第19話 剣道少年の初クエスト その2

 早朝だというのに、宿屋のティッカおばさんが振る舞ってくれた朝ごはんを食べてから、冒険者ギルドに行く。

 ギルドの前まで来て、二人のちょっとした認識の食い違いが判明した。

「森まで歩いていくつもり? それじゃ、帰る途中に夜になるわ。何か一つトラブルがあったら森の近くで夜明かしになるわよ」

 ノエルはギルドで馬を借りるつもりだった。

 近くの森なら急いで行けば日帰り出来ないことはないと思ったんだが、一つトラブルで予定は狂うし、少し遠い森の方が薬草の見つかる量も多そうだ、という話だ。

 けど、馬ねぇ。

 まあ、見栄を張ってもしょうがないので、正直に言うことにしよう。

「は? 馬に乗れない?」

「乗ったことがない。ついでに馬を借りる金もない」

 一頭借りるのには銀貨一枚、これはいい。しかし、保証金が金貨一枚いるらしい。

「えっと、お金はともかく、馬に乗ったことないって、ヤマダはこの辺境までどうやって移動してたの?」

「えーと、途中馬車なら乗ったかな。あと転移魔法?」

「……転移魔法と馬車で移動って……貴族のお嬢様か何かなの、あなた? 

 それにしても、冒険者が馬に乗れないって」

 頭痛いという感じのノエル。

「しょうがないわね、乗馬は教えるわ。今日は私の後ろに乗りなさい」

 こっちを下から睨みながらも、親切な事を言うノエル。

 教えてくれるんだ。ノエルってホント委員長体質だよな。

 助かるなぁ。


 冒険者ギルドの裏の厩舎で、このギルドの保有する馬を見ている。

 ノエルが馬を見ておけと言うので来たが、正直臭い。貸し出しの手続きをやっているカウンターの方に行こう。

 ……ローラさん居るかな。

 カウンターをのぞくとギルドマスターのアレスがわざわざ手続きをしてくれているようだ。

「そうか、安らぎの我が家亭にな。まあ、あそこなら大丈夫だろう。それにしても馬に乗れない、か……」

「今日中に教えるわよ」

「ちゃんと面倒見ているようだな。流石だな」と褒めそやして肩を叩いていた。

 ノエルもアレスに評価されるのは嬉しいようだ。表情に出ている。

 まるで先生に褒められた学級委員長のようだ。


 俺たちは馬を一頭借りた。

 料金は銀貨一枚。そして保証金に金貨一枚。まあ、馬を返せば金貨は帰ってくるとはいえ、結構怖いな。

 取り敢えずは全部ノエルの払いだ。報酬が入ったら、必要経費はそこから払うということで。

 万が一馬が死んだら、いきなり借金持ちだな……。


 初めの乗馬である。ノエルがまず馬に乗り手綱を握る。その後ろに何とかよじ登って座る。

 おお、これはいいな。

 とにかく視点が高い。

 おそるおそるノエルのおなかのところに手を回す。ノエルはその吊り目でじろりと見るが特には何も言わない。

 乗馬……良いかもしれない。

 じいちゃんがよく見てた時代劇のオープニングで将軍様が馬で疾駆していたが、これ、走らせられると凄く気持ちよさそうだ。

 ……などとはじめは思っていたが……

 馬がゆっくり歩いている時はいいんだけど、少し速度を上げてだく足になると結構尻が痛い。上下に揺れる。がんがんぶつかる。股がすれる。

「ちょっと、へんなところつかまないでよ」ノエルがこっちを睨む。

 そこそこ柔らかい。陽菜以上、静香先輩未満というところか。

「いや、わざとじゃないんだ。揺れるんで」

「……膝で馬の胴体を挟んで体を固定しなさい。それで安定するわ」

「わかった。けど、一回だけ止まって貰っていいかな」

「良いわよ。見てなさい、こうしてね、左右両方の手綱を引くと、馬は止まってくれるの」

 ノエルが両方の手を引いて意図を馬に伝えると、馬は速度を落として止まった。

 リュックからクッションになりそうな物を捜し、下に敷く。

「おっけー。進んでくれ」

 ノエルが軽く足で馬の腹を蹴ると進み始める。ノエルが少し右に手綱をひくと、進路を右よりに変える。

 おー、ホント言うこと聞くんだなぁ。

 うん、揺れるけど……これは楽しい。

 右に行きたいときは右に手綱を、左に行きたいときは左に手綱を引くとそっちに曲がってくれるらしい。

 ノエルに聞いてみると、乗馬は、走らせなければそんなに難しいものではないそうな。

『ところでおまえ、何を尻の下に敷いている』

 ローブだけど。これが一番丈夫で柔らかそうだったんで。

 あ、意外と安物の生地で、破けたりするのかな?

