっかしい足取りでゆっくりと歩いていた。
あまりに夢中になっているせいか、歩くスピードはかなり遅く、しまいには止まる時まである。
ふらふらと蛇行するように歩くので、見ているこっちがハラハラしてしまう。
話しかけて注意するか迷ったが、人気の少ない図書館とは違い、ここは外なので誰に見られているかも分からない。
そんな状況なので話しかけるわけにもいかず、後ろをついて行く形になってしまった。
しばらく見守っていると、向こうから大型トラックが来ているのが目に入った。
騒音を立てて進んでくるので流石に気付くと思ったが、前を歩く彼女は本を見たままで気づいた気配がない。
「おい!」
「きゃっ!?」
慌てて駆け寄り、彼女の腕を引っ張り壁際に寄せた。
彼女の体とトラックの間に自分の身体を滑り込ませらようにして安全を確保した。
「…………あの」
壁際に寄せられた斎藤は全てを理解したのか、申し訳なさそうに眉をヘニャリと下げでいた。
「だから、気を付けろって言ったんだ」
「……ごめんなさい」
「もう、いいよ、これから気をつけてくれれば。それより怪我はないか?」
「はい、平気です。わざわざ助けてくださってありがとうございます」
これ以上責める気はなかったので、そう聞いてみると礼を返された。
さっきまではひっ迫した状況だったので気付かなかったが、壁際に彼女を寄せ、その身体を守るように覆っているので壁ドンのような形になっていた。
そんな態勢で至近距離からの上目遣いとなっているので、一度気付いてしまうと非常に落ち着かなくなってくる。
ただでさえあまり女に縁がない俺にはこういった距離は心臓に悪いというのに、美少女と密着しているのだ。
いくら双方に恋愛感情がないとはいえ、なんというかとてもよろしくない気がした。
彼女がこの体勢を意識していないようなので、そっと肩を掴んで彼女を剥がし、顔に羞恥がのぼる前に離れた。
「……これからはやめろよ?」
「はい……もうしないようにします」
幸いな事に、彼女は俺の動揺には気付かなかったらしい。
彼女はくっついていた事は全く意識していないようで、いつも通りの表情を見せていた。
俺としては、まあ斎藤のような数多もの男に好意を寄せられてる少女がこれくらいで動揺する筈もないか、という事で納得は出来たのだが、あまりに平然としている彼女につい苦笑してしまった。
「……びっくりした」
擬似壁ドンで俺が動揺していたせいもあっただろう。
小さく呟かれた言葉と、彼女のロングの黒髪に隠れた耳がほんのりと赤くなっていたことには、ついぞ気付かなかった。
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