第24話 領主の館にて その2
「隊長、なんだい、そいつは」
練兵場の兵隊達の目がこちらに集まる。おっさんばかりかと思ったが、存外平均年齢は低い感じだ。俺とそんな変わらないのも結構居る。
「ギュンター商会の荷物持ちだよ。ヤマダって言うそうだ。ちょっとおまえらこの若造に稽古つけてやれよ」
隊長が人の悪そうな笑みを浮かべている。
すこしざわついてる兵隊さん達。
「ヤマダね。変わった名前だな。いいぞ、こっちきな。おー、腰に剣さしてるな。それでやるかい?」
兵隊さんの一人が鷹揚に応じた。
隊長が吹き出す。
「おいおい、普段、真剣で練習なんてしてないだろ。若造いじめるのはやめてやれよ。ガーブナー、木剣だせ。相手してやれよ」
隊長さん、少し慌ててもいる感じ。大丈夫、練習に真剣なんか使いませんよ。
木剣。反りのある木刀の方が良いが、贅沢は言わない。
冒険者ギルドより大分マシだ。
あそこ刃を潰した剣しか無かったからな。あれは当たり所が悪いと死ねる。
……なんで、冒険者ギルドと違うんだろうな。
『ふむ。対人戦闘の訓練やる気なかったんじゃないのか? あそこは魔物相手だからな。治安維持や戦争が仕事の兵隊とは文化が違うんじゃろ。詳しいことは知らん』
「まあ、いいですけど」兵隊さんは続けて言う。
「隊長が考えたこの軽い木剣での訓練、冒険者ギルドの連中とか笑ってるんですよ、あいつら。実戦的で無いって」
『ふん、一番の違いはこの隊長のせいかの』
その隊長はあごひげをしごきながらニヤけた笑みを浮かべている。
「好きに言わしとけって。間引きしただけの剣なんかちょっと当たり所悪けりゃ死ぬからな。あんな命知らずの冒険者と同じ事したってしょうがないだろ。実戦的でない大いに結構じゃ無いか、せっかく戦争とも縁遠い田舎勤務なんだし。おまえは来年は年季明けで実家の農家にもどるんだろ」
「うーん、戻っても、家と畑を継ぐのは兄貴だからなぁ。おれ三男坊だし」
年季明けってなんだ?
『年貢……税金の減額の代わりに次男坊、三男坊を何年か兵隊に出すのは普通の事だ。だいたい五年から十年くらいだな』
ヒゲの隊長が俺と兵隊の一人に木剣を渡して口を開く。
「おい、木剣だって当たり所が悪きゃ死ぬんだからな、気をつけろよ」
「分かってますよ、隊長。手加減しますって」
「……分かってないな、まあいいや」そう言いながらこっちに目配せしてきた。
うなづいて、軽く木剣を振る。
うん、あまり重くない。軽めの木を使ってるな。
扱いやすさ重視、かつ、それほどダメージが行かないようにとの配慮だろう。
「構えなよ、坊主」
一礼してから、正眼に構えて、対峙する。
商人の荷物持ちと聞いて、油断しまくってるなぁ。
とりあえずデモンストレーションといくか。
刀をコンパクトに振り上げ、一瞬で、相手の木剣に振り下ろす。
狙いは握っている手のすぐちかく。
衝撃でたたき落とされた木剣がカランと地面に転がる。
「握りが甘い」
呆然としている農家の三男坊上がりの兵隊さん。
「え、なんで……」
「敵と対して居る時には油断せず構えなきゃ。刀はしっかり握る。特に左手重要。右手は添えるくらいで」
剣道道場の指導のノリで答える。
「いや、そうじゃ無くて、ギュンター商会の荷物持ちの子って……」
「今日はね。普段は剣士やってる」
『魔法使いをやれというに』
まあ、魔法剣士はいいかもしれん。
隊長さんが軽く口笛を吹く。
「やるね。次、行け。ファース、おまえ行って見ろ」
「じゃ、じゃあ」
周りから、がんばれとか牛飼いの意地をみせろとか声が上がる。実家は牛飼いなのか……。
流石に油断はない。むしろ、緊張している。
「いくぞっ」
言わなくても良いのに。
やー、と声をあげ、頭めがけて切り掛かってくる。
ふむ。
まっすぐ、朴訥とした剣法だ。
筋は悪くない。