『馬鹿にするでない。それは素材も最上級の物だ。さらにその上に魔法的に守りの力もある。ちょっとやそっとの力で破れたりはせん」

 じゃあ、いいな。

『いや、待て、よくない。馬クサくなるだろうが。わしのローブが』

「後で洗うよ」


 しばらく進んだ後、街道を離れて、霧無し山の方へ向かう。平原の先に鬱蒼とした森が見える。

 あれが目的の森か。

 俺とノエルは森の手前で馬を降りた。

 ノエルが馬の鞍にくくりつけてあった自分の荷物を降ろして馬を放す。馬はのんびりと草を食む。

「繋いでおかないで大丈夫なのか?」

「適当に近くで草たべてるわよ。終わって、ここら辺に戻ってきたら声とか口笛で呼びかければ来るわ」

「賢いんだな」

「馬は頭の良い動物よ」

 うーむ、俺の世界の馬より頭が良い気がする。似ているが別の生き物なのかもしれない。

 ……それとも馬ってそんな賢いものなんかな?

『どうだろな。わしはお前の世界の馬、見たことないからな』


 ノエルは魔道士風のローブにツバ広の帽子、肩掛けカバンを下げて、手には杖を持っている。

 何が入っているのかしらないが、結構荷物は多そうだ。

「荷物、少し持つか?」

 体格的にノエルがそれほど体力があるとは思えないので聞いてみる。

「フフン、必要ないわ」

 ノエルは、とたんに顔をぱっと輝かせた。よくぞ言ってくれたという感じの表情。

「これは私のおばあさまの形見で、マジックバッグなのよ!」

「おっ、おおっ!」

「王都の高名な魔道具制作者が作ったもので、中に入っている物の重さを五分の一にするのよ。凄いでしょ」

 フフン、と得意げに息をはく。

「お、おぉ……」

 微妙だな。

『いや、十分貴重な物じゃぞ。こういう永続的に空間に働きかける魔法を使った魔道具は製作が難しい。

 わしのローブの価値が分かったか? だからな……つまり……馬に敷くのはやめておくれ……」


 森の中に進んでいく。

『もう少し、森の奥で暗くなっているところがよいな。近くに小川なぞがあって湿度が高いあたりが』

 周りの草や木々を見ながら、植生がどうのこうの言いうフィスタルの言葉にしたがって歩く。

 一時間ほど森の奥へ奥へと彷徨っていくと、湿地のようになっている場所の近くに黄色い花が群生しているのを発見した。

『ふむ、これだ。エンラントの花だな』

「えーと、これがエンラントらしいよ」

「らしい?」

「これです」

「必要経費を差し引いて儲けを半分という話だったけど……間違えて雑草持って帰った場合、必要経費は……」

「見分けるのは出来ると言ったからな。俺がだすよ」

「……半分は出すわ。信じたのは私だし。んじゃ、回収する?」

 抜いてきゃいいのか?

『根と一番下の葉を残して、その上で切って回収せよ。そうすればまた生えてくる。マナーだな』

 俺はカバンの中のローブのポケットから十徳ナイフを取り出し、さくさくと切ってはリュックの中に薬草を詰め込んでいく。

 ノエルがぶちぶちっとエンラントの花を引っこ抜いた。

 あら意外と大胆。

「あー、集めるときは根と一番下の葉を残して、その上で切って、根を残すのがマナーだってさ」

「あら、そうなの。意外と物知りなのね」

『伊達に数百年生きとらん』

 得意そうなフィスタル。

 二人してしばらくしゃがんで黙々と草刈りに勤しむ。

 ……おそらく、ノエルからしてみればこんな依頼の報酬ははした金にしかならないのだろうに、広いおでこ汗を浮かべて、薬草取りを続けている。とにかく真面目なんだな。

 二時間ほどで、この場所の目に着くエンラントの黄色い花を刈り尽くした。


「休憩にしましょうか」

 次の群生地を捜す前に食事と休憩をとることにした。

 堅い干し肉をかじり、焼き固めた乾パンのハードバージョンのようなものを水に浸してかじる。

 あっという間に食い終わる。

 考えてみれば、ローブのポケットに入れれば保存食にこだわる必要は無かったのでは無いだろうか。

『今頃思いついたのか。だから、何かやる前に考えろといつも……』

 うるさい。

 まあ、休憩だ休憩。

 草の上にごろんと横になってノエルの方を見る。

 休憩……のはずだが、ノエルは自分の荷物袋から出した本を読んでいた。

 そして、その顔には……。

「それは……」俺は指さす。

「ああ、眼鏡。わたしちょっと目が悪いのよ。心配しないで、戦闘に影響するほどじゃないわ」

 ツリ目ツンデレ委員長が、ツリ目ツンデレ眼鏡委員長にクラスアップした。

「完璧だな」

「?」

「いや、こっちの話。で、何してるの?」

「呪文書で魔法の勉強」

「しかし、休憩時間に勉強かよ……。休まなくて大丈夫なのか」

「大丈夫よ。魔道士たるもの、常に努力を怠らず、真理の探求者であるべきなのよ」

『うむ、その意気やよし。こやつ、見どころがあるではないか、良い魔道士だな』

 ……おまえ、つい昨日、ノエルのこと、たいしたことない田舎魔道士とか言ってたろ……。

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