第22話 少女魔道士あるいは伯爵令嬢駆け落ちの結果

 薬草取りクエにいそしみ、時々出るゴブリンなどの魔物を退治し、ギルドに顔を出して報奨金を貰う。

 日々、それを繰り返す。

 クエスト中の魔物については、大量に出た初めの頃が例外だったらしく、その後は危なげなく回っている。

 おかげで経済的には多少、余裕が出来てきた。

 生活に必要な雑貨やナイフのような小物をちょくちょく購入してるので楽勝という訳でもないが。


 夜営の準備を終えて腰を下ろす。

 最近は、日帰りでは無く数日掛けることが多い。

 夜営は交代で睡眠を取る。

 一人で起きている時は、暇なので近くの木に向かって投げナイフの練習などして時間を潰したりしている。

『いや、そこは呪文の勉強せいよ……』

「大分、冒険者稼業にもなれてきたなぁ。まあ生活費と旅費くらい稼げるメドはたってきたかな」

「何言ってるの、あんたなんて駆け出しもいいとこじゃない。まだ、私の監督から卒業させるわけには行かないわ。

 それにスズノスケ、野営のたびに教えてるのに、まだ一つも魔法使えないじゃない。

 せっかくこれほどの幻想器官をもって生まれたのに」

 俺が拾ってきた焚き木に、着火魔法ティンダーで火をつけつつノエルが憮然とした表情を浮かべる。

 幻想器官、持って生まれた訳じゃないんだけどね。

「魔法ねえ……まあ、取りあえずは障壁防御シールド刀剣強化ソードエンチャントとか原始魔法が使えるからゴブリンくらいの相手には問題ないんだけど」

「それがおかしいのよ。あんなマナをドブに捨ててるような魔法を使い続けられるなんて。あなた、どれだけ魔力量があるのかしら……。

 そんな魔物みたいな魔力量もってる人間なんて聞いたことないわ。

 それこそ、伝説的なルーマ王国の五代目宮廷魔道士とか、さもなければ、吟遊詩人の歌う物語の中の魔法使いとか」

「塔に住む邪悪な黒の魔道士とか?」

「そうそう。私もあの物語好きよ。邪悪な魔道士が勇者と白魔法使いと聖女に追放される奴よね」

 何やったんだろうなぁ……。

「ま、とにかく、それだけの魔力をマナを垂れ流すだけの原始魔法に使うなんてもったいない。

 スズノスケは自分がどんなに恵まれた才能を持って生まれたか認識するべきだわ。

 あなたがきちんと魔道体系の則って魔道を修めていけば、どれほどの大魔法を行使できるようになるのか」

『そうじゃそうじゃ、小娘、もっと言ってやれ』

 うるさい、頭の中で大声だすな。

「委員長の方は順調だよなぁ。解毒魔法キュアポイズンとか、その呪文書に不備があって使えなかった魔法、どんどん使えるようになってるし」

「その委員長ってどういうあだ名よ? 意味分かんないんだけど……」

「気にするな」

 ノエルは次々に今まで使えなかった魔法をものにしている。

 真面目で勉強を欠かさない秀才である。

「ま、感謝してるわ。この魔道書の記述にこんなに間違いがあったなんてね。よく指摘してくれたわ。

 というか、スズノスケ……基本的に魔法のこと知らないのに、部分的にやたら詳しいのはどういう訳? 

