3.魔性

瑪瑙めのうさんを襲ったのは、帷子かたびらさん。……そうですよね?」

「あら、私が犯人だって言うの? この状況で犯人役を押しつけるだなんて、とんだ悪足搔きだわ」

 ミリルが可笑しそうにクスリと笑った。

 だが、私のこの考えが間違っているはずがない。消去法で言えば、犯人はミリル以外にあり得ないのだ。もちろん彼女がりんを襲う動機だってある。

 ――帷子ミリルは「吸血鬼」である。

 そう、これほどまでに分かりやすい動機があろうか。

「私、つい今まであっちで寝ていたのよ?」

 ミリルが反論してきた。私はすぐに首を横に振った。

「少なくとも本の整理が始まってからは、帷子さんの姿は私の視界に入っていませんでした。つまり、ずっと寝ていたという証明はできないはずです」

「ふふ、言うわね。委員長の影響かしら?」

「断じて違います!」

 私はついムッとして言い返した。ミリルの口から出た「委員長」という単語は、私を挑発するには充分だったからだ。

 ある男の――私がこの学園で一番世話になっている、あるクラスメイトの――しかめっ面が、脳裏を横切る。ええい鬱陶うっとうしい。

「だいたい不自然なんですよ」

 自然と声を荒げながら、私はミリルを追及しにかかった。

「どうして帷子さん、今日に限ってここにいるんですか? 放課後はいつも教室で寝てるじゃないですか」

「あら、いけなかったかしら。陽が沈むまで、どこで寝ようと私の自由でしょう?」

「でも……図書室は寝るところじゃありません!」

 何となく成り行きで図書委員らしい台詞を口にしてしまったが……。その時だ。ふとミリルの笑みが、微かにささくれ立った。

「理由ならあるわよ」

 そう言って白い顔を背ける。彼女にしては珍しいリアクションだ。

「どじなメイドが、北校舎の廊下にかかっていた姿見を割ってしまったの。それをあろうことか、わざわざ教室で修理しているのよ。だから鬱陶しく思って、ここへ逃げてきた――。それだけのことだわ」

 どじなメイドというのはおつ組生徒の一人、緒深田おみたうらだろう。彼女はなぜかいつもメイド服を着ているし、よく物を壊す。が、それは今はどうでもいい。

 ……鬱陶しく思って逃げてきた、か。授業中はおろか掃除中ですら爆睡している吸血鬼の言い訳としては、だいぶお粗末だ。

 そう、やはりミリルは怪しい。というか、たかだか消去法でここまで深く考える必要など、ないはずだ。


 だが――そんな私の確信をあざけるかのように、ミリルは再びクスリと微笑んだ。

「何ならみましょうか」

 そう囁き、マントの内側から何かを取り出す。

 それは、一本のナイフだった。に細かな装飾のあしらわれた、ずいぶんと古風な品だ。彼女が趣味で集めているというオカルトアイテムの一つに違いない。

「……何ですか、それ」

「罪人殺しの魔剣。かつて中世ヨーロッパの魔女狩りで使われたものよ。もっとも使ったのは、教会への密告者を暴く魔女の方だったそうだけど」

 これを使えば誰が犯人かすぐに判るわ――と、ミリルは蠱惑的にナイフをもてあそんでみせた。

「願うだけで、切っ先が独りでに犯人のいる方向を指し示すの。簡単でしょう?」

「それは……何か代償とかはないんですか?」

「そうね、見つけた犯人をこのナイフで刺し殺さないと、呪いで全員が死ぬわ。でも確実に刺し殺せばいいだけの話だもの。ね、簡単でしょう?」

「しまってください!」

 私は慌ててナイフを白刃取りにし、ミリルの方に押し戻した。まったく、この子が話に絡むと、だいたいどこかが血の海になるから困る。

 あら残念、と呟き、ミリルがおとなしくナイフをしまう。とりあえず惨劇は回避できたようだが――そこでふと、私は戸惑いを覚えた。

 今のナイフだ。もしミリル自身が犯人なら、果たしてあんなアイテムを持ち出してくるだろうか。

 罪人殺しの魔剣……。そんなもの、自分が無実だと確信していなければ、恐ろしくて使えたものじゃない。

 ――ということは、ミリルは犯人ではない……?

 そういえば、私のポケットに銃が入っていると知った時の、彼女の不審げな表情も気になる。もし彼女が犯人なら、凜が銃を撃って私がそれを拾ったという一連の流れぐらいは、解っていたはずだ。

 なのにあの表情……。まるで、素で私を犯人だと思い込んだかのように見えた。

 それとも、ただの演技か。しかし演技の一つや二つで疑惑を逸らすには、無理がありすぎる。何しろこの図書室には、襲われた凛を除けば、私とミリル以外に誰もいないのだから。

 ……そのはずだ。他に誰かが隠れている可能性などない……と思うのだが。

 いや、どうだろう。この図書室、例えば受付の下とか本棚の陰とか、身を隠せそうな場所はいくらでもある。

 だとしたら――果たしてこの部屋にいる人間は、本当に私達だけか。

 額を一筋の汗が這い落ちた。いやに冷たい。


 カラン、と鐘の鳴る音が響いた。

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