第17話 剣道少年、ツリ目で勝ち気な少女魔道士とコンビを組む

 酒場を兼ねたギルドの本館へと戻る。

 アレスさんは、カウンターの受付嬢さんに「問題ない、ある依頼何でも渡していいぞ」そう言って、ギルドの奥に消えた。

 カウンター前に一人残される。

 うん、まあ、受付嬢さんに相手してもらう方がいいけどさ。

 亜麻色の髪の受付嬢はローラさんというそうな。ローラさんが色々とギルドの決まりや依頼の受け方を教えてくれた。

 ギルド登録はつつがなく済み、ギルドメンバーの証である登録証のプレートを貰った。

 ローラさんが黒ずんだプレートを俺に手渡してくれる。俺が素手で触った瞬間、黒ずんだ色が消え、ただの金属プレートになった。

 金属のプレートに俺の名前と、剣をかたどった冒険者ギルドの紋章が刻まれていた。

 プレートには米粒ほどの小さな結晶のような物がはめ込まれている。

『それはマナ結晶のカケラだな。最も初歩的な魔道具だ。本人が触れている時と他人が触れている時とで色が変わる。他人が触れると黒ずんだ色になる。それだけの魔道具だ』

「身分証明書、か」

「そうです。ヤマダさんの名前と特徴はギルドメンバーとして王都のギルド本部のリストに登録されました。これでどこの街に行っても冒険者ギルドでは支援を受けられますよ」

 そういう仕組みなんだ。

「プレート、無くさないでくださいね。再発行は高いですよ」


 ……ところで、無いらしい。冒険者ランク。

 ナニソレという顔をされた。

 酒場の連中に笑われた。

「あー、おまえ、名を売りたいって奴? ミスリルのヤマダとか鋼のヤマダとか二つ名で呼ばれたい、と。まあ、剣で身を立てるならそういうのに憧れるのもわかるわかる」

「何だお前、吟遊詩人に歌われるような英雄になりたいってか?」酒場で飲んでた知らんおっさんが笑いながら囃したてる。

「二つ名で呼ばれる剣士、かっこいいよな。南の島の傭兵王とか、黒の剣士とか、鳴鳳殺とか、空の悪魔とか」

「最後のは魔道士」

 よく分からんが、なんか、好き勝手に言われてる。

 英雄志望の新人とか良い話のネタなんだろう。

「で、何をやりとげて名を上げるつもりなんだ? 坊主」

「いや、特には。まあ、のんびりダルムの塔を目指す……ここでは、まず、そこまで行く路銀を稼ぐという感じかな」

 何気なく答えると予想外に大きい反応が来た。

「ダルムの塔」

 周りから再び笑い声が沸きおきる。

「おいおい、随分生きの良い新人だな。ダルムの塔を攻略しようってのか」

「知ってるのか?」俺は意外に思って尋ねる。

 酒場の片隅でポロンとリュートが奏でられた。吟遊詩人が微笑みながら口を開く。

「虫とて住まぬイフリートの住まうタリンの砂漠を越え、生者は通り抜けることがかなわぬという死霊の森の奥深くに立つはダルムの塔……その塔を支配するのは邪法により生者を生け贄にして時を越えて生きる不死の王、邪悪なる黒の大魔道士アルハザラス」

『照れるな』

「誰も褒めとらん」

「?」

「あ、こっちの話」

「ダルムの塔なんて、魔族の領域に食い込んで立ってるんだぞ。いいか、聞け。若いうちは背伸びしたくなるのは分かるが、そういうのは世界を救う勇者クラスの仕事だ。新人冒険者はまず足に地をつけて、近くの狩り場から生きて帰ることを目的にしろ」

 どうも、本気で親切で忠告しているみたいだ。

 ……おい、どういう事だよ。おまえの塔、たどり着けないような場所みたいな話じゃないか。話が違うぞ。

『昨日聞かれたときは距離を聞かれただけだろ、周りにどんな魔物がいるかとかは特にきかれとらんからな。くくく』

 おまえ、俺が死んだら困るだろうが。

『まあ、おぬし、死にに行くようなマネはせんだろ。安心せい、いずれ魔術を極めれば簡単に行ける。この世界に戻った以上、焦ってはいない。わしは時間は気にしないのでな。ま、地道に力をつけてから行くんだな』

 まったくこいつは……。

『ようやく、あの忌々しいマナの乏しい世界から離れられた。まあ、あの世界に学ぶべき物も多かったが……見よ、このマナに満ちあふれた世界を。素晴らしいではないか。まあ、この世界にたどり着きさえすれば、いずれチャンスは巡ってこよう』

 なんのだ?


