第15話 剣道少年、町へ行く

 ゆさゆさと揺さぶられる。

 ふと目を開けると目の前に天使が居た。

 目を覚ます。

 年の頃は五歳くらいだろうか、丸みを帯びた幼ない顔だちに白磁の肌、ふわふわとした金色の髪。絵になるな。背中に羽根が生えてないのが不思議なくらいだ。

 天使ちゃんがニコニコと微笑んだ。

「おー、大丈夫か?」

 存外野太い声……じゃないな。

 天使ちゃんの後ろには荷馬車が止まっていて、御者台に座った太ったハゲ親父がこっちを見ていた。

 随分と寝てたらしい。

『日はとっくに昇っとる。熟睡しとったぞ。ぶっとい神経しとるな』

「行き倒れかと思ったら、寝てただけか。いくら街道でも森の近くなんかで寝たら危ないぞ。夜から居るんだろ? ゴブリンでも出てきたらどうする。こんなところで何をしてるんだ?」

 夜は出るんだ、ゴブリン……。

 寝ぼけた頭で口をつくままに答える。

「えーと、あっしは無宿の渡世人、諸国漫遊、剣術の武者修行の旅の途中でござんす」

『なんか、いろいろ混じっとるぞ』

「つまるところ、旅人です。あー、ヘントの街にいこうかな、と」

「剣術修行ねぇ……」

 おっさんは俺の腰の刀をしげしげと見る。

「わしはヘントの街で商人をやっているニコラ・ギュンターってもんだ。行商の帰りで、ヘントに戻る途中なんだが、旅は道連れというし、一緒に来る気はないかな? 護衛してくれるなら、タダで馬車に乗せてやるよ」

