其ノ五 からくり館のおりょうさん

5-1

★其ノ五 まえがき

 回想シーンは書籍化の際にページ数の関係でボツテイクになったエピソードなんですけど(泣)

「例のあの子に絡めてみたら面白いかな?」と思いまして。この回は息抜きの番外編として読んで頂けると幸いです。


 ◇


 夏の午後三時半。


 仕事帰りの逢沢あいさわ望美のぞみは、美観地区内の倉敷デニムストリートで寄り道をしていた。今日は珍しく夜の部の予約がなかったので、店主の蒼月あおつき真幌まほろが早上がりにしてくれたのだ。


 デニムストリートは、地元デニム商品のアンテナショップ街。若者に人気のスポットだ。倉敷市は日本でのデニム発祥の地であり、ジーンズの聖地として全国的に知られている。


 エアコンの効いた店内を出ると、望美の額が急に汗ばむ。そろそろアイスクリームが恋しくなる時期だ。

 そんな中。細い路地のベンチでは、制服姿の若い男女がファストフード片手にいちゃついている。見覚えのある夏服。隣市の総社の公立高校の生徒だ。


「おっふ、ふわっふわでめっちゃうまっ!」


 青色のバンズをしたハンバーガーを、勢いよく男の子が頬張る。

 パテは豚と鶏のひき肉を合わせ揚げたつくね風。味付けはソースとマヨネーズだ。


 肉のうまみがたっぷり。シャキシャキな千切りキャベツの食感が程よいアクセントとなり食が進んでいるようだ。


「こっちはすっきりとした口当りじゃわあ。ラムネ味って案外合うんじゃね!」


 女の子の手にはソフトクリーム、こちらも青色だ。デニムソフト、黒猫マホの密かな大好物である。

 そんなやりとりを目の当たりにして、望美はおもわず「ごちそうさま」と微笑んだ。

 しかも女の子の方は、よく見ると。


「あれっ、あの子って桃香ももかちゃんじゃない?」


 どうやら望美の知り合いのようだ。


「じゃあ隣の男の子って。ははあ、さては。あの子が桃香ちゃんが前から言ってた」


 これはお邪魔をしてはいけない。

 望美はにやにやと頬を緩めながら、素知らぬふりで場を離れた。


「次は、あっちに行ってみようかな」


 今日は久々の早上がり。なので望美はこうやって、ぶらり寄り道をしながら倉敷川沿いを徘徊しているのだ。


 デニムストリート傍の白壁通りを東に向かい、北の倉敷駅方向へと左折。

 そのまま望美は、裏通りへと歩を進めた。


「あの時もこうやって、美観地区を観光巡りしたよなあ」


 望美は自分が生霊だった頃の自分を懐かしんだ。

 裏通りの『桃太郎のからくり博物館』と書かれた看板の前で立ち止まる。


「あの時のおねえさん、元気にしてるかな?」


 ◇


「へえ、桃太郎のからくり博物館か。なんか面白そう」


 美観地区の川沿いメインストリートから外れた東側。町屋が立ち並ぶ裏通りに存在する、穴場的なスポットだ。

 望美は館内に入ってみた。薄暗い館内には、白い服を着た年配の女性やカップルなど数名の先客が居る。


「これ、なんだろう」


 透明なガラスケースに、真っ二つに割れた桃のオブジェ。しかし横に回って別の面からみると――。


「えっ!」と望美が驚く。


「あれ。この桃、からっぽだったのに。なんで⁉」


 いつの間にやら、中から生まれたての桃太郎が現れた。

 他にも箱に描かれたぶどうの絵が、下に置かれた鏡に映ると――。


「あれっ、なんでこっちはバナナになってるの⁉」


 こういった目の錯覚を用いた不思議なからくりトリックアートが面白い。

 他にも、桃太郎の古文書や絵本やレトロな玩具といった歴史資料が展示されている。


「これ、面白そう」


 洞窟探検『鬼ヶ島』の入口に立つ望美。鬼が飛び出すスリルいっぱいの体感型アトラクションだ。

 そんな望美に四十路ぐらいの髪の長い女性が、背後から話し掛けた。


「お嬢さん、あなたおひとり?」

「え、ええまあ」


 色っぽくて綺麗なお姉さんだなあ、と望美は思う。

 紅い口紅が特徴的な、色白で薄い顔立ちの和風美人だ。


「ここはね、毎年夏にお化け屋敷に様変わりするの。けっこう本格的で雰囲気あるわよ」

「へえ、そうなんですか……って! ちょ、ちょちょっと待って?」


 望美は、どうして生霊である自分の姿が見えるのだろうかと驚いた。

 周囲の視線がじろじろと望美たちに集中する。


「って、だからどうして、みんなあたしが見えるの?」


 不思議そうな表情で客たちの顔を良く見ると、一様に顔色が悪い。


「なるほど、そっか」


 どうやらここに居る先客は皆、本物の幽霊のようである。


「ここはね、私たち地元の幽霊たちの、密かなたまり場なのよ。あなたも退屈したら、ちょくちょくいらっしゃいな、新入りのお嬢ちゃん?」


 白装束姿のアラフォー女性は、袖を口元に当てるとしなを作って微笑んだ。


「それにしても、あなた浮かない顔をしてるわね。顔色も悪いし」

「……顔色はお互い様だと思いますけど」


 望美に突っ込みを入れられ、女は「うふふ、確かにそうだったわね。ふたりとも幽霊なんだし」と話を続けた。


「何か悩み事でもあるの? まあ悩みや未練があるから、お互い成仏出来ずに霊なんてやってるんだろうけど」

「それは……」


「恋の悩みかな。私も若い頃は色々あってね、幽霊になった今も、彼の事を時々思い出しては切なくなるの。だから、なんだか放っておけなくて」

「そうなんですか」


 白装束の女は「ええ、ほんの四百年ぐらい前の若い頃にね」と付け加えた。そこ突っ込んでよいところだろうかと、望美は微妙に悩む。


「私も、アラフォーなんだなあ。嫌ぁねえ、歳を取るって。もうアラウンドフォーハンドレッドよ」


 そこも突っ込んで良いものかどうか激しく悩む。

 刹那、からくり博物館の外から高らかな鐘の音が鳴り響いた。

 光の射し込む店頭を思わず望美は振り返る。


「チャペルの鐘の音よ。近くに結婚式場があるの。ここから東に歩いて直ぐの場所なの」

「へえ」


「とてもロマンチックで素敵な所よ。折角だし、あなたも行ってみたらどう」

「あたしが?」


「きっと気も晴れるわよ。私も落ち込んだ時に、ひとりでよく行ってみるの」


 ◇


「また、あのおねえさんに会いたいな」


 しかし生身の望美には、もう霊の姿は見えないのだ。


「あたしにも霊感があったら、もっとお店や店長のお役に立てるんだろうけど。忍さんや、桃香ちゃんみたいに……」


 望美は残念そうな顔をして、倉敷駅の方向へと足を進めた。

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