5-3

 学校帰りの金曜日。

 桃香は幼馴染の孝生を連れて、倉敷商店街を南へと歩いていた。


「なあモエカ、オレ今日は部活だったんじゃけど」


 幼馴染の桃香をモエカと茶化してして孝生は呼ぶ。小柄で童顔ですこし垂れ目の大きな瞳、おまけに巨乳だ。そんな、いかにも萌え萌えなルックスをしているからである。


「たまには付き合ってくれてもええが。だって今日までなんよ、あそこのイベント」

「あそこのイベントって?」

「着くまでのお楽しみ。女の子ひとりじゃ入り難いとこなんよ」


 孝生はハハハと腹を抱えて笑った。


「焼肉屋の食い放題け? それともラーメン屋の替え玉サービスか。ていうかモエカ、食いしん坊のおめえが、なーに言っとんじゃ。そんなん、いつもひとりで平気で入っとろおが」


 桃香が白桃のような頬をぷうと膨らます。


「じゃけえ、そういうんと違うって!」


 ◇


「ここ」


 こうして学校帰りの桃香は孝生を連れ、からくり博物館へと訪れた。


「ふーん」


「ここのお化け屋敷ってね、期間限定で今週までなんよ」

「ふーん…………」


「前から入ってみたかったんじゃけど、女の子ひとりじゃあ怖いけえ。じゃけえ一緒に……ね?」

「ふーん……………………」


 まるで興味なさげに涼し気な顔の彼の手を、桃香は「じゃあ、入ろ?」と引っ張った。


 受付で孝生が入場券を買う。

 ここは美観地区の幽霊たちの密かなたまり場。しかし孝生には霊感がないので当然、霊の姿は見えないのだ。


 桃香は、隙を見ておりょうの傍へと寄った。

 孝生から少し離れた場所で、おりょうが桃香に耳打ちする。


「へえ、なかなかハンサムで勇ましそうな子じゃない」

「コウちゃんは、剣道部の次期エースなんよ。こないだなんて、一年生なのにインターハイで個人戦四位まで行ったんじゃけえ」


 桃香も小声で、幼馴染を誇らしげに自慢する。


「あら、凄いじゃない。将来きっと立派な殿方になるわね」

「でも、中身はいつまでもお子ちゃまで。それに、あたしと一緒で勉強の方もサッパリじゃし」


「凄腕の若き武道家くんかぁ。今日の秘策にぴったりじゃない?」

「えへへ、じゃろ?」


 おりょうの秘策。それは「お化け屋敷でふたりをラブラブ急接近」大作戦だ。

 この博物館の目玉は洞窟探検『鬼ヶ島』。普段は鬼が飛び出すスリルいっぱいの体感型アトラクションなのだが、夏の間は期間限定でお化け屋敷へと様変わりするのである。


 そのお化け屋敷で本物のリアルな幽霊を従え、女性の方を思いっきり脅かす。そうすることで男性の父性本能を絶妙にくすぐらせ、ふたりの距離を急接近させる。

 密かにその手で、何組ものカップルをゴールインへと導いているのだ。


 桃香と孝生は、お化け屋敷の入口をそろりと通過した。


「コウちゃーん、怖いよう」


 先行く孝生の肘に、桃香がしっかりとしがみつく。


「怖いよう、怖いよう」


 ――ってなんか棒読みじゃし。うーん、ていうか全然怖くない……。


 我ながらヘタクソな大根芝居だと、桃香は心の中でぼやいた。

 霊感少女の桃香は、普段から本物の幽霊を嫌という程に見慣れている。

 すべては芝居。か弱い女の子っぽく振る舞っているだけなのだ。


 すたすたと歩く孝生の表情は、さっきから暗くて掴めない。


「コウちゃん怖いよう怖いよう」


 とりあえず彼を離さないようにしなければ。

 棒読み演技の桃香は、孝生の肘をしっかり握り付いて歩いた。


「ちょっと。あなたたち、なにやってるの。ももちゃん、さっきから全然怖がってないじゃないのよ。あれじゃあ、緊張感も何もないわ」


 そんなふたりの背後では、おりょう姐さんが闇の中で蒼白い顔を浮かべ、他の幽霊たちを叱咤している。


「へい、すんません……」

「面目ないっす……」

「じゃって、おりょうさんよ。なんかいつもと調子が違うっちゅうか……どうもあの子、ワシらを見慣れてるみたいじゃし」


 おりょうがぴしゃりと「言い訳は結構よ」と言い放つ。


「あなたたち、それでも本物の幽霊なの。もっと本気をお出しなさい!」


 しゅんと俯いていた数名の幽霊たちが、しゃんと背筋を伸ばす。

 彼らは口をそろえて「御意ぎょい!」と言った。


「ひゅー、どろどろ」


 本気ガチで怖がらせに掛かる幽霊たち。


 蝋人形や唐傘小僧や一反木綿、果てはゾンビや首無し死体やのっぺらぼうなどなど。幽霊たちは作り物の展示品に憑依し、不気味な効果音や呻き声と共に次々と動き出した。


「ひゅー、どろどろどろどろどろどろ」


 これは流石に本気で怖い。

 桃香は孝生の肘から手を放し、自分の口元に両掌を当てて叫んだ。


「きゃああああ」

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