第25話 マナ結晶と商人、うごめく陰謀

 翌日からは、普通に冒険者稼業に戻った。

 相変わらず、薬草取りと時折出てくるゴブリンなどの低級な魔物を退治する日々である。

 それなりに金は貯まっていくが、まだ目標額にはしばらく。出来れば馬を買いたい。

 旅が随分楽になるだろう。

 そうしたら、町から町に移動しつつ、冒険者稼業で稼ぎながら、塔へと向かおう。

 塔にたどり着くには、剣の腕ももう少し上げなければならないだろうが。

 冒険者ギルドの日々は、剣の修行には成っている。

 実戦を繰り返すことで、自分の腕が上がっている事が実感出来るのは楽しいものだ。


 そんなある日、ノエルと並んで街の門の近くを歩いていると、荷台に荷を満載した荷馬車とすれ違った。

 この町を出て行く商人の馬車だ。

 いや、よくよく縁があるんだな。

 この町に来た時も、出て行く時も会うとはね。

 御者台には見覚えのある顔が二つ。

 そう、この世界にはじめて来た時に転移魔法に干渉して迷惑を掛けた商人達だ。商人のニコラさんと徒弟のフレデリックと言ったっけ。

 出発か。

 きっと転移魔法に使うマナが貯まったんだろうな。

 門を過ぎ、町から出て行く馬車を見送る。

「どうしたの?」

「いや、あの馬車、ちょっと知ってる連中でさ。と言っても、こっちが一方的に顔知ってるだけだけど」

 幻想器官を働かせて去りゆく荷馬車を見る。領主の館の倉庫で見たときのと同じように荷台の中からは大量のマナ結晶の反応がある。

「ん、なにやってるの?」

「ノエルも探査魔法サーチしてみなよ。壮観だぜ」

『ああ、馬鹿。

 いい加減、考えなしにしゃべる癖、直した方が良いと思うぞ……。

 こやつにそれ言うと。面倒くさい事になるから』

 なんのこっちゃ。

 ノエルがいぶかしげな表情で、幻想器官を働かせる。

「え、な、なにこれ……。マナ結晶……どういうこと?」

 思ったよりノエルが驚いている。愕然としていると言っても良い。

「いや、まあ、あの人達、領主の館の出入り商人だからそういうの運ぶコトもあるんだろ。

 前に、ギュンター商会の荷物運び手伝って領主の館の倉庫に行ったんだけど、その時に馬車に積んであるの気がついてさ。あれだけあると壮観だよな」

 のんきに言う俺。

 ノエルが鼻白む。

「マナ結晶を一介の商人が大量に持ってく? 家具や酒壺の中あげくに薪の隙間に隠して……あり得ないわ」

 何を言っているのだろう? 実際居るじゃないか、目の前に。

「何がおかしいんだ? 高い物だし泥棒よけに偽装して運ぶのは理にかなってる気がするけど。

 マナ結晶がギルドから領主に納められているんだから、領主出入りの商人が積んでいくのはおかしくないと思うんだが……」

「おかしいわよ。マナ結晶の保有量は国力よ。大抵の国ではマナ結晶は国の専売になっている。それは知ってるわよね?」

 ノエルが噛んで含めるように言う。

「まあ、それくらいは。冒険者ギルドが集めて領主に納めてるんだってな。で、それを領主が国に納める。王都への輸送にあいつらを使ってるんじゃないのか?」

「この街に通ずる北街道のような王国の主要街道は、昔はマナ結晶の道とも呼ばれてたの。マナ結晶回収の為の王国の兵が定期的に行き来する為に整備された道よ。

 マナ結晶は領主から国の徴税官に引き渡される。そして王国の兵士達が引いた馬車に乗せられて王都へと行くのよ」

「……」

「一介の商人が大量に馬車に隠して輸送する何てことはあり得ない」

「……領主の館で誰かが何かやらかしている? 横流し的な」

 というか、フィス、おまえ知ってたのか?

