第23話 領主の館にて その1
今日は休日である。
ノエルも何か用があるようだ。
暇なので、久々にギュンター商会で買い物でもしようと、やってきたのだが……。
なんかバタバタしてるな。
店の前には馬車が駐められ、店内では何やら忙しそうに商品を荷造りしている。
「こんにちは」
開け放たれた扉から声をかけて店に入る。
「あ、スズにいちゃん」
ぱたぱたと駆け寄ってくるふわふわ天使のサーラちゃん。
飛びついてくる小さすぎるレディを受けとめると、ダミ声が追いかけるように響く。
「おー、ヤマダか。今日は忙しいから、日を改めて来な。悪いがおまえの相手をしている暇はないんでな」
コーエンのおっさんはいつもよりずっとフォーマルな感じの服を着ている。
「おっさん、どうしたんだ? めかし込んで」
「ふふふ。今日は御領主様のお屋敷に納品にいくのだ。わしのような一流の商人でないと、敷地内に入れてもらえんのだぞ」
得意げにそう言うと、コーエンのおっさんは何か商品が詰まった木箱を持ち上げた。
「よっこいしょっと」
そして、そのまま固まっていた。
十秒、二十秒……。
「どしたん?」
突然黙り込んだコーエンに尋ねる。
「こ、腰が……」
あー、この世界にもあるんだ、ぎっくり腰。
親父が前にそれになって家でうなって寝てたな。
痛いらしいね。
「……えーと、なんか、邪魔みたいだから帰るな」
「ま、待ってくれヤマダ」
「何かな?」
「た、頼む、今から、御領主様の御屋敷に行くのについて来てくれんか? 手伝ってくれ」
「え、その状態で働く気なの? 事情を連絡して、次回にすれば?」
「御領主様の仕事だぞ、そんなこと出来るか!」
そう言うもんか……。
「なあ、ヤマダ、わしと一緒に来て荷物の積み卸しだけしてくれないか。手間賃と晩飯は出す」
手間賃ねぇ。
サーラちゃんが、うるうるとした目でこっちを見た。
「お願い、スズお兄ちゃん。お父さんを助けて」
うん、これは断れない。
「うう、馬車、もっとゆっくり……」
御者台の隣に腰掛けているコーエンのおっさんがうめくように言う。
「注文が多いな」おれは手綱を引いて馬車の速度を落とす。
乗馬には慣れたが馬車はちょっと勝手が違う。が、まあ、何とかなりそうだ。
荷物を満載した馬車(俺が結局全部積み込んだ)をコーエンのおっさんの言う方向へ御していくとほどなく領主の館に着いた。
この地の領主ヘント子爵はこんな中央から離れた地方領主のくせにエラく羽振りが良さそうだ。
凄いな、領主の館。
館というより城に見える。
その広大な敷地は高い壁に囲まれ、周りをお堀でぐるっと囲まれている。入り口には跳ね橋が架けてあり、街にありながら完全に街から隔離されている。
跳ね橋の手前と奥に鎧をつけ、槍を持った門番が立っている。
おっさんは凄まじい表情でえっちらおっちら馬車を降りると、門番に挨拶の口上を述べる。
「毎度ごひいき有り難うございます。コーエン商会でございます。本日は……」
おー、脂汗流しながら話している。余程痛いのだろう。
あんな体痛くても働いているんだ。見直した。大人は偉いな。
門番が門の方に向かって槍を振ると、跳ね橋の奥の大扉が開いていく。
コーエンのおっさんは、門番に一礼すると、またえっちらおっちら馬車の御者台の俺の隣に腰掛ける。
「だ、出してくれ」
軽くムチを入れてゆっくりと馬車を走らせた。
「大丈夫か?」
「なんとか」
目の前には壮麗な、宮殿かというような建物が広がっている。
うーむ、こういういかにも異世界な風景ははじめて見た。
ポケットからスマホを出してパシャっと撮影。
「何してんだ?」
「ちょっと土産話用のネタをね」
しかし、スマホ、思ったより役に立たないな。せっかく、電気無くても使えるようにゆっくりしか貯まらないけどソーラー充電器まで持ってきたのに、ネットも電話も繋がらない。
『当たり前じゃ』
フィスタルが呆れた感じで俺の頭の中に語りかける。
『というか、ネットが無くても、アイデア次第でスマホを役に立てる方法はいくらでもあると思うんじゃがのぉ。その秒以下の単位で正確に時間計れる
なんのこっちゃ。
秒単位で時間計れて何が嬉しい。
というか、時計としてくらい役に立つかと思いきや、なんか、スマホの時計どんどん毎日ずれてく感じだし。
今なんか昼間なのに時刻は夜だ。
時計って、やっぱ電波とかで調整してないとずれてくんだな。
『いや、多分自転周期が微妙に……ま、いいか』
コーエンのおっさんに言われるがままに馬車をその領主の本館を大きく迂回させて、ぐるりと裏手に回る。館の裏にも結構大きな建物が複数立ち並んでいる。倉庫だそうな。
倉庫には馬車ごと入れそうな大きな両開きの扉がついており、でっかい錠が掛けられている。
倉庫横の広場は練兵場だろうか、兵士達が剣を振り回し訓練をしている。
