1-4
深夜のホテルの部屋。
深酒をしたのに目が冴えてしまって、さっぱり寝付けない。
シングルベッドの中で翔は、白い天井を見上げ呟いた。
「あのマーくんってやつ、どうして……俺の過去を知ってるんだ……しかも、あいつのことまで……」
上京して以来、地元での事柄は一切、誰にも話していない筈なのに。事務所の社長は元より、今の現場で唯一心を許す仲間の麻衣にさえも。
「中学の時のクラスの誰かの弟とかか。いや、まさか」
翔は東北地方の出身だ。ここ西日本の岡山県からは、遥か遠くに離れている。だから昔の知り合いの家族などとも考え難い。
仮にそうだったとして。タレントになった自分に、当時のクラスメイト本人がネチネチ絡んでくるなら、まだ分かるのだが。あんなにも歳の離れた弟か親戚に、態々あんなことを話すものだろうか。
ふと翔は、先日麻衣に押し付けたファンレターの文面を思い浮かべた。
【『今週のセイギレッドも、とてもかっこよかったです! 学校では「ヒーローものなんて幼稚だ!」とか色々言われるけど。僕は、ちびっ子たちに夢を与える素敵なお仕事だと思っています。レッド役の広瀬さん、いつも勇気をくれてありがとう!』】
「夢と勇気、か……ヒーローって呼ばれてる筈の当の本人が、こうやって欲望に飢えてんだから。まったくざまあないよな。おまけに上からホサれるのが怖くて、大事な仲間のひとりも守ってやれない意気地なしで……」
翔はひとり呟く。まるで手紙の主であるファンの少年へ語り掛けるように。そして自分自身へも。
「この世の中、正義のヒーローなんて居やしない。すべては嘘にまみれた偽りの仮面の姿だ。そうやって善人ぶってる奴ほど、裏で何やってるか信用できないもんなんだよ……あいつのように…………」
寝返りを打つと翔は、枕にうつ伏せ記憶の奥底へと顔を埋めた――。
◇
子供の頃の翔はヒーローが大好きだった。
両親は共稼ぎで、兄弟もいない。鍵っ子だった翔は、いつも家でひとり寂しい思いをしていた。そんな彼のお楽しみは、彩り鮮やかな五色の正義の味方たち。TV番組の戦隊ヒーローだったのだ。
父親の職業は警察官。父は仕事が忙しく、あまり家に帰って来れない人だった。シフトは二十四時間体制。不規則な生活で土日が休みになることも殆どない。
母は留守番を寂しがる翔に、何時もこう言い聞かせていた。
「お父さんのお仕事はね、正義の味方なの。翔の大好きな、あのテレビのヒーローたちと一緒よ」
「へえ。すごいや、おとうさんって!」
「そうよ、お父さんは凄い人なの。ヒーローは毎晩遅くまで悪い人や悪の組織と戦って、地球の平和を守っているのよ。翔はそんな正義のヒーローの息子なんだから、良い子でお留守番してなきゃだめよ」
「うん、わかった!」
そんな多忙な父が、仕事の合間を縫って連れて行ってくれた戦隊ヒーローショー。その感動と興奮を、そして父の優しい笑顔を。翔は今でもよく覚えている。
ぼくのおとうさんは戦隊ヒーローと同じ正義の味方。幼い日の翔は、そんな父を誇らしげにしていた。
将来の夢は父のような正義の警察官。小学校の卒業文集にもそう書いていた翔だった。
ところが――。
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