受け流し、切り返して牛飼いのファースの顔の前に刀を振り、止める。これくらい実力差あれば問題なく寸止め出来る。
「ま、参った」
周りから感嘆の声と拍手が上がった。
「つ、次はオラがいくだ」
ちょっとガタイが良い男が出てきた。
もちろん、あのギルドマスターのアレスみたいな筋肉の化け物とは違うが、十分、大男の部類に入るだろう。
「木こりのサミュエルだ、いくぞー」
隊長が呟く。「木こりじゃ無くて、伍長と名乗れというのに」
サミュエル伍長は、少し興奮していて、聞こえていない。
一心不乱にこちらの剣を見ている。
こちらが、正眼に構えたまま、上下に剣先をゆらすと、それに合わせて向こうの体も揺れてしまっている。
一度、少しだけ、大きく素早く剣先を縦に揺らすと、釣られて向こうが打ち込んでくる。
なかなか剣速は早いがタイミングが見え見えだ。簡単に出鼻を押さえて、喉元に木剣を突き付けた。
隊長が、ヒゲをしごきながら。
「うーむ。もうちょっと訓練になるようにするか。五人がかりで行け、ヤマダの剣が当たった奴は抜けろな。ほら、囲めっ」
おい、ちょっと待て、いきなりきつくなったぞ。
俺は幻想器官を開く。探査魔法、薄くマナを放出し、周囲を探りながら戦う。
右から、それと同時に背中から切り掛かってくる。
で後ろに木剣を振ってけん制がてらに相手の木剣で打ち返し、それと同時に体をひねった。
右から突き出してきた相手の剣が自分でなく、左側の兵隊の頭にあたる。
兵隊が「痛ーー」と声をあげてうずくまる。これはラッキー。
そのまま、前に出て、前方の奴の胴を打ち込み、振り返って後ろの奴を捌く。
大丈夫、探査魔法で見ている限り、胴を打たれた奴は息をつまらせてしゃがみ込んでいる。しばらく動けまい。
……あれ?
その奥、倉庫の方角に探査魔法を向けた時、強烈な反応が……。
開け放たれた扉の奥に止めてある、初日に会った商人の馬車の荷台からだ。
この反応は……マナ結晶だ。
すごい数だな。
積んでいる壺だとか家具だとかの中にマナ結晶が入れてあるのだろう。
ふーん、あの商人、マナ結晶扱う商人なんだ。
あんだけあると結構な値段するだろうな。
「おっと、危ない」
余計な気を取られたので、左から切り掛かってきた奴への反応が遅れた。
がっちり鍔迫り合いになった。
油断大敵。危ない危ない。
相手の木剣を巻き込むようにして払い、空いた手を打つ。木剣が転がる。
「ほい、次」
後半はこちらも少し本気出したので、青あざを付けてしゃがみ込んでる兵隊もちらほら居る。
まあ、大きな怪我をしたものは居ない。大丈夫そうだ。
調子にのって打ち据えたので、恨まれるかと思いきや、兵隊さん達はなんか、キラキラした目でこっちを見ている。
「いやあ、強いな。思った以上だ」
ひげの隊長が感心したように言う。
この世界に来て、実戦を経たことで俺の剣の腕は上がっている。
まあ、武者修行の旅と言って出てきた以上、そうでないと帰ったときにじいちゃんに会わせる顔がないしな。
「隊長さんは、訓練しないのかい?」
軽く、水を向ける。
この隊長さんは、多分……相当出来るんじゃ。
「おいおい、年寄りをいじめる気かよ。無理だよ、俺は。剣なんて何年も振ってない。
つか、せっかく人に指示すればいい立場になったんだぜ。肉体労働はパスだね」
そう言って肩をすくめた。
「まあ、取り敢えず助かったわ。身内だけで訓練しててもな。分かるだろ?」
まあ、なんとなく。牧歌的に過ぎるかもしれない。あんまり戦いに向いてない。大丈夫なんか、これで。
『言ったろ。見たとこ隊長を除いた一般兵は、木こりだとか農家の次男坊三男坊が年貢代わりに奉公しているんだ。
おぬしのように物心ついたころからずっと剣の修行をしていたわけじゃない。
まあ、こんな田舎じゃ戦争で敵が攻めてくる訳でもなし、兵士の質もこんなもんなのかのぉ。
