第20話 剣道少年の初クエスト その3

 かすかに木々が風にさざめく。

 風に……。

 いや、何かおかしいと直感が告げる。

『どうした?』

 危ないと俺の勘が……。

『そういう非科学的な物言いを。もっと理性的に説明するべきじゃな』

 幻想器官を開いて体にマナを巡らせる。

 鋭敏化した感覚が違和感を具体化する。臭い……かすかな腐臭のような匂いが漂ってくる。あれ、近いな。なんか変な……。

 周囲の気配を探る。

 腰の刀に手を置き、辺りをねめつける。

 ノエルもこちらの様子に気づき油断なく杖を構えた。

「どうしたの?」

「何か居る」

「昼間だっていうのに……少し変ね」

「居た。右斜め前二百歩くらい程先の木の陰にゴブリン。多分、他にも居る」

「あ、ホントだ。居るわね。ヤマダは遠距離への攻撃持ってる?」

「いや」

「じゃ、私がやるわ。そしたら一斉に出てくると思うから、私に近づけないようにして」

 そう言うとノエルは少し下がって巨木を背に立つ。

 ノエルが杖を高々と挙げ、短く詠唱する。

 聞いたことのない呪文だ。

【万物の根源たるマナよ、我が支配下にあるマナよ、炎となりて我が敵を射貫け】

 何を言ってるのかほとんど理解出来ない。

『だから、もっと勉強しろと……』

【炎の矢】

 力ある言葉と共に、空中に生じた炎がミサイルのように飛び出し、ゴブリンに突き刺さった。

 ゴブリン一体が黒焦げの死体と変わる。

 ぐぎゃげげげぎゃ。

 おぞましい声と共に森の奥から隠れていたゴブリンが一斉に飛び出してきた。

「お、多い」

 その数優に三十は居るだろうか。

 ノエルも少し焦っているように見える。

 再び、詠唱を始めるノエル。先ほどの呪文とほぼ同じなのだが少し違う?

 ノエルの頭上に十本ほどの炎の矢が空中に浮かんだ。違うのは複数指定か……。

【炎の矢】

 降り注ぐ火の魔法を受け、正面に来たゴブリンが次々と倒れる。しかし、憎しみに血走った目のゴブリン達は焼け焦げた仲間の死体を踏みつけて、押し寄せてくる。

 接敵した。

「頼むぞ、鬼包丁」

 俺は腰に差した日本刀を抜き打ち様にゴブリンの首を一つ落とす。

 しかし、ゴブリン達は全くひるむ様子なく、かかってくる。

 二体同時に飛びかかってくる一体を足で蹴り飛ばし、残る一体の喉をつく。返す刀で横を抜けようとする二体のうち一体を切り伏せる。もう一体はノエルの方に行った。

「すまん。一体行った」

「一体なら大丈夫」

 ノエルは杖を振り回しゴブリンを殴りつける。致命傷にはならないが、特に危険でもなさそう。

 マナを放出しながら周りのゴブリンの動きを見る。

 粗末な剣や斧を振り回し、近づいてくる子鬼達。

 精神を集中する。

 ゆっくりと時間が流れる感覚。

 それと共に、思考の速度に肉体が追いついていないもどかしさ。

 いかに効率よく切るか。どういう手順で切るか。

 前を向いて、ぶんと大きく刀を横にふり牽制してから、反転しノエルに近寄る。

 ノエルの側に近づいた二匹を袈裟斬りにし、すぐに反転して近づいてきた前方の敵の首をはねる。

 ひたすら刀を振るい、ゴブリンの死体を積み上げていく。

 大丈夫だ。近づいた奴は全部切り捨てた。

 そう思った瞬間、鋭敏化した聴覚が風鳴り音を知覚した。

 矢だ。

 視界の隅をかすめる矢影。

 狙いは、俺じゃなくノエル!

