第9話 剣道少年、オークと戦う

 オーク……ね。

 そいつが逆さに牙の生えた口を開き、不快そうに鳴き声をあげた。

 手には巨大な鉈をもっている。

 そいつが、こっちを見た。

 その目が人間を認識したとたん殺意に染まった。

 俺は鯉口を切って、鞘から刀を抜く。

「抜けば玉散る氷の刃、と」

 俺は幻想器官を開いて魔力を引き出す。

刀剣強化ソードエンチャント

 刀身に魔力を通す。

 日本刀を正眼に構える。

 屋上が……ここだけが切り離された異界と化している。

 グラウンドでは、時折歓声があがり、体育祭が続いているというのに、目の前には巨大な鉈を持ったオークが居る。

 オークの巨大な鉈に目が行く。

 あまり得物にばかり注意が行くのは剣士として良くないのだが……。

「あれ、あたったら死ぬな」

 そう思うと目が行ってしまう。

 意識して鉈から目を離し、改めてその巨体を見る。二メートルはるかに超える。豚のような猪のような太い体、四肢は人間ではあり得ないような筋肉に覆われている。

 ゴブリンよりは知能があるらしく、こちらの値踏みするように見ている。ゴブリンの時は、目が合った途端、しゃにむに向かってきたからな。

 どうする? 

 こちらから行くか? 

 そうこっちが思ったとき、向こうも我慢しきれなくなったのだろう、オークが動いた。

 右に左に、巨大な鉈をぶんぶんと振り回すようにして、近づいてくる。

 間合いをはかり、避けながら後ろへ後ろへ下がった。

 接近しなければ攻撃出来ないが、当たれば死ぬ刃の元に飛び込むのは、怖いものだ。

 相手の勢いは止まらず、だんだんと、屋上の隅の方に追い詰められつつある。

 ちっ、仕方が無い。

「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込み見れば後は極楽ごくらく、と」

 昔、じいちゃんに聞いた宮本武蔵の言葉をつぶやき、覚悟を決める。

 剣道をやる者は、対峙する相手の竹刀を真剣と思い込み、その上で、踏み込める精神を作らなければらない。

 そう言われ育ち、竹刀を真剣と思って切り結んできたつもりだ。

 俺は踏み込める!

 俺は幻想器官を開き、体に魔力を満たして活性化させる。感覚が鋭敏化しする。

 思考の高速化による時間が間延びするような感覚。

 オークが振った鉈が目の前を振り抜けた瞬間、飛び出し、体に刀を突き立て――その瞬間、オークの表面で何かがパシッ消滅し、刀が弾かれた。

 転がるようにそのままオークの脇をすり抜けて逃げるが、戻ってきた鉈が俺をかすめる。制服が破ける。

「くそっ。制服二着しか持ってないんだぞ。母ちゃんに怒られる。つか、今のは何だ?」

『貴様が言うところの障壁防御シールド魔法だな。魔力を体表面に巡らせただけだ』

 確かに前に聞いたな。低級な魔物の使う原始的な魔法二つ。剣に魔力を通す魔法と体に魔力を纏わせる魔法。障壁防御シールドはいまいちイメージ出来なくて発動しなかったから存在を忘れてた。

『あほう。そもそも、この程度の障壁防御シールド、貴様が刀に魔力をもっとしっかり通しておけば切れたのだがな。

 ま、なにオーク如き、もう一度障壁防御シールドを張り直す程の魔力はあるまい。

 次は通るぞ』

 もう一回やれっていうのか……。

 オークは、障壁防御シールドが消えたせいだろうか、今度は簡単には向かってこない。

 やはりゴブリンより頭が良い。

 軽く刀を振る。

 オークは濁った目に殺意を込めて、威嚇するように頭上で鉈を振り回す。

 それに対して正眼に構える。

 正眼に構えると、条件反射でゆっくりと息を整える。すると精神が落ち着く。習い癖のようなものだ。

「ふむ」

 ちょっと、落ち着いて自覚した。

 興奮状態だったらしい。

 ゆっくりと呼吸し、アドレナリンの噴出を抑える。

 遠山の目付で相手全体を眺める。

 そう落ち着け。

 自分が落ち着くと、オークが興奮しているのが分かる。

 オークは頭上でぐるぐると回している鉈を振り下ろすタイミングを図っている。目は血走りながら、俺の頭を狙っている。

 相手の剣速は速いが技術的には見る物は無い。

 一撃一撃は必殺の質量と速度を有しているがそれだけだ。

 古人曰く、当たらなければどうということはない!

 ならばいくらでもやりようはある。

 俺は思い切って飛び込むように間合いをつめると、前足をわざとダンと大きく踏みならす。

 踏み足の音に驚いたオークがまだ届かない間合いなのに鉈を振るった。

 空振りする鉈にそって、伸びきったオークの手に向かい、刀を振るう。

 鉈に鍔は無い。振り下ろした刀の切っ先がオークの親指を切り落とし、オークの鉈が地面に転がった。

 オークが地面に転がった鉈に手を伸ばす。

 俺はそれを許さず、返す刀でオークの首をはねる。

 魔力に包まれた刀はその太い猪首を一刀両断した。

 首の無いオークの死体が転がった。

「ふう……何とか、なったな」

 一息ついてオークの死体を見ていると