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【正義のヒーロー、傷害事件で書類送検。~番組ロケの宿泊先でディレクターに暴行を加える】


 甲山は傷害事件として翔を刑事告訴した。

 自分の犯した麻衣への監禁・強姦未遂の事は、すべて棚に上げてである。


 警察での事情聴取に対し翔は、素直に罪を認め反省の態度を見せた。

 しかし麻衣の事に関しては、一切触れなかった。


 甲山と麻衣はホテルの一室で密会をしていた。それは紛れもない事実だ。

 もしその事が公になれば、子供番組のヒロイン役を務める彼女にとって、確実にマイナスイメージとなる。


 ディレクターとヒロインが、ふたりきりでホテルの部屋に居た。しかも女性の方は下着姿でシャワールームに。


 事の真相がどうであれ、その既成事実だけは、どうあがこうと揺るぎはしない。


 無理やり襲われたとか言ってるけど、彼女にもその気があったんじゃないの?


 枕営業するつもりが、土壇場で怖くなってカレシにスマホで助けを求めたとか?


 ていうかレッドとピンクって前から怪しかったけど、やっぱ付き合ってるの?


 つかピンク、エロビッチ杉ワロタwwwwwwwwwwww


 そう邪推する声も、きっとSNSや巨大掲示板には無数に出回ってしまうだろう。そうなれば麻衣のせっかく芽生え始めた女優生命はジ・エンドだ。


 だから翔は「あの夜は演技の事で口論となり、感情的になった自分がおもわず殴ってしまった。本当に申し訳ございませんでした」と嘘の証言をした。


 翔は真実を伏せるだろう、麻衣の名誉を守るために。

 そう見越して甲山は、今回の告訴に踏み切ったのだ。生意気で使い難くて目ざわりだった新人タレントの翔を、この機会に潰してしまおうと目論んだのである。


 そんな甲山の黒い術中に、翔はまんまとハメられてしまったのだ。


 甲山は麻衣に対しても、裏で口止めの圧力を掛けた。

 それが子供たちの夢と希望と番組と、何より君自身の女優としての華やかな未来を守る為なのだと。


 重ねて甲山はこうも耳元で囁いた。


「マイちゃんが黙っているならさ、告訴を取り下げてあげてもいいんだよ」


 その追い打ちが効いたのか、麻衣も警察や所属事務所には真実を語らなかった。

 結果、翔ひとりが泥をかぶる形となったのだ。


 ◇


 数週間後。


 結局、甲山からの告訴は取り下げられ、事件は不起訴となった。

 しかし番組のイメージダウンは免れない。翔は純烈戦隊セイギリオンのレッド役を降板。他の仕事もすべてキャンセルとなり、事実上の無期限謹慎処分となったのだ。


「お世話になりました」


 翔は所属する芸能事務所に契約解除届を提出した。


「せっかく不起訴になったんだから、なにも辞めなくったって……あなたまだ若いんだし、いくらでもやり直しは効くわ。事件のことだって、きっと訳があったんでしょう?」

「社長……」


「ちゃんと分かってるから。確かにちょっと不良っぽいとこはあるけど、あなたがむやみに暴力を振るうような子じゃないって。ご覧の通り、うちは小さな事務所だけど。あなたが現場に復帰できるよう、ちゃんとバックアップしていくから」


 芸能事務所『チェリーブロッサム』代表取締役社長の秋元あきもとかえでが、必死に彼を引き留める。


「ありがとうございます。でも恩義ある社長に、これ以上ご迷惑を掛けるわけにはいきませんので」

「翔くん……」


「本当に、申し訳ございませんでした」


 翔は社長に深々と頭を下げ、事務所を後にした。


 ◇


【「残念だけど、寿命があと僅かなんだよね」】


 あれは、芸能人としての寿命という意味だったのだろうか。

 ならば、あの少年の予言は見事に的中したなと翔は思った。


 翔が、フッと鼻を鳴らす。


「マーくん、か。まったく可愛い顔してクソ生意気な坊主だったよな。でも、あいつのおかげで――」


 意外にも翔の気分は、すっきりとしていた。


 芸能界に未練はない、といえば嘘になる。誰もが名を知るお茶の間の有名人になって、母と自分を捨てた父親を見返してやる。

 その願いを果たせなかったのは残念だけど。


 皮肉にも父と同じように、悪い意味で世間を騒がせてしまったけれど。

 最後に大切な仲間ひとを守れて、本当の意味でのヒーローになれて。


【「ねえ、最期にカッコいいとこ見せてよ。冥土の土産に……さ」】


「あいつには感謝しないと、な」


 これで芸能人生を終える自分自身への、冥土の土産ってやつができたのかもしれない。翔はそんな風に感じていた。


 事件の真相は、何があろうと自分が墓場まで持って行く。

 麻衣の名誉を守るためにも。


 彼女の女優としての栄えある未来を、これからは遠く陰ながら見守って行こう。

 そう誓う翔だった。


 ◇


 信号待ちの交差点で、翔はスマートフォンの画面を開いた。


「これも削除しとかなきゃな」


 SNSの公式アカウントを、退会しようと液晶画面をまさぐる。


「ん?」


 Twitterのトレンドに『#セイギピンク 大炎上』のハッシュタグが記されてある。しかも最上位に。


「大炎上……って、どうして麻衣が?」


 何事だろうか。慌てて翔は麻衣のツイッターアイコンをタップした。

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