 とっさに空いている左手を伸ばす。

 矢をつかんだ。

 嘘だ。いや、嘘ではないのだが、これはつかんだとは言わない。

 左手の掌を矢が貫通して半ばで止まっている。痛い。

 それを見て物陰から飛び出すゴブリン。

「こなくそ」

 右手のみで、刀を振るう。

「ノエルっ、左手50歩先、木の上に弓兵」

「分かったわ」

 再び矢が飛んでくるが、今度は刀で切り捨てる。

 ノエルの横でゴブリンと矢を右手一本で防ぐ。

 ノエルの呪文が再び完成した。

 炎の矢の魔法がゴブリンの弓使いとその周囲のゴブリンに降り注いだ。

 あたりに動くゴブリンは居なくなった。

 だが、ゆっくりと気配を探る。残心。

 ふむ、大丈夫そうだ。

 戦闘終了。

 

「ちょっと大丈夫?」

「くそ痛い。戦ってる最中はアドレナリンが出ていてそれほど感じなかったんだけど、落ち着いてくると痛い」

 俺は、左手を貫いている矢に刀を当てて引き、矢尻を切り落とす。

 矢で引っ張られて揺れて痛い。

 矢羽根を引っ張って引き抜く。

 てのひらからだくだくと血が流れる。

「ちょっと待っていなさい」

 ノエルがそう言うと、ノエルは目をつぶり精神を集中すると呪文を唱え始める。

 魔方陣が展開される。

【万能なるマナよ、我が支配下にあるマナよ、その者の肉体をアストラルボディにそって修復せしめよ……】

 うん、この呪文と魔方陣は知ってる。言っている事が分かる。回復魔法だ。

 上位回復魔法ハイリカバリー

 時間が巻戻るかのように掌に空いた穴が修復されていく。

「ありがとう」

「フフン。これが回復魔法よ」

 ノエルがその吊り目を得意そうにこちらに向ける。

「知ってる」

「ホント? この上位回復魔法は、肉体の治癒を促進させるだけの通常の回復魔法よりずっと高度なものなのよ」

「幼なじみの子がそれ受けたのを一回見た」

「うーん、やはり貴族社会じゃ魔道士の医者って普通なのね……」

「いや、そういうんじゃ……もういいやそれで。しかし、便利だな。その魔法について詳しく教えてないかな? 興味あるわ」

 話を向けると、ノエルの目がきらりと光る。

 あ、いけない、これ長くなる奴だ。

「いいこと、人間は霊的肉体と物質としての肉体が重なり合って生きていのよ。それでね、物質としての肉体が傷ついてもしばらくの間は霊的肉体は変わらない。霊的肉体に基づき、それを設計図として肉体を復元するのよ……」

 案の定、ノエルは委員長体質を遺憾なく発揮し、その後しばらく回復魔法についてのうんちくを語ってくれた。

 俺、授業とか聞くと眠くなる口なんだが……結構分かるな。

「うーん、勉強になるなぁ」

「良い心がけね」

『いや、おまえ、わし、この回復魔法についても何度か講義したことあるんじゃが……』

 ……お前の教え方下手なんだよ。

 やたらと高度な数式やらなんやら持ち出して必要なマナ消費とか最適な魔方陣の構成とか覚えさせようとするし、そういう細かいことはいいんだよ。

『……だからな、最高の魔法を使うには、基礎理論をしっかりと習得する必要があるんじゃ……』

「感謝しなさい。うん、向学心があるのは良い事ね。それに良く理解してるじゃない」

 ま、理解できた理由は、回復魔法は、呪文も魔方陣も一度自分で使ったことがあるかのように知っているというのが大きいな。

 使ったんだよな、俺……陽菜とヤクザ相手に。フィスタルに乗っ取られた状態だったけど。

『使った事ある奴は理解できるのか……』

 実戦に学ぶ派なので。


 ノエルが切り落とした矢を拾って、その先端――矢尻を観察した。

「毒矢じゃなくて良かったわ。わたし解毒の魔法は使えないから」

『ほう……あのレベルの回復魔法を使えるのに、解毒魔法キュアポイズンを使えないのか……』

 何かおかしいのか?