倉庫に近づくと、その中の隊長格であろう少し装いの良いヒゲを蓄えた人物がこちらに近づいて来た。こう、顔の下半分がヒゲで覆われてる感じだ。
「ギュンター商会でございます」
「久しぶりだな。待っていたぞ、コーエン・ギュンター」
「はい、隊長様。ご注文の品全て揃いました」
ヒゲ男は頷くと、なんだか上目遣いにコーエンのおっさんを見ている。
「今回は港町まで行ったそうだな。ブルッヘの港町まで行くといろいろ珍しいモノもあるのだろうなぁ。俺も行ってみたいものだ」にんまりと笑みを浮かべてヒゲをしごく。
「あー、そうそう、お土産を忘れておりました」
コーエンのおっさんは自分のハゲ頭をぺちりと叩くと、小さな包みを出した。
「ちょうど着いた船から珍しい煙草が入りましたので、いつもお世話になっている隊長さんにと」
「え、そうか? いやぁ、悪いな、催促したみたいで」
なんか凄い物欲しそうな目で催促してたよなー。これがリアル袖の下かぁ。見直した。大人って汚いなぁ。
隊長さんは実に現金な笑みを浮かべたまま、こっちを見た。
「で、こいつは? はじめて見る顔だな。この町の人間じゃねぇな」
コーエンのおっさんは笑みを貼り付けたまま答える。
「ええと、これなるはヤマダ・スズノスケといいます。少し縁があり、荷物持ちとして連れてきました」
「まあ、本業は旅人というか、冒険者なんだけどね……」
「ふーん。ヤマダ……冒険者ね。そうかい……」
何かじろじろと俺の制服とか見ている。
ま、いいかと呟くと、ヒゲの隊長は兵士達にむかって、
「ケビンとイーブ、こっちに来い。他はそのまま訓練を続けろ。さぼるなよ」
と声を上げた。
練兵場から小柄だががっしりした兵隊さんとひょろっと背の高い兵隊さんの二人が荷馬車の前まで来る。
「では、確認する」
そう、ひげの隊長がわざとらしく作ったようなマジメ顔で言うと、コーエンのおっさんが懐から巻いた紙を取り出し、差し出す。
ひげ隊長がその巻紙を広げる。品目と数量のリストだな。納品リストと言ったところか。
「ブルッヘの町の絹織物4反、トンヘレンのビール二樽……」
コーエンのおっさんが次々に品物を列挙し、それをひげ隊長がリストを見ながら相違がないか確認していく。
途中で飽きた。
暇なので、練兵場の訓練を眺める。
時折、ちらりと隊長がこちらを見ている。
どれくらい時間がたったろうか、確認が終わると隊長はリストを自分の懐にしまい込むと、兵士に声を掛ける。
「二番倉庫の扉を開けろ」
「え? 一番倉庫じゃないんですか?」
「あっちは一杯だろ。ほらよ」
隊長さんが鍵を放るとあわてて受け取る兵隊さん。
しげしげと鍵を確認してから錠前を外した。そして、両開きの大きな扉を兵士二人がかりで開く。
大きな扉だ。馬車の荷台ごと入れて中で荷物を下ろすそうだ。
「そら、ヤマダとやら、お前も手伝いな」
いったん馬を切り離し倉庫脇の柵に繋ぐと、俺と兵隊さん二人の三人がかりで荷馬車を押して倉庫の中に入れた。
薄暗い倉庫の中。
ふと、倉庫の奥を見ると、コーエンのおっさんのと似たような荷馬車が同じように馬を外した状態で止まっていた。
荷物をどんどん下ろして空になっていくこちらの馬車とは逆に、壺やら家具やら薪やらガラクタっぽいものやらいろいろ荷物を満載した状態だ。
あの馬車、どうにも見覚えがある。
「あれは……いや、似てるだけかな?」
『あっとるぞ。この世界へ転移の時に巻き込んだ連中の荷馬車だな。ニコラとフレデリックとか言ったかの』
名前なんて覚えてねえよ。
そういやローラさんが言ってたな。あの二人、領主出入りの商人だって。
「ヤマダ、御領主様の蔵のじろじろ見るもんじゃない。よそ見せず、荷物を言われたところに置いてくれ」
「へいへい」
荷台に積んできた荷物を指定された場所に置いていく。
隊長さん、監視なんだろうか、さっきからずっとこっちの振る舞いを見ている感じがする。
何も取ったりしないよ。
荷を下ろしていると、隊長さんが俺に話しかけてきた。
「おい、おまえ、その身のこなし、何か武芸をたしなんでいるな?」
そう言うことか。
俺は軽く腰の刀の柄を叩いて、
「剣を少々。武者修行の旅の途中だ」と答える。
すっと、立ち、隊長の目を見て不敵に笑みを浮かべる。
「ふむ、おぬし、できるな。どうだ、うちの兵士どもに少し稽古つけてやってくれないか?」
「面白い」
「なんか盛り上がっているところ悪いんだが……わし一人じゃ身動きとれんのだが…」コーエンのおっさんが情けない声を上げる。
「おい、ケビン、イーブ、おまえらギュンターさんを手伝ってさしあげろ」
兵隊さんその1その2は、へーい、と気のない声を上げた。
隊長さんは、後ろも見ずに歩き出す。
俺はヒゲの隊長に後ろを歩いて練兵場へと踏み入れる。
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