第10話 学校一の美少女は頼り下手

「貸してくれてありがとな。相変わらずめっちゃ面白かった」


 礼を言って借りていた本を返すと、斎藤は俺を見てはぁっと小さくため息をついた。


「楽しんでもらっているのはいいんですが、何度も言っているように、ちゃんと寝て下さい。次の日に返すよう急かした覚えはありませんし、別に本は逃げたりしないんですから」


 連日の寝不足のせいで、隈は目元にあるのは気付いていたが、俺の顔はそこまで酷いらしい。

 心配と呆れが半々といった感じで言われてしまった。


「はいはい、分かったよ」


「もう……ちゃんと寝ないようなら貸しませんからね?」


 いつものように聞き流そうとすると、ムッと眉を僅かにひそめて脅された。

 あの本を読めないなんて、逆に気になってさらに寝れなくなりそうだ。

 流石にそう脅しを言われれば屈するしかない。


「……分かったよ。今度からはちゃんと寝る」


「はい、素直でよろしい」


 肩を落として俺が折れると、斎藤は満足そうに頷いた。


 それからはいつものように彼女と離れて読書を始める。

 しばらく読書していたが、持ってきていた本を読み終えたので、何か新しい本でもないか探し回ってみることにした。


「あ」


 ぐるぐると図書館を回っていると斎藤の姿を見つけた。

 斎藤はまだ俺に気付いておらず、本棚の1番上にある本を取ろうとしていた。だが、彼女の身長は平均より少し低いぐらいなので、本棚の1番上の本を取れるとは思えない。


 片足立ちになって背伸びをし、足をプルプル震えさせながら手を伸ばすくらいなら、誰かに頼ればいいのに。

 彼女が一言頼み込めば、大抵の男なら首を縦に振るに違いない。

 それをしないのは彼女自身が異性を避けているからだろう。まあ、あの下心を含んだ視線で見られるくらいなら、俺だって避ける。


 あと少しで届きそうだが届かず、彼女は指先だけを一冊の本に触れさせてなんとか試行錯誤していた。


(仕方ないな……)


 あのまま彼女1人に頑張らせても本を取れるとは思えない。

 不必要に彼女と関わる気はなかったが、困っている姿を見つけて無視は出来なかった。

 それにこれまで何度も本を貸してもらっていた礼も返せていなかったので、ここで多少なりとも手助けをしなければ男が廃るというものだろう。


 隣に行ってヒョイっとおそらく目的の本であろう本を取ってやる。

 渡そうと隣を見れば、ぱち、と彼女の黒い瞳が瞬く。

 驚いたようにも感心したようにも見えた。


「……別に奪うつもりで取ったわけでは」


「それは分かっています。……別にあなたに取ってもらわなくても自分で取れました」


 ツンと冷たく言われるが、強がっているのは一瞬で分かった。


「こういう時くらい素直に甘えておいた方が可愛げがあるぞ?」


「まるで私が可愛げがないと言っているみたいですが?」


「そりゃそうだろ。普段のお前の塩対応を思い出せ」


 そう言ってやると、きゅっと口を結んで黙り込んだ。


 普段の彼女の男に対する塩対応ぶりは噂になるほどだ。

 良くて無視。しつこければ毒舌で突き放す。言いよる男はたくさんいたが、その塩対応ぶりに半年で話しかける男はいなくなってしまった。


 多少でも甘える人の方が可愛げがあるが、彼女は誰かに頼るなんてことはしない。全部1人でやってしまう。出来てしまう。それだけの能力が彼女にはあった。


 それでも多少信頼できる相手が出来れば、そんな彼女にも可愛げが芽生えるだろうがいないみたいだ。

 まあ、可愛げはなくても彼女には彼女なりの魅力があるので、俺としてはそのままでいいと思っているのだが。


 斎藤が口をつぐんだのを好都合だと思い、俺は取った本を彼女に押し付けて、スタスタとその場を立ち去る。

 後ろで慌てたような気配がしたが、振り返るつもりはなかった。


 もう用事は済んだし、2人で話しているところを誰かに見られれば面倒なことになる。


 もともと彼女と俺は立場が程遠いので何か用事がなければ関わることはない。用事が済んだならとっとと離れるのが道理だ。


 足早に立ち去る俺の背中に、小さく「……ありがとうございます」と声をかけられた気がした。

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