屋敷の中を固める正規の騎士達はまた別だろうが』
じゃ隊長は? こいつ、立ち居振る舞いからして、結構やると思うのだが。なまってるとしても。
『ふむ、まあ、戦地で功をなした兵隊か叩き上げか、はたまた逆に貴族や騎士くずれか……。
ま何にせよ、それほど領主に重用されているわけではなかろうな。
というか疎んじられているから、平民の一般兵の隊長程度をやってるのかもな』
隊長は脳天気な声を上げる。
「良い訓練になったよ。やはり強い人間と戦う経験は得がたいもんだからな」
強い人間と戦う経験ねぇ。
うーん、じゃ、それなら……。
「なあ隊長さんよ、冒険者ギルドの人達とは訓練しないの?」
「おいおい、間引きしただけの剣で、本気で斬りかかってくる連中とこいつらを立ち会わせるのか? つか、それどころか奴ら、時には真剣もちだしたりするんだぞ。
こんなんでも貴重な部下なんでなぁ、減るのは困る。
冒険者ギルドの連中と来たら、訓練でも魔獣相手にしてるみたいに切り掛かってくるんだぜ」
「えーと、俺も一応冒険者ギルドのメンバーなんだけど。成ったばっかだけど」
「いや、おまえは普通の冒険者と違うだろ。
流派は知らんがどう見ても正規に剣術を習ってるし、人と訓練するのも慣れてるみたいだ。
お前の剣は、どう見ても魔物相手の剣じゃない。
それにしても強いな。
そして、それを隠そうともしないから……違うんだろうな」
「違うって?」
隊長はにやっと笑う。
そして、困ったような表情を浮かべた。
「いや、見慣れない奴がこんな田舎に居てさ、なまりの無い綺麗な王都の言葉で話す、しかも、物腰を見るとなにがしかの流派の訓練受けた剣士だ。
そいつが、領主の出入り商人の荷物持ちと称して倉庫に入ってくるんだぜ?
おじさんてっきり、王都からの巡回検察士か何かかと思っちゃった訳だよ」
巡回検察士ってなんだ?
『おぬしに分かりやすい言葉にすると、公儀隠密とか隠密同心とかだな』
分かりにくいわ。死して屍拾う者なしとか。
『知っとるじゃないか。
地方領主に不正や問題が無いか、見回る王家直属の役人だ。
下級貴族のぼんぼんとかが成ることも多いな。
ま、余程の事が無い限り領主の事がおよぶ事なぞないが、何か中央に報告されてちょっとでも領主がお叱りを受けると、その下の連中の首が飛ぶことくらいはある』
「いやあ、おじさん、ちょっと、驚いちゃったよ。まあ、違うって分かったけどさ」
「何で違うと分かるんだ? 俺が検察士た奴じゃないと」
「まあ……昔、王都の巡回検察士の知り合いが居たんだよ。事故で死んじまったけどな。
俺は検察士がどういう連中か良く知ってる。
検察士なら、こんな目立つような事はしないさ。剣の腕を隠しもしないで、探るべき領主の兵隊痛めつけてるんだぜ」
周りに転がる兵士達を見て言う。
「そうかい……。
ところで、俺がその検察士だと何かマズいのか? 何か後ろ暗いところでも……」
「いやいや、とんでもない。このカダフィ・クロムウェル、きちんとお役目果たしてるので、何も問題もないとも」
納品に来た商人から袖の下受け取ったりしてるのは、ばれたらまずいんじゃないかねぇ。
カダフィさんというんだ、隊長さん。
「……後ろ暗いところは無いけど、ほら、心構えというか、こう、査察される分かっているなら、分かってる方がいいだろ? な?」
「……」
「いや、ほんと、むしろ、おまえさんが検察士じゃなくて残念なくらいさ。本当に。
ま、とにかく、おまえさんは自己申告どおり、単なる旅人なんだろ?
堅いこと言いっこはなしにしようぜ。今度酒場で一杯おごるよ。こいつらの稽古の礼にさ」
うーん、俺、未成年なんだけどなぁ。
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