 あなたこそ、どういう教育受けてるのよ」

 指摘したのはフィスタルだからね。

 ノエルの魔道書にはいくつか間違いや虫食いがあったのだ。

 この魔道書は、ノエルのばあちゃんの手作りだそうな。

「ばあちゃんが魔道士だったんだよな」

「そうよ。わたしはおばあさまに魔法を習ったのよ」

「お父ちゃんとかお母ちゃんは?」

「おじいさんは魔道士で無いただの人間だったし、生まれたお父さまには幻想器官が受け継がれなかったのよ。

 お父さまは平民だったおじいさまに似たのね。

 私はおばあさまに似たの。時々、こういう事があるらしいわ」

『隔世遺伝という奴かのぉ』

 メンドローメンデレーメンデラー。

『メンデル……田沼先生に謝っとけ』

「ごめん」

「別に聞かれて問題なんてないわよ。仲の良い家族だったわ」

 ノエルは少し夢見るような顔になった。

「おばあさまね。王都の伯爵令嬢だったんだって。

 国からも期待されていた強力な魔道士でもあったそうよ。

 でも、身分違いの恋をして、平民のおじいさまと駆け落ちしてこっちに来たんだって」

 素敵よね、と呟いた。

 うーむ、堅物委員長なのに、意外と夢見る乙女派か。

 こういうマジメな子が恋に恋してるとか、ちょっと危ないよな。

 変な男に引っかからないといいんだが。

「駆け落ちって悲劇になるイメージあるけど

 ……まあ、上手くいったからノエルが居るんだろうな。

 辺境に連れてこられて不便な事もあったろうに」

「どっちかというと、おばあさまの方がぞっこんで、おじいさまを引っ張るようにしてこっちに来たと聞いてるわ。

 というか、ずっと仲良かったけど……おじいさま、最後までおばあさまに引っ張り回されてる感じだったわねぇ。

 でも、おじいさま、おばあさまが亡くなったら、急に元気がなくなってお迎えがきちゃったのよね」

「ほんとに仲良しだったんだな。」

「うん。幸せだったんだと思う。

 私ね……おばあさまにはうんと可愛がられたわ。

 おばあさまの幻想器官を受け継いだんですもの。

 それで、おばあさまはこの魔道書を作ってくれたの」

『記憶を元に作ったにしては良い出来じゃ。こやつの祖母は相当真面目で優秀だったんだろうな』

 真面目なのは、ばあさん譲りか……。

 良い事のはずなんだけど、少し杓子定規すぎるところがあるんだよなぁ……。

「あのー、いい加減、炎の矢と氷の矢以外の魔法を練習してみたいんだけど」

 何度目かの提案をしてみる。

「スズノスケ、あなた、わたしには体系的に魔法を習得してないだのなんだの言っといて、自分は初歩を飛ばして覚えようっていうの? きちんと基礎から始めないと駄目よ」

「だからね、回復魔法と転移魔法は何かきっかけがあれば使えそうな気がするんだよね。もうちょっとで」

 前に使ったことあるから。

 体を乗っ取られている時の感覚は説明が難しい。

 単に体を操作されているというだけではなく、その時のフィスタルが何をどう考えていたかまで流れ込んできたような。解除したとたん霧散したのだが、何かしら残っている。

「なに馬鹿な事言ってるの。初歩の魔法すら覚えられないのに。

 転移魔法って相当高度な魔法よ? 

 私だって使えないのよ!」

「それは技術とか練習じゃなく、魔力量の問題なんだろ」

 ノエルは転移魔法を使えない。

 技量の問題では無く、ノエルの幻想器官に蓄えられる魔力量が転移魔法を発動するのに必要な魔力に足りないのだ。

 転移魔法は膨大なマナを消費する魔法で、宮廷魔道士レベルの魔力量がないと発動することは出来ないという話だ。

「まあ、取りあえず試しに教えてくれよ」

 しつこく教えて教えてと頼むと、

「しょうがないわね」

 と言って教えてくれる。

 うん、わりと甘い。

「いい、転移魔法ってのはね……」

 ノエルがばあちゃん謹製の魔道書の最後に近いページを開いて授業を始める。

 やはり、フィスタルの講義より余程分かりやすい。


 転移魔法は指定した空間座標と現在地を繋ぎ、自分または他人を転移させるというものだ。空間座標とは物理的な位置ではなく、幻想器官で把握するその場所が魔術的に世界のどこにあるかを示す座標だ。

