5-4
「きゃああああ」
――って。じゃけえその程度じゃあ、全然怖くないんですけど。
相変わらず棒読みだ。桃香が内心ぼやく。
――もっともっと怖がらせてくれんと。コウちゃんが守ってくれんじゃ……え?
「ぎゃあああああああーっ!」
ようやくガチリアルな恐怖の叫びが、お化け屋敷にこだました。
「え?」
「ぎゃあああああああああああああああああああーっ!」
孝生の声だ。
「コウ、ちゃん?」
暗闇の中、尻もちを付いて座り込んでいる。どうやらビビッて腰が抜けたようだ。
「ぼっけえ、きょうてえ!」
岡山弁で滅茶苦茶、怖いという意味だ。
実は孝生は幽霊やお化けが大の苦手。お化けと聞いただけで、身体が震えが止まらなくなる程の怖がりだったのだ。
店頭でふーんと固まっていたのはそのせいである。
入場ゲートを潜った瞬間からも、あまりの恐怖で声が出なかったみたいだ。
「コウ……ちゃん…………」
お化けが苦手なことを、孝生はこれまでずっと見栄を張って桃香には黙っていた。だから桃香も、幼馴染といえど彼の秘密には気が付かなかったようだ。
「きょうてえきょうてえきょうてえっ!」
――うっそー。まさか、あの勇ましいコウちゃんが、こんなに怖がりじゃったとは。うわわわわ、こりゃあ大失敗じゃわあ…………。
「ぼっけえきょうてえぼっけえきょうてえぼっけえきょうてえ!」
「へへへ、こりゃ
調子に乗った幽霊たちが孝生を更にビビらせる。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇーーーー!」
孝生が臓腑の底から叫び声を上げる。
その姿を見てヘラヘラとあざ笑い、からかうタチの悪い幽霊たち。
中には昔、生霊時代の望美に絡んだ、リーゼントにスカジャンのツッパリふたり組も混ざっている。
「へーっへっへっへっ、あー
「おーおー。あんちゃん、めっちゃかっちょ悪りいのお。それでも男け?」
「オラオラ、カノジョの前でおしっこチビんじゃねえぞ」
オラついたツッパリコンビの幽霊が、床で震え頭を抱える孝生に向かって、下品な言葉を浴びせ掛ける。
その下世話な昭和のヤンキー口調に、桃香がとうとうプッツン切れた。
「――ちょっと、あんたらなあ」
「「「ほえ?」」」
「あんたら。さっきからうちのコウちゃんに、なんしょんじゃあ!」
闇の中、通路の壁に手を伸ばす。そこに掛けられた薙刀のレプリカを、桃香はむんずと掴んだ。
「うおりゃあ、この悪霊どもがあ。うちが成敗しちゃるけえ!」
長い薙刀を小柄な桃香が、頭上でぐるんぐるんと降り回す。
桃香は本物の幽霊たちに憑依された人形たちに向かって、薙刀で切り付けて行った。
「うぎゃあ!」
「ひぇーっ!」
「どしぇーっ!」
次から次へと勇ましく幽霊たちを蹴散らす桃香。
疾風怒濤、まさしく電光石火の早業だ。
次に薙刀を床に置いた桃香が、逃げる蝋人形の腕を捻り掴んで投げ飛ばす。
「せいやー!」
相半身からの正面打ち入り身投げ。合気道の技だ。
実は桃香は武術の達人。孝生と同じく剣道は元より薙刀や合気道など、様々な武道を幼い頃から両親によって習わされている。
そんな霊感少女の正体は。
「とおりゃああああああ!」
それが桃香のフルネームだ。実家は吉備津神社。岡山県民なら誰もが知る有名神社だ。
吉備津一族は民話『桃太郎』のモデルと言われる
吉備津一族は、由緒ある神の使いの家系なのだ。
ちなみに職業霊媒師である忍の、上お得意様でもある。
その跡取り娘として日々、巫女になる為の修行をしているのだ。そんじょそこいらのチンピラ幽霊など恐るるに足らずである。
倒れた蝋人形を今度は正拳突きで、めった打ちに粉砕する。
「どおりゃああああああっ!」
◇
「……なあ、お嬢ちゃんたち。まったくなにやってくれたんじゃあ」
何事かと騒ぎに駆け付けた人間の管理スタッフにより、事態はようやく終息した。
「ごめんなさいっ!」と桃香は平謝りだ。
「ごめんなさいっ、オレが情けないばっかりに!」
桃香の横では、何故だか孝生も一緒になって謝っている。
彼にまったく非はない筈なのだが。
「ごめんね、ももちゃん……」
おりょうが管理スタッフの横で掌をすり合わせる。申し訳なさげな表情だ。
深々と頭を下げながらおりょうをちらと見た桃香は、こっちこそごめんねと言いたげに、苦笑いのアイコンタクトを返した。
結局、修理代は保護者である桃香の親が弁償する羽目になった。
桃香の家は良家の資産家。なのでこの程度では家計にはまったく響かないが、それでも両親にはこっぴどく叱られた桃香だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます