6-3

 麻里亜と朱里亜の母娘が暮らすコーポに、今日も男が転がり込んで来る。

 キャバクラ時代の黒服。朱里亜よりもすこし年上のホスト崩れだ。

 他にも色々と女が居るらしく、気が向いた時にしかここには訪れない。


「なあジュリア、早くこのガキ追い出せよ」


 男がイラついた口調で急かす。夜のお楽しみを待ちきれない様子だ。


「さっさとシャワー浴びてこいよ。つうかトロトロしてっと、もう来ねえぞオレ」


 娘の麻里亜は、部屋の片隅で小さくなって脅えている。

 朱里亜は苦い顔で娘を諭した。


「まりあ、お外で遊んでなさい」

「でも、おそとは……くらいし、こわいし、さむいよう」


「こないだどこかから、高そうなコート貰ってたじゃない。それ着てたら寒くないから」

「えーっ、でも……」


 こんな寒い夜空の下に、娘を部屋から放り出す。

 流石に親としての罪悪感はある朱里亜だった。


 しかし、男は典型的なDV体質。逆らうとキレて暴れ出し、何をされるか分からない。

 正直、惚れた弱みもある。朱里亜は男に従うしかなかったのだ。


「あー鬱陶しいガキじゃのお、イライラするわ。早く出て行けっつう、のっ!」


 苛立った男は、麻里亜の小さな背中を蹴り飛ばした。


「いたい、いたい」と、うずくまる。


「オラオラ、早く出てけクソガキが!」

「いたい、たすけてママ、たすけて」


 朱里亜は娘から視線を逸らし、見て見ぬ振りをした。


 ◇


「早く施設にやれよ」


 ベッドの中。事を終えた男が、横で背を向ける朱里亜に声を掛ける。

 男の言う通りなのかもしれない。


 正直、麻里亜を児童養護施設に預けようかと何度も考えた。こんな駄目な母親に育てられるよりも、その方がきっと娘にとって幸せだろうと。


 だけど、どうしても手放せない。

 麻里亜は、血を分けたたったひとりの肉親。


 十六歳の時に、自分が死ぬほど痛い思いをして産んだのだ。

 当時、家出少女だった朱里亜は、夜な夜な男の家を渡り歩いて生活をしていた。


 麻里亜の父親は、誰だか分からない。だけどこの子が自分の実の子だということだけは、間違えようのない事実なのだから。

 朱里亜は言い訳で、お茶を濁した。


「ナマポの受給額が増えるから、とりあえず置いてんのよ」


 食べさせるものや着させるものをケチれば、その方が黒字になるからと。

 地域によって差異はあるが、母子家庭の場合だと子供一人につき約二万円以上が生活保護費に加算される。そういった受給額を目当てに偽装離婚をするケースも後を絶たない。


 男は「へっ、なるほどなあ」とせせら笑った。


「まったく、ジュリアもクズな母親だよな。まあオレに言われたかねえじゃろおけどな」


 朱里亜は「クズなのは自覚してるから」と、男に背を向けたまま言った。


「オレさあ、女はジュリアひとりに絞っても良いんだぜ。お荷物さえ捨てればな」


 男の甘い囁きを、朱里亜は無言で返した。


 ◇


 今宵はクリスマスイブ、聖なる夜だ。

 しかし冬の寒い夜空の下。古びた冷たいコーポの踊り場の階段で、今夜も幼女は膝を抱えて座っている。


「おなかすいたよう……ママ…………」


 そこに――。


「まりあちゃん」


 白い少女が再び、麻里亜の前へと現れた。


「あ、てんしのおねえちゃんだ」


 毛皮ではなく普通の白いコート姿。淡いピンクのショルダーバッグを肩にしている。前回の温かそうな毛皮のものは今、麻里亜が着ているのだ。

 天使の少女が、麻里亜に手を差し伸べる。


「お姉ちゃんと、一緒においで」


 麻里亜が「どこへ?」と、きょとんとした顔で尋ねる。

 天使は優しく微笑むと、こう言った。


「しあわせの国よ」



 翌日。

 朱里亜はその日も、ナマポで得た金で昼間からパチスロに精を出していた。


「……ったく、きょうもシケてるわね」と苛立ちの模様だ。


 昨夜はクリスマスイブだった。しかし無職の我が家だ。娘にケーキやプレゼントを買ってやる余裕などない。

 今日パチスロで勝てたら、何か買ってやろうかとも考えた朱里亜だったが。どうやら、それも難しそうだ。


 スマートフォンに着信が入る。

 朱里亜は、パチンコの玉箱の横に置かれたスマホを掴んだ。


「もしもし」

『そちらは三田朱里亜さんの携帯電話ですか?』


 知らない男性の声がする。


「ええ、そうですけど」

『こちらは倉敷総合病院ですが。たった今、おたくの娘さんが救急搬送されました』

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