 この魔法は習熟度というか難易度により三段階に分かれるようだ。

 まず、一段階目。見通せる場所なら、そのまま幻想器官で霊的空間座標を見て座標を把握し転移する。

 次の第二段階は、幻想器官で把握した霊的空間座標をマナ結晶に刻み、それを転移触媒として使って転移する。

 これは便利だ。どこでも行けるなら、いろんな事出来てしまうな。

 そう思ったが、大抵の国では街の中に転移魔法の座標を作ることは禁止されているそうな。

 犯罪防止もあるが、敵国の兵士が突然現れると困るから。

 そして、転移魔法の第三段階は、幻想器官認識した周囲の霊的空間座標を記憶し、記憶を元にそこに転移することが出来るらしい。

 だが、これが出来た大魔道士は歴史上に数えるほどしか存在しないそうだ。

 伝説上の存在なので運用上は考慮の必要ないそうな。


「うん、やっぱ委員長ノエルは教えるの上手いな」

「ふ、ふん、あたしをおだてても駄目よ。いくら魔力量があってもそう簡単に使える魔法じゃ無いんだから」

 なんかノエルの顔が少し赤い。焚き火のせいだな。

 第一段階、幻想器官で把握し、見える範囲で転移する、と。

「じゃ、やってみなさいよ。発動するはず無いと思うけど」

 もう一度、魔道書に書かれた術の構成、呪文、魔方陣を見る。

 うん、分かる。

 フィスタルに乗っ取られた状態で使ったことがあるからだけでは無い。

 俺が唯一使用可能な、異世界に転移する回廊魔法。

 俺の脳の深いところにガリガリと書き込まれている回廊魔法に、この転移魔法の構成がよく似ているのだ。

『まあ、あれは転移魔法を基本ベースにして高度に発展させた魔法だからな。基本部分は同じだ』

 ノエルが杖を差し出す。

 杖はマナの通りを良くする補助具だ。俺は受け取ると静かに精神を集中させ、幻想器官で空間を把握する。目標はあそこだ。おおよそ百メートルほど先のところに狙いを定める。

 精神を集中し、呪文を唱える。

【万能なるマナよ、我が支配下にあるマナよ、空間の理を解き、彼の地へ運べ】

 魔法を構築し、古代語呪文を唱え、魔方陣を描き、マナを注ぐ。

 ……魔法は発動せぬまま、マナが霧散した。

 失敗だ。

『呪文の発音が微妙にずれている。魔方陣に揺らぎがある……低位の魔法ならともかく、高等魔法である転移魔法は発動せんな』

 ノエルがやっぱりという顔をしている。

「ほらね。発動しないでしょ。

 まあ……でも……今までの炎の矢や氷の矢に比べて、びっくりするくらいスムーズに構成してたような気がするけど……。

 でも、発動しないってことは、何か微妙に違うのよね。

 やはり難しいと思うわ」


『うーむ、術理は完全に把握出来ている。魔法の構成は出来ている。

 なのに、呪文の発音が悪い、魔方陣が維持できない、か……。

 ……なら、いっそ、魔力で術を構成だけにして無詠唱でやってみてはどうだ?』

 無詠唱……って、熟練者じゃないと難しいし、効率も威力も落ちるって言ってなかったか?

『うむ。発音しなくても、発音したのと同等に魔法を構成する……それこそ脳内に刻まれるくらいその魔法の構成を覚えている必要がある。

 その上、威力や効果は格段に落ちる。そして、マナの消費効率も酷く悪くなる。

 が、貴様なの魔力量ならば、発動するくらいは問題ないじゃろう』

 なるほど、確かに回廊魔法の基礎部分は転移魔法と同じだ。術理は脳に刻まれている。魔法構成は覚えているというより、忘れることが出来ないと言っても良い。

『威力は落ちても構わんだろう。とにかく発動出来るようになることを最優先に』


「なるほど……」

 目の前でノエルがしたり顔で頷いている。

「分かってくれた? 取り敢えず、基礎からしっかりやりましょ、炎の矢から。私もちゃんと付き合うから」

「もう一度、転移魔法を試させてくれ」

「え? 納得してくれたんじゃ?」

「あ、ごめん、聞いてなかった」

「……ま、良いけど……」

 俺は目を閉じると呪文も魔方陣も無視し、転移魔法の魔術的構造を思い出す事だけに意識を集中する。

 幻想器官を開き、魔力により転移魔法の術式を強引に構築する。

 目を開き、力一杯マナを注ぎ込んで魔法を発動させた。

 ふっと、一瞬視界がゆらいだ。

「う、うそ……発動した……。しかも無詠唱で……」

 ノエルが驚愕に目を見張る。

 俺は、転移魔法を発動させたのだ。

 確かに、発動したのだが……。

『……うむ。ようやくまともな魔法が使えたのは素晴らしい……が、しかしだ、短距離で良いと確かに言ったが……。

 三十センチの空間転移って意味あるのかのぉ……』

 うーむ、転移魔法が使えれば、大分旅が楽になると思ったんだが……当分は無理そうだ。


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