これから酒の梅雨がはじまるそうですよ

ちびまるフォイ

お酒の小説は20歳になってから

その日、天気予報に反して大雨が降った。


「……なんか、変な匂いがするなぁ」


傘にバタバタとぶつかるしずくからはツンとした匂いが広がる。


「おい、これ酒だぞ! 酒の雨だ!!」


酒の雨は町をアルコールの匂いで満たしていった。

雨雲は晴れることなく、酒梅雨がいつまでもいつまでも続いていた。


「わっはっは! いやぁ、梅雨っていつ晴れるんだろうねぇ」

「そんなこと、"つゆ"知らずってね! ぎゃははは!」

「この国の未来は明るいなぁーー! あーーっはっはっは!」


皮膚や空気から吸い込まれたアルコールでみんな酔っぱらいになった。


それまで雨雲のように立ち込めていた漠然とした将来への不安や、

過去のトラウマや人間関係の悩みなどもすっかり吹っ飛び

町には活気と笑い声と酒臭さで溢れかえった。


「生きててよかったーー!」

「人生サイコーー!」

「お酒ばんざーーい!」


「「「 ばんざーーい! 」」」


酔っ払った人たちは酒の勢いに任せて看板を破壊しはじめた。

バカでかい音に持ち主は飛び起きた。


「ちょ、ちょっと! なにやってるんですか!」


「……ん? えぁあ? なんだぁ、これくらいいいらろぉ?」


「よかないですよ! 弁償してください!」

「はい! べんしょーします!」


「なにチャックおろしてるんですか!?」

「べんしょーで~~す! あ、これはしょーべんかぁ! あはははは!」


立ちションし始める酔っぱらいに持ち主は怒る。


「いい加減にしてください! もう許さない!」


「マジになるなってぇ。無礼講じゃないかぁ」

「もしかしてお前シラフかい?」

「ひきこもって酒の雨を受けなかったなんてもったいない」


「酒で現実から逃げているあなた達と一緒にしないでください!」


これには酒を浴びた人たちもカチンと来た。

無関係な人たちもこの言葉を聞いて思わず振り返る。


「んだとぉ? これだから空気の読めないやつは」

「シラフの奴らのせいでみんなが傷ついたじゃないか」

「おい! こいつを縛って酒を飲ませろ!」


シラフだった看板主も浴びるほど酒を飲まされてすっかり赤ら顔。


「はれぇ? なにに怒ってたんだっけぇ?」


「がっはっは! いいってことよぉ! お酒を一緒に飲んだらもう友達!

 友達の間にゃぁ、過去のいざこざなんで無いんだよ」


「だよなぁ! みんなハッピーならそれがいい~~!」

「「 そうだ~~! 」」


長く降り続く酒の雨により、町のほとんどの人が酔っ払らった。

わずかに残っていたシラフの人も酒を飲んだりして転身が相次ぐ。


酒の雨が病んでからも冷たく厳しい現実に目を向けることを恐れ、

誰もが酒を飲んだ結果、町からはすっかり酒がなくなってしまった。


「なにぃ? この店でも酒が置いてないのかぁ?」


「ええ、みんな買っていっちゃうんですよ。

 酒の雨のあと、みんな酔っ払うことに味をしめちゃって」


「ひっく。まったく、ひっく。ふてぇ、やつら、だ。ひっく」


「まあ、そのうちどうにかなりますよ」

「だよなぁ! あははははははは!!」


どうにもならなかった。

酒を作るよりも飲まれる量のほうが遥かに多い。


そのうえ、酒造りの職人が酔っぱらい仕事をしなくなってしまった。


町は酒難民であふれかえり、酒の雨がまた降るようにと祈祷する新興宗教まで出始めた。


「酒の絶対神、ア・ルー様! どうか我々にもう一度酒をお恵みくださぃぃーー!」


願いもむなしく酒の梅雨明け後に待っていたのは暑さと快晴ばかりだった。

立ち込めていた酒の霧が晴れと、襲いかかるのは強烈な二次被害だった。


「うええええ……ぎ、ぎぼぢ悪い゛……」


酔いの重ねがけをしていた町の人達は恐ろしい二日酔いに悶え苦しんだ。

町のあちこちでは吐瀉物が市松模様のように繰り返されている。


「み、水ぅ……水を……」


繰り返される嘔吐とアルコールによる脱水症状。

げっそりやつれた人は水道をひねった。


「で、でない!? 水が出ない!?」


酒の雨で酔っ払った水道局の人たちは今も二日酔いでダウン。

店で売られている水もすっかりなくなってしまった。


「しぬ……このままじゃ……町でひからびる……!」


ゾンビのような足取りで二日酔いの人たちは農場へと押し寄せた。

牛乳が二日酔いを治してくれる迷信を信じてきた。

切羽詰まっている彼らにはすでに正常な判断などできやしない。


「ちょっと! うちの牛をどうするんですか!」


「なんで牛乳でないんだよ! この牛!」


「今日の分は絞り終わったんです! これ以上酷使しないでください!」


「うるせぇ! 牛と人の命のどっちが大切なんだ!」


農場からは牛が強奪され、飲み物にありつけない人はますます枯れてゆく。

乾きのフラストレーションに暴徒化する人も後をたたない。


「オラァ! すべての酒と水は俺のものだぁ!!」


理屈や理解を酒の勢いで飛び越えた人たちには何を言っても通じない。

この状況にふるえていたのは虐げられていて地下に逃げていたシラフの人たちだった。


「地上では誰もが飲み物を奪い合う戦争になっているらしい」


「我々はこれからどうすればいいんだろう。

 攻撃的な酔っぱらいにおびえてくらすしかないのか……」


「なにを言っている! シラフである我々こそが最後の良心!

 我々がこの町を変えなくちゃ、もっと最悪な状況になるだろう!!」


「シラフ長……!」


「今こそ立ち上がるんだ! みんな!

 多少強引でも酔いが冷めたときに感謝してもらえるはずだ!」


シラフ長の決起に賛同した人たちは地上に上がって、

酔っ払っている人もそうでない人もみんな等しく捕まえた。


もう二度とこんな悲劇が起きないようにと、なにもない牢獄に閉じ込めた。


「ここから出せ! シラフだからって偉そうにしやがって!」

「私は酒に強いから大丈夫です! ここから出してください!」


「いいえ、それはできません。誰が酔っているのか判断はできません。

 それに酒が抜けていても、飲んだ瞬間に豹変する人もいるでしょうし」


「だったらてめぇらも同じじゃねぇか!」


「ええそうです。ですから我々シラフ一同もみなさんと同じです。

 同じように独房にはいって、同じように隔離されて暮らします。

 そして、町に酒と飲み物がまた戻ったらみんな解放されます」


ふたたび酒が入っているいないで差別や偏見が起きないように、

シラフの人たちも同様になにもない独房へと自分たちを閉じ込めた。


質素な生活と、定期的に入ってくるわずかなお酒。


我慢と節制を繰り返すうちに、

外の街では水が戻り、町の吐瀉物は消え、川はきれいになった。


町が元の状態に戻ったころ、町に残っていたシラフの監視員が牢獄を解放した。


「我慢のかいあって、町は元通りになりましたよ!

 なんの娯楽もないこの環境でよくぞここまで耐えました!!」


閉じ込められていた人たちは、顔を明るくした。



「酒を飲んでなかったら、こんな環境とても耐えられなかったよ!

 もう酒のない生活なんて考えられないね!!」



アルコール依存症となったシラフ長は答えた。

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