 ローラさんも酒場の酔っ払いどもと意見は同じらしい。

「そうですねぇ。ヤマダさん、まずは薬草探しなんていかがですか? エンラントの茎と花、それとセラビニアの葉なら今だと高く買い取るわよ。森の中だからたまにゴブリンとか出るけど。それが問題ない腕さえあれば、食べるには困らないですよ」

 ふむ、薬草ねぇ。

「何で薬草何て使うんだ。回復魔法使えば良いんじゃないの?」

「……ねえ、ヤマダさんってやっぱり貴族なんでしょ?」

 今度は何を間違ったかな?

「普通の庶民は魔法使って貰う費用も出せないのよ? 回復魔法使える腕利きの魔法使いなんてそうそう居ないんだから。

 ま、例外的に、目の前に一人居るけどね。回復魔法が使える魔法使い」

 ローラさんの視線の先には、幅広の帽子を深くかぶり、杖をもった魔道士の女の子がいた。

「あの子も期待されてる冒険者で氷炎のノエルって呼ばれてる魔道士よ。うちのギルドの若手ナンバーワン。引く手あまたで、毎回違うパーティーと組んでるの。まあ、ヤマダさんも実力認められたらそのうち組んでくれるかもね」

 一瞬目が合うが、ノエルさんとやらは興味を無くしたように手元の本に目を落とした。

「ま……しばらくソロで頑張るしかないかな」

「ソロは危ないわよ。死なないでね」

「ところで」と、少し声をひそめる。「さっきアレスさんが一緒に飲んでた人達は誰なんだい? あそこのテーブルの商人みたいな格好した二人」

「ああ、商人のニコラさんと徒弟のフレデリックさん。御領主様のところの出入りの商人ですよ。あの二人がどうかしましたか?」

「いえ、前にどこかで見たことあるなというだけで」

「ああ、あの二人は王都から来てる商人って言ってましたよ。ヤマダさんならどこかで会っててもおかしくないですね」

 だから王都なんか行ったことないんだけどね。もう、すっかり王都を出てきた貴族の放蕩息子という設定が浸透してしまった。

 その時、ギルド相談役のアレスがカウンターの奥の扉から出てきた。

「あ、アレスさん」ローラさんがにっこりと微笑む。

「どうした。新人、適当な仕事は見つかったか。」

「ソロで出来そうなのを検討中です」

「まあ、ソロは危険だから誰かと組んだ方が良いんだが……ここらに、知り合いは居ないだろうな」

「冒険者じゃないけど、ヤマダさん、王都でニコラさん達と会った事あるみたいですよー」

「へえ」

「あ、いや、気のせいかも。気のせいですね。気にしないでください」

 やばい。こっちが一方的に盗み見てただけだからな。まあ、迷惑掛けた事は分かりゃしないだろうが、話すのも気が引ける。

 ごまかす俺をアレスがじっと見ている。 

「ま、そういうこともあるかもな。安心しろよ、別に過去を詮索したりしねえよ。

 おまえが王都で何をやってたんだろうとも、今は単なる危なっかしい新人冒険者だ。

 ふーむ、そうだな……腕は良くても、お前みたいな世間知らずをソロで活動させたら危ないな」

 アレスはギルドハウスの酒場の中を見回す。

「おい、ノエル」

 アレスが呼びかけると、ギルドの酒場の中に居た黒髪にツバ広の帽子を被り手に杖をもった魔道士然とした女の子がこっちを見た。

 年の頃は16、7くらい、ツリ目で勝ち気そうな表情、髪を三つ編みに背中まで伸ばしている。なんか、眼鏡でも掛けさせたら委員長という感じだ。

「あいつは、実力はあるが融通のきかないくそ真面目でな、こういうのに向いてる気がする」

 ノエルと呼ばれた魔道士風の少女はきびきびと歩いて来て、アレスさんと向き合う。

「なんです、アレスさん」

「お前、固定パーティないだろ。しばらくこいつとコンビを組んでやってくれないか?」

「なんで私が新人の面倒なんか見なければいけないのよ?」

「年も近いから話しやすいだろ。そうだな、ギルドでなく俺に貸し一つ、でいいぜ。後で必ず返す」

 ノエルがぴっくりしたようにアレスを見ている。

「ふん、悪くないわね。高くつくわよ」

「いいさ、その代わり、きちんと生き延びれるように面倒みろよ。全般的にだ」

 アレスがノエルの背中をぽんぽんと叩いた。結構親しそうだな。

 ノエルが睨むように俺の風体を見る。

「……ド素人の新人にえらく好待遇ね。でも、このギルド支部一の魔道士に釣り合うのかしら。あんまり実力差があるとコンビの意味ないわよ」

「冒険者としては素人だが、剣の腕だけはあるな。そいつ、テストで俺から一本とったんだぜ?」

「え、うそ」ノエルがびっくりした表情を浮かべている。

 俺は肩をすくめる。ま、同じ手は二度と通じないだろうがね。


 当面の目標。塔までの路銀を稼ぐ。

 ……いや、それともう一つ、もう一回アレスさんに勝つ。

 一応、武者修行の旅と言って出てきたからな。負けっぱなしは性に合わない。


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