第16話 剣道少年、冒険者ギルドへ行く
『良かったの、買ってくれて』
「人ごとみたいに……コーエンのおっさん、優柔不断な人間見るみたいな目で見てたぞ」
走って馬車に追いついて、コーエンのおっさんに板チョコ一枚とメープル味の
まあ、それでも物価を考えるとお菓子にしては高評価だろう。
甘味の価値があっちの世界に比べて高いのだろう。
想定した用途とは違うが持ってきて良かった。
街中で道を聞いて尋ねると冒険者ギルドは街のほぼ中心部を流れる運河のほとりにあった。石造りの五階建ての建物。
両開きの扉を開ける。
一階は酒場を兼ねているようだ。
見るからにカタギでない剣や槍で武装した戦士達、ほんの数人の杖とローブを持った魔道士、おー、弓を担いでいるのはエルフかあれは。
様々な人間がテーブルで飯を食ったり、酒を飲んだりしている。
並んだテーブルの中の一つに、見覚えがある顔がいた。
豊かな口ひげの商人と徒弟風のみなりを男――昨夜森に現れた二人が、筋骨隆々のいかにも歴戦の剣士という感じの男と差し向かいで座り話し込んでいる。。
昨夜の殺気立った表情とは一転して別人のように穏やかな表情を浮かべ、三人で談笑している。
「あの商人達、無事ついたんだな。何事もなくて良かった」
俺の魔法の崩壊に巻き込んだせいで夜に移動することになったんだ。魔物に襲われてたら寝覚めが悪い。
店の奥のカウンターに、ウェーブのかかった亜麻色の髪のお姉さんが暇そうに座っている。
俺は酒場に入って奥へと進んでいく。
さあ、こい。
いつでも抜刀できるように刀の位置を確かめ、ゆっくりと歩いて行く。
カウンターの前に立つと、亜麻色の髪のお姉さんが顔をあげた。うーむセクシー系なお姉さんだ。
酒くさいおっさんたちの間を抜けてきたからだろうか、受付のお姉さんの周りだけ良い匂い立ちこめてる気がする。
「あら、いらっしゃい。何かご用?」
……足を掛けられる事も、家に帰ってミルクでも飲めと絡まれる事も無かったな。異世界のお約束が足りない。
「えーと、冒険者ギルドに加盟したいんだけど。魔物退治とかでお金貰えるんですよね」
「あら、新人さんですか。えーと、んじゃ、これに名前を書いてね。字は書ける?」
受付嬢さん、にっこり笑みを浮かべて流し目でこっちを見る。
「ええ、読めますし、書けると思います。でも、この国の字、書くのは初めてですね」
何も考えずに正直に答えると、微妙な表情をされた。
「あたしが書こうか。名前は?」
「山田鈴之助。山田が姓で、鈴之助が名です」
「ヤマダさん、ですか。家名があるんですね。……でも、変わった名前ですね」
「よく言われます」
「それで、登録料がルーマ銀貨で一枚必要なんだけど」ちらちらと俺の格好を見ている感じだ。
この制服は少し目立つのかな。
しかし、一枚……平民一週間分の生活費……。
「結構高いですね」
「やめとく?」
「ギルドの名簿に名前が載ってないと買い取りとかしてくれないんですよね?」
「それと仕事の斡旋もできないわよ」
俺はポケットから銀貨を一枚だした。
「あるなら、いいわ。それじゃ、その前にちょっとテスト受けてもらおうかな」
「テスト?」
「ええ、うちのギルドから仕事を斡旋するにしても、どの程度の仕事振っても大丈夫か確認しとかないといけないでしょ?」
「なるほど」
「えーと、あなた
「旅人です」
「いや、そういうのじゃなくて、ほら、戦士とかシーフとか魔法使いとか精霊使いとか……」
軽く刀に手を乗せた。
「見ての通りです」
「戦士系ね。ま、魔法使いには見えないわ」とクスリと笑った。「アレスさーん」
カウンターからテーブルの方へお姉さんが声を上げる。
すると、昨夜の二人組と談笑していた筋骨隆々の戦士がのしのしとこっちに近づいてきた。
「どうした」
「久しぶりの新人さんです。誰かにテストをお願いできますか」
「じゃあ俺がやろう」
「えーと、ヤマダさん。この人はこの街の冒険者ギルドのギルドマスターのアレスさん。現役は引退しちゃったけど、凄く強いのよ」
でしょうね。見るからに。
身の丈二メートルほどの体が岩のような筋肉で覆われている。とても引退したようには見えない。
大男はうろんな目でこっちを見た。
「俺は、アレス。このギルドでまあ、顔役のような事をしている。まあ、ついてきな」
そういうと後ろも見ずにカウンター横の通路を出て行った。背中から見てもすごい筋肉だ。
ギルドの奥にはちょっとした離れが建てられていた。
トレーニング用の建物なんだろう。道場という事ならば、と俺は一礼して、中に入る。
「お行儀が良いこって」アレスがふんと鼻を鳴らす。
「さて、模擬戦なんだが、その腰の刀でやるか?」
「え? 真剣で?」
アレスは「ま、怪我したら困るか……。好きなの使いな」と壁の方を指す。
壁に幾つも剣が掛けてある。刃を潰しただけの剣だ。
日本刀に近いサイズの刃引きの鉄の塊を手に取る。
こんなので試合しろと?