 俺は、大人しくニコラという商人の好意に甘えることにした。

「おー、それはありがたい。けど、いいんかい? こんな風来坊乗っけて」

「かまわんかまわん。これでも人を見る目はあるつもりだ。まあ、ぼうずが野盗ってことはないだろう。

 ……というか、むしろ、いかにも苦労知らずのぼんぼんという感じの身なりなんだが、剣の腕はどうなんだ?」

 学校の制服姿ってそういうイメージなんか。

「まあ、正直、実戦経験はあまりないな。ゴブリンとオークなら一人で倒したことがある」

「そうか。ま、昼間の街道で何か出ると言うこともないだろうけどな。まあ、乗りな」

「こんにちは、おにいちゃん。あたしはサーラです」

「山田鈴之助です。よろしくね、サーラちゃん」

「はい。ヤマダスズノ……えーと、おにいちゃん」

「変わった名前だな。おまえ。ヤマダ? 親はどういうつもりでつけたんだ?」

「いや、そっちは姓で、鈴之助が名だよ」

「スズノスケ……ますます変な響きなんだが。家名があるということは、貴族か騎士か、それなりの商家の人間なんだろ?」

「いや、別に、俺の居たところでは誰でも名字持ってたんだよ」

「へー、そういう国があるのか」

「スズノスケ……」

 うーん、考え込んでいたサーラちゃんが、がっちり俺の手をつかんだ。

「んー、じゃ、スズおにいちゃん」

 ガシガシと頭をなでると、にぱぁと笑う。うん、かわいいな。

「どうだ、うちの子は可愛いだろう」

 御者台のおっさんが、得意になって自慢する。

 まあ、分からんでもない。

「サーラちゃんホント可愛いね。きっとお母さん凄く美人なんだね」

「どういう意味だ」

「サーラちゃん、お母さんによく似てるって言われるでしょ」

「うーん。隣のおじいに良く言われるー。でも、サーラは分かんない。お母さんね、サーラを産んだときに死んじゃったんだって」

「え、あ、ごめん……」

「ううん。お母さんに似ているって言われてあたしうれしいもん」

「良い子だなぁ」

「うちの子は世界で一番良い子だ」

 サーラちゃんが、でもでも、と袖を引く。

「でもね、おじいに、お父さんにも似てるところあるって言われるよ」

「ふーん、どこが?」

「おかあさんはね、まっすぐな赤毛だったんだって。で、わたしのこの髪はお父さん譲りなんだって」

 俺は、黙って御者台に座る親父のハゲ頭を見た。

「なんか文句あるのか」

 年月ってむごいな……。


 うんしょうんしょと荷台に上がろうとするサーラちゃんを持ち上げて荷台に置くと。自分も腰掛ける。

 荷台の上には、酒樽や雑貨が所せましと並んでいる。

 おっさんが軽く鞭を入れると、馬車がガタゴトと動き出す。

「行商の帰りって割にはいっぱい荷物が載ってるんだな。売れ残り?」

「商品が売れたら行った先で何か仕入れて、元の街で売るんだよ。空荷で戻る商人はおらんわ」

 そういうものか。

「ヤマダよ、お前随分世間知らずだけど、旅に出てどれくらいなんだ?」

「一日」

「一日って、ここから近所か?」

「いや、ずっとずっと遠くで……えーと、転移魔法で移動したんで」

「転移魔法! 余程の魔道士でないと使えない魔法だろ、それ。

 噂には聞いたことあるが、本当にそんなので移動する奴おるんだな。

 王都には金を積めば転移魔法で人を運ぶ魔法使いが居ると聞いたが、お前ホント金持ちのボンボンなんだな。どこから来たんだ?」

「……まあ、ずっと遠くからだよ」

「ま、言いたくなければいいけどな。若いうちは色々あるわな。

 わしもお前くらいの頃、村を出て商人になったが、親は反対してた。

 けどな、成功するにせよ挫折して家に戻るにせよ、生きてこそだ。無駄に危険な事はせん方がいいぞ。街の外で一人で野宿するのは辞めた方良い」

「まあ、気をつけるよ」

 また、くいくいと袖が引かれる。

「ぶー、スズおにいちゃん、お父さんとだけ話してたらだめなの」

「はいはい。サーラちゃんは旅は好き?」

「うん、大好き。おとうさんと街に行って、いろんな人に会って、いろんな物買って家に帰るの! とっても大好き」

「そっかぁ、えらいねぇ。俺も旅人初心者として見習わないとなぁ」


 日がだんだんと傾いてくる。夕方が大分近づいてきたろ、遠くに街の鐘楼が見えた。

「うーん、サーラ、お腹がすきました」

「もうちょっとで街だ。がまんしてくれ」

 ふむ。まあ、恩返ししとくべきか。

 リュックから板チョコを取り出して、銀紙をむいて渡す。

「これ、俺の故郷のお菓子だよ。食べてみな」

「おいおい、あんまヘンな物食べさせんでくれよ」

 サーラちゃんは見たことない食べ物を物怖じせずパクリとかじる。

 かじった途端驚きの声をあげる。

「すごーい。美味しいー。あまーい」

 そうだろうそうだろう。

 夢中で食べている。

 手にした最後の一かけを食べようとして、サーラちゃんは、

「お父さんも食べる?」

 とチョコレートを御者台の方へ差し出した。

 良い子だ。 

「なんじゃこりゃ。真っ黒で気味が悪いな」

「まあ、食ってみなって」

 ニコラのおっさんは、ふわふわ天使サーラちゃんにあーんして貰ってチョコを口に入れた。ちょっとうらやましい。

 口の中に入れて少しして、食い終わった親父が少し真剣な声をだした。

「おい、これ、まだあるか? あるなら売らないか? ルーマ銀貨で五枚出してもいい」

「うーん、ない事もないけど、お金のために売るつもりもないなぁ」

『まあ、金に困ることはなかろうしな』

 というか相場がわからん。

『まあ、王都の兵士の日給がルーマ銀貨一枚くらいじゃな。ここら辺は辺境なのでもっと安かろうな。農民どもとか切り詰めたら一週間銀貨一枚くらいで暮らしてるんではなかろうか。よく知らんが』