『あー、あんま興味がなかったので言わなかった。古今東西現世異世界を問わず権力者は腐敗するものだろうて。何か良い儲け口があるんじゃろ。

 別にこっちに分け前が来るわけでも、とばっちりが来るわけでもない。

 気にするような事じゃない』

 こいつは……自分に興味ないことにはとことん興味ないのな。

 目の前のノエルを見ると、眉間にしわを寄せ、真剣な形相で考えている。

「横流し……でも、仮に横流しとして、マナ結晶ってどうやって捌くのかしら……。国からの許可の無いマナ結晶の売買は違法よ」

「マナ結晶のままじゃなく、どこかで魔道具の形にすれば売れるんじゃ無い?」

「……その可能性にもあるけど、魔道具の職人も国に管理されてるわ。待遇も良いはずだし……非合法のマナ結晶を使うなんて、そんな危ない橋を渡るかしら?」

「なら、他の国に売ってるんじゃないのか? 他の国が買ってる」

 ノエルがあきれた様な目でこっちを見る。

 やれやれという感じ。

「あんな馬車にマナ結晶積んで、もし国境の検問で見つかったらそれこそ大問題になるわ。

 関係者軒並み首が飛ぶわよ。領主だろうとね。そんな危険おかさないでしょ。

 買う側の国も、マナ結晶を他国にからこっそり持ち出そうとしてたのがバレたら……それこそ戦争の口実にだってされかねないわ」

「バレない自信があったんだろ。転移魔法使えるみたいだし。転移魔法なら国境で捕まる事はないだろ」

 ノエルがぽかんと口を開けた。

 ちょっとレアな表情だな。

「え、なにそれ?」

 ノエルが驚愕の表情を浮かべた。

「いや、俺、はじめに会ったとき、転移魔法で出てきたの見たんだよ。あの二人組の商人の一人、徒弟風の格好の奴が魔道士なんだ」

「……そんな……」

 ノエルは驚愕の表情を浮かべ……それを憮然とした表情に切り替えた。

「スズノスケ、私の授業ちゃんと聞いてた? 転移魔法なんて宮廷魔道士クラスじゃなきゃ使えないのよ? 王都でも五人と居るかどうか。

 一介の商人が使えるわけ無いでしょ」

「え、でも、実際、あいつ使ってたぜ」

「つまり、あいつら商人じゃないわ」

 えーと。

「考えられるとすると……他国の宮廷魔道士クラスの魔法使い……。

 王国に引き渡すべきマナ結晶を他国に売ってるとすれば国への背信行為よ。

 どうしよう。仮にあの、領主がそれをやってたとして……」

「まあ、こっちが消される可能性があるな……」

『うむうむ。そういう世俗の事には関わらぬが吉よ』

 ノエルが相変わらず深刻な表情を浮かべている。

 真面目な彼女にはそういう表情がよく似合うのだが……。

「何とかしないと」

 確かに面倒くさい事になった。

「えーと、しかし、これは話が大きすぎて、一介の冒険者には荷が重いと、思うんだけど……」

 どう考えても、騒いだところで面倒ごとが来るだけだ。

 触らぬ神に祟りなし。

 真面目委員長に通じるかなぁ。

「一介の冒険者には……そうね。そうよ! 個人で駄目なら、組織の力よね。行きましょう」

 そう言うと、ノエルが俺の手を引いて歩き出した。無意識に繋いでいるらしい。

 思考の奥に入り込んで、周りがあまり見えていないようだ。

 何を思いついたのか知らんがろくな事にならん気がする。

 危なっかしいので付いていくより他ない。


 ノエルが訪ねたのは冒険者ギルドだ。

 なるほど、確かに冒険者ギルドがその気になれば、領主に潰されず国に告発することは出来るかもしれない。

 その気になるかな?

 領主に対立する気があるだろうか。

 そもそも、それ以前に信じてくれるんだろうか?

「アレスさんに、折り入って内密の話が……」

 ノエルがアレスに取り次いでくれるように交渉している。

 しばらくして、アレスが奥から出てくると、深刻な表情のノエルを見て顔をしかめる。

「やっかいごとみたいだな。何だ?」

「ここではちょっと……」

「良いだろう、おい、ローラ、奥の部屋を使う。貸し切りだ。誰も入れるなよ」

 受付嬢のローラさんが片手をあげ、了解です、と答えた。


 ギルドホールの奥の部屋に通された。

 表の酒場やカウンターホールとまるで違う落ち着いた雰囲気の部屋の様子に少し戸惑う。

 部屋の造りや上品な装飾品があからさまに違う層の来客を想定している感じ。

 俺はもちろん初めてなんだが、ノエルも落ち着かなげな様子で周りを見ている。あまり冒険者を入れることは無い部屋のようだ。

 来客用の部屋なんだろう。ギルドもいろいろな側面があるんだな。

 話を聞こう、そう手向けるアレスに、堅い口調でノエルが説明を始めた。


「領主の館から商人がマナ結晶を?」

 その重大さに気づき、深刻な表情を浮かべるギルドマスターのアレス。

「ギルドが領主に納めたマナ結晶が、横流しされてるってのか……。しかも、下手するとこ他の国に……。やばすぎるネタだな。

 もし、本当なら、領主が関わってようが、無かろうが、領主の家がお取り潰しになりかねん。

 取り敢えず、話は分かった。俺の方でも探りを入れてみる。

 もし、仮にその本当なら……領主に気付かれない様に王家の直轄の機関なりに繋ぎを付けなきゃならん。

 しかし、事が事だ。確かな証拠もなしには告発出来んぞ。

 そもそも誰が黒幕なのかも分からん。次にあいつらがこの町に来た時が勝負だな。言い逃れできない状況でふん捕まえよう。

 お前らは普段通りに過ごせ。気をつけろよ。

 お前らが横領に気付いているという事を誰にも気付かせるなよ。命に関わるぜ。

 くれぐれも軽挙妄動するなよ」

 ノエルが深く頷いた。

「分かったわ。その時に協力が必要なら言ってください。アレスさん」

 アレスが物憂げな表情で、深く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る