うーん、竹刀って偉大な発明だったんだなぁ。
「これでか……当たりどころが悪けりゃ死ぬよな」
「安心しろ、怪我はさせないよ」
「当てたら怪我させてしまう」
アレスが吹き出した。
「ははは、面白いガキだな。俺が怪我すると思ってるのか。構わんぞ、坊主が俺から一本取れるなら」
筋肉はニヤリと笑うと、一番大きな剣を手に取りこちらに向けた。
ふむ。
練習用の剣を軽く振る。
「準備はいいか?」
「ああ」
「いつでも来な」
俺は一礼すると、道場の真ん中に立つアレスに近づく。
取り敢えず正眼に構え、背筋を伸ばし、まっすぐ相手に剣を向ける。
「ほう」
アレスは、俺に向けていた剣をひょいと肩に担ぐようにした。
あれは八相の構えに近いと見るべきか。
「来ないのか?」アレスが挑発してくる。
挑発を無視して、自分の構えを脇構えにし、こちらの剣先を体に隠す。
「てめぇ、我流じゃないな。正規に剣術を習っているわけか。食い詰めもんが多い冒険者志望では珍しい」
食い詰め者が多い商売なのか。まあ、俺みたいな何一つ身分保障がない不審者がなれるんだから、あまりまともな教育を受けた人間がなるものではないのかもしれない。
アレスの話を聞きながらも、注意はそらさない。遠き山を見るがごとく全体を眺める。
「来ないならこっちから行くぜ」
その瞬間、担がれた剣がすさまじい速度で振り下ろされてくる。俺は脇構えから円を描くように相手の剣を斜めから叩き軌道をそらして地面に落とすと同時に、相手の剣を叩いた反動で自らの剣を跳ね上げアレスの喉元に俺の剣を突き上げていく。
とった……そう思った瞬間、蹴り飛ばされていた。
床に転がる俺をアレスは見下ろしている。
蹴たぐりか。勝ったと思った瞬間油断したというのもあるが――この男強い。実戦慣れしている。大男だけにリーチが長い。
じいちゃんが若い頃の剣道では普通に蹴たぐりや足がらみがあったと聞いた。剣道が剣道になる前の影響を色濃く残している時代には。
どんな感じか一度だけやって貰ったことはあるのだが、対処の練習まではしていない。
「訓練所剣術だな。綺麗すぎる。実戦経験はほとんどないとみた。こんなもんか?」
起き上がる。
蹴られた腹筋が痛む。
「いや、もう一回やらせて貰おう」
せっかくだ。この世界で俺の力がどの程度通用するか、安全に試せるうちに試すべきだろう。
確かに、この男は強い。体格もでかく、筋肉で覆われ、剣速は速い。しかし、純粋に剣の技術で見ればそれほど洗練されたものではないように見える。
それはそうだろう。竹刀ではなくこんな鉄の塊で真面目に打ち合えば稽古の度に死人が出るだろう。道場剣術の技術――剣のみの技術としては日本の剣術はこの世界の冒険者剣術より発達、洗練されているのではなかろうか。
だが、実戦経験の差は如何ともしがたい。
このままでは何でもありの勝負では勝てないだろう。
ふむ、奥の手を試させて貰おう。俺は座ったまま、静かに精神を集中するともに内なる幻想器官に働きかけた。
魔法を発動する。
俺はゆっくりと立ち上がると、アレスと対峙する。
「今度はこちらからいくぜ、おっさん」
気を吐き、一足一刀の間合いで剣を振り上げて上段に構えた。
「来な」
アレスは気負うでもなく、相変わらずでかい剣を肩に担いでいる。
「参る」
真っ向から相手の面を打ちにいく。
腹に力を込め、裂帛の気合いと共に自分に可能な最速で、まっすぐ打ち下ろす。
アレスは、俺の剣を迎え撃つように、自分の剣に力一杯叩きつけてきた。