『ふむ、おかしいな。おぬしに分かりやすいように、おぬしの世界のRPGゲーム風に言うとだな、あの炎の矢がレベル1として、使っていた回復魔法は割と上位の物でレベル5くらいある。にも関わらず、レベル2くらいの解毒魔法を使えないというのは……この娘、きちんと体系的に魔法を学んでおらんのだな』


「さて、それじゃ、新人冒険者の洗礼といきましょうか」

 ノエルがニヤニヤと笑みを浮かべた。

「なんだよ、いったい?」

「魔物の体を解体してマナ結晶をとるのよ。ふふふ、出来るかしら。あなた、ニワトリ一匹解体したことなさそうに見えるけど」

「あー、確かに。食材の形になってない肉は見たことないなぁ。動物を解体するのなんて一回も目にしたことないわ」

「噂では聞いてたけど、やっぱり、都会のお貴族様はそうなんだ。

 田舎じゃ、飼ってるニワトリ絞めることもあるし、動物の解体だって、なんかの機会に見ちゃうのが普通よ。

 とは言っても、こういうゴブリンとか人型の魔物の解体は、また別ね。新人冒険者は初めは大抵、吐きそうな顔してるわ。これが平気にならないと冒険者としてやっていけないわよ」

「このゴブリンの中に、マナ結晶あるのか?」

「あるかないか分からないわよ。二十体に一体見つかれば良い方じゃないかしら。ゴブリンだと心臓周辺のあたりね。交代でやるんだけど、新人からやるものよ。練習だしね。

 そうねぇ……まず、十体解体するか、マナ結晶が見つかったら交代してあげるわ」

「あるかないか分からないものを見つかるまでさがす、で、三十体いるのに十体交代で、こっちからスタート、と」

 確率的に、二十体分は俺がやれと言うことかな。

 しかし……マナの塊なんだよな? それ、解体しないと分かんないのか?

『いや、分かるぞ。マナ検知の探査魔法でな。スズノスケ、幻想器官を開くがよいぞ』

 ふむ。

『そう、そうして自らのマナをその死体の方向に透過させる感じで放射しろ』

 幻想器官を開いてマナを放出する。

『よしよし、自分の幻想器官に一度貯えたマナは自分でコントロール出来る。それを照射することで、その自分のマナが散乱したり干渉することを感じ取れる。すなわち、放射したマナが散乱される、ほれ、あそこの木の横の死体の胸元でおぬしのマナが干渉されて散乱しているのがわかるじゃろう。探査魔法のコツ、つかんだな。こういう魔方陣とか古代語使わない魔法は問題ないんじゃのぉ」

 俺は、少し離れた木の横に横たわるゴブリンの死体にしゃがみ込むと、干渉源のある位置に鬼包丁を振り下ろした。

 青く輝く結晶が転がり出る。

「これでいいかな」

「え? な、なんで一発で見つかるのよ」

「えーと」

『ふむ。やはりこの娘、魔道士として受けた教育にはかなり偏りがあるな。そして、冒険者としての教育は魔道士以外に教わったのだろう』

 アレスさんかな?

「こ、幸運だったわね。ま、まあ、約束は約束よね。じゃ交代しましょ」

 ノエルは無言でざくざくとゴブリンの遺体をナイフで切り刻む。

「あ、血でローブが」なんか動揺して、手元が狂ったな。

 ノエルは、なんか泣きそうになりながら十体の検屍を終える。

「さあ、あなたの番よ」

 えーと……。

 どうしたもんだろうか……。

 前と同様に取り込んだマナの放射し、探査魔法を行う。

 そして、ざっくり。

「なんでまた一体目でマナ結晶がでるのよ! ついてるわね!」

 ノエルが完全に涙目になる。

 ど、どうしよう。

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