6-4

 朱里亜はタクシーで総合病院に駆け付けた。


「娘は、まりあはどこに?」


 救命救急センターの担当医が、麻里亜の状況と容態を説明する。


「娘さんは、極めて重篤な状態です」


 麻里亜は、自宅コーポの浴槽で溺れ意識を失った。


 自発呼吸をしておらず、非常に命の危険な状態。仮に一命を取り留めたとしても、呼吸停止状態が長引いてしまった為に、低酸素脳症により脳に重度の障害が残るであろうとの事だった。


「どうして、こんなことに……」と、朱里亜は狼狽する。


 通報したのは若い男性。例の朱里亜の家に出入りしている黒服の男だ。

 担当医の説明によると、発見者の男性曰く――。


 風呂場で意識不明だった麻里亜を、自分が発見した。状況からしておそらく、麻里亜は母親の居ない間に、風呂場の桶の上に勝手に登って遊んでいた。それが桶ごと下に落下して、浴槽で溺れ意識を失ったようだ。


 との事だった。

 それを聞き終えて、朱里亜はすぐさま男の吐いた嘘だと思った。


 男は以前から、麻里亜を何度も虐待していた。だから嫌がる麻里亜の髪の毛を掴んで、無理やり風呂場に顔を沈めでもしていたのだろうと察したのだ。


 自分も似たような経験を昔、母の内縁の男からされたことがある。朱里亜も幼い頃に、虐待を受けていたのだ。


 朱里亜は別室で待機していた男を、スマートフォンで呼び出した。


 ◇


 病院の裏口の、ひと気のない場所で事実を問い詰めると「ああ、おまえの言う通りだよ」と男は、いともあっさりと自白した。


「ちょっと躾をしようと思ってさ。風呂場で首を掴んで沈めてビビらせてただけなんだよね。そしたら、こんな大事おおごとになっちまってさ。まったく参ったぜ」


 朱里亜が鬼の形相となる。

 男の頬を思いっきり引っぱたこうと、彼女は大きく手を振りかざした。

 しかし男は、その腕をむんずと掴んだ。


「痛い、離して」

「なあ、分かってんのか。おまえも同罪だろうが」

「……どうして、わたしが同罪なのよ?」


「だって、そうだろ。今までずっと、オレのやることを見て見ぬ振りをしてたんだからな。近所の連中にだって、絶対噂になってる筈じゃし。男を連れ込む度に、娘を部屋から追い出す鬼畜な母親だってな」

「それは……」


「その噂が広まったら、悪く言われるのは間男のオレじゃなく、実の親のおまえの方だ。じゃけえ日頃の虐待も、おまえがそそのかしたんじゃないかって、世間の目はそう見る筈だ」

「そんな……」


「オレ、警察で証言するからな。虐待は母親のおまえに指示されたんだって。それで『娘が邪魔だから始末して』と色仕掛けで頼まれたって」

「でたらめ言わないで。わたし、そんなこと頼んでない!」


「さて、それを世間が信じるかな? おまえみたいなクズでビッチな無職の母親の言うことを」

「くっ……」


「そしたらジュリアも育児放棄と幼児虐待と殺人教唆で、実刑食らって刑務所行きだぜ。おまえの人生、破滅だな。ああそうだ、ついでにナマポの不正受給もバレバレだよなあ」


 朱里亜の表情が苦悶でゆがむ。


「なあ。どうせ、あの子はもう助からないんだろ。娘は風呂場で勝手にふざけて溺れて死んだ。それでいいじゃねえか。それですべてが丸く収まる」


 子供の虐待死なんて表に出ていないだけで、報道される何十倍もあるのだと男は言った。それだけ隠ぺいし易い犯罪なのだとも。


「正直、おまえだってお荷物に感じていたんじゃろ。自分みたいなクズの元に、この子は生まれてこなければ良かったって。いつも、そう言ってたじゃないか」

「……それは…………」


「未成年の解剖検査ってさ、親の承諾がないと出来ないんだろ?」

「…………」


 男はニタリと笑い、朱里亜の耳元で囁いた。


「大丈夫、おまえが黙ってりゃあ絶対バレやしないって。死人に口なしだ」

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