俺の剣が力負けして跳ね上げられる。
がら空きの俺の胴体向けて、アレスの剣が走る。
俺の体に剣が触れる瞬間、
その瞬間、再度振り下ろした俺の剣が相手の額を打った。
う……寸止め失敗した。
アレスの額から軽く血が出ている。
アレスはゴキゴキ首を振ると、
「ちっ、魔法か……マジックキャスターかよ。まあ、一本だな」と言った。
怪我を特に気にした風でもない。
「合格かい?」
「最初の時点で合格ではあるんだが……もう一回やろうか。このまま貴族の坊ちゃんに天狗になられると示しがつかんからな」
貴族のぼっちゃん?
『貴重な魔道士の血脈は貴族に列せられる事も多いからな。貴様をどこかの魔道貴族のボンボンと思っているのだろう』
ふむ。まあいいか。
「ちょっと待ってくれ」
精神集中をして、幻想器官を開き魔力を絞り出す。
「
今度は宣言して、
「準備おっけーだ」
俺が言うと、今度はアレスが脇構え……剣道の脇構えの型より、もっと後ろに剣を構えた。
ちゃり、と金属音がした。
何だ今の音? 何かしたのか? よく分からん。
ままよ、と先ほどと同じく自分の最速で剣を相手に振り下ろす。
アレスはバックステップで下がる。
追って前にでようとした瞬間、アレスの手から何かが弾かれ俺の顔に向かって飛んでくる。
しまった! そういう事か。
俺の顔めがけて飛んできた銅貨が弾かれて落ちた。
死んだ、と思った瞬間、俺の顔の前で剣は止まっていた。
「参った」
「ネタが分かれば対処のしようはある。そのお前が
まあ、人間がその魔法使うのは初めて見たから意表は突かれたが二度はくらわん。実戦なら魔法剣うから、
しかし……俺も魔法の事は通り一遍しか知らんが、人間が魔物の使う
『まあ、あの手の魔物が使う原始魔法は酷く効率が悪いから使う奴はおらんな。
並の魔力の持ち主ではすぐにマナ切れになるしな。
まあ、まともな魔道士ならその無駄に垂れ流しているマナでファイアーボールの十個も撃つわ』
馬鹿にしたようなフィスタルの声が頭の中に響く。原始魔法いいんだよ、アレ、頭使わなくても使えるから。魔方陣も古代語も覚えなくて良い。
「お前は新人としては規格外に強いよ。けど、実戦経験はほとんど無いな。
俺の見立てじゃ、初めは調子よく活躍して、そのうち増長して死にそうだ。が、それまではギルドの仕事をこなしてくれ。貴族のぼっちゃん」
貴族と何か嫌な事でもあったんかね。ホント貴族が嫌いそうだ。
「えーと、俺……貴族じゃないんだが。そう見えるか?」
「魔道士で、正規の剣術の教育を受けている。それに見たこともないような仕立ての良い服」
普通に学校の制服なんだが……。
「聞いたこともない珍しい名前だが、家名を持っている。貴族か騎士か、許されたそれなりの商人しか家名は名乗らん。
そして、極めつけは、そのなまりのない綺麗な発音だ。
王都の出か? 語彙がたまに古くさいのも貴族にはたまにあると聞く」
これは勘違いを解くのは無理かもしれん。
『すまんな、教養ありすぎて。わし王都生まれ』
肩をすくめた。
「まあ、安心しろ。まあ、冒険者稼業は実力が全てだ。過去は詮索しない」
なんか、誤解が解けそうにないから、それでいいや。
……で、俺の冒険者ランクは何になったのかな?
SとかAとか、アダマンタイとかオリハルコンとか、銀とか白磁とか……。
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