 都会でそれなりの給料もらってる人の五日分の稼ぎか。お菓子一個にしては評価高いな。

「おまえの故郷のお菓子と言ってたな、どこなんだ?」

「はるかに遠い、この世界の果てかな。仕入れに行くのは無理だと思うよ」


 荷馬車で揺られること半日。日が暮れる前にヘントの街についた。

 馬車はからからと街の中へと入る。

 街の入り口に兵士は居るが検問とかないようだ。

『国境に近い街や王都だと出入り管理も厳しいが、ヘントは単なる地方都市だからな。脅威は魔物とか狼とかだ。人に対してはそんなに警戒しておるまい』

「ふむ、まあ、街についたぞ。どうする?」

「ありがとう。助かったよ」

 俺はひょぃっと馬車を降りる。

「俺も楽しかったよ。うまいお菓子も貰ったしな。また手に入ったらウチにもってこい。高く買い取る。

 この町の五番街のギュンター商会って店だ。んじゃ、達者でな」

「鈴之助お兄ちゃん、ばいばーい。またねー」

「うん、ばいばい。またね」

 これから旅をする身だ、二度と会う機会があるか分からない。これが一期一会か。

 遠ざかっていく馬車を見ながらそんなことを思った。 


 ヨーロッパ風の石造りの家が建ち並んでいる。あたりに森林も多いのに日本みたいな木造建築は少ない。何でだろう。

『まあ、地震が無いからじゃろうな。日本みたいな地震がある国の方が少なかろう。そうでなければ石造りの家が発達するのは不思議ではないぞ』

 観光気分で、ふらふらと周りを見ながら歩く。街の真ん中には川が流れている。

『あれは川ではない。運河カナルじゃよ。荷物の運搬用だな」

 確かに運河のそこかしこには小舟があり、運河沿いの家々はみんな小さな船着き場がついている。

 普通の家々が日本とおまりにも違っていて珍しい。ちょっとスマホで写真とかとってしまう。

 初めての海外(?)旅行だ。

「うーむ、サーラちゃんの言うとおり、知らないところを見て歩くのは確かに面白いね。しかし、これから塔までの旅、長くなるよな、いろいろと準備が要りそうだ。そういや、転移魔法で塔までって無理なの?」

『転移魔法は行ったことがある所か、見える範囲にしか転移出来ん。まあ、馬を買うのが良かろう。まあ、人を込みで馬車を買うという手もある』

「……路銀は本当に大丈夫なんだろうな。おまえがこっちの世界の金なら問題無いといってたからこの程度の荷物で来ちゃったけど」

『安心せよ。前にも言ったが金はいくらでもある。そういう意味なら不自由な思いはしないぞ』

「どこかに隠してあるのか? それを取りに行くまでの路銀が要る気がするんだが。あんまり考えてなかったが」

『わしのローブは荷物に入れてきたな?』

「言われたとおり持ってきたぞ」リュックを叩いてみせる。横にくくりつけられた先輩の御守りが揺れる。

『くくくくく、城が二つ三つ買えるくらいの金なら、ローブの内側のポケットに入っておる』

「……拾った後、調べたが底の浅いポケットがあるだけだったぞ?」

『あれは魔道具だ。滅多に手に入らない高位悪魔の皮膚と内臓から作ったあのローブには高度な魔法が仕掛けてある。周囲のマナを吸収して別次元に異空間を形成するのだ。つまりポケットを入り口として異次元に物を蓄えることが出来る』

 なんと。異次元ポケットか。魔法やるな。高度に発達した魔法は二十二世紀の猫ロボットの科学と区別が付かない。

 荷物から取り出したローブのポケットにおそるおそる手を突っ込む。おお、手がいくらでも入っていく。

 いくらでも入っていくのだが……。

「……いや、やっぱり何も入っていないようだが……」

『……』

「どうした?」

『そのローブのポケットは周囲のマナを吸収して異空間を別次元に形成する。でだ、おぬしの世界に渡ったときだな、マナが吸収できなくて術形成が途切れた。まあ、マナ不足で術が維持できなくなったというだけで壊れていないのは分かっていた。

 だから、こちらの世界に戻ってくれば、再びマナを吸収し魔道具として働くのは分かっていたのだが……』

「だが?」

『今、繋がっている空間は、わしががおぬしの世界に渡る前に繋がっていた空間とは異なる物なのだろう。正直、再稼働したら同じ空間に繋がると思ってた』

「俺にも分かるように言ってくれ」

『中に入っていた金は次元の狭間に消滅した。泣きたい』

「泣きたいのはこっちだ。話が違うじゃねぇか。んじゃ、文無しか俺たち」

『研究資金が……それよりも生涯を掛けて書きためた魔道書が……』

「金だよ金……文無しじゃ飯も食えん」

『荷物にカロリーメートとかチョコレートがあるじゃろ』

「いきなり保存食に手をつけるのもなぁ。今日明日は良くても数日で困るだろ。なんか無いのか、手っ取り早くこの世界の金を得る方法。

 あー、そうだ、ギルドとかないのかギルド」

『どこの世界でも人が集まれば同業者組合ギルドくらいあるじゃろ。おぬしの世界でも昨日のテレビで商人ギルドの長が辞任会見してたぞ』

 何か経団連会長とかいう人の辞任会見を夕飯時のニュースで見たような見ないような……。

「いや、そういうのじゃなくて、ほら、魔物の居る異世界だろ? ゴブリンとか倒したらお金くれる冒険者ギルドみたいなのない?」

『あることはあるが……そもそもギルドに加入する金がいるのじゃなかろうか』

 仕方ない、ギュンターさんにチョコレート売りつけよう。

 俺は全力で走ってギュンター商会の馬車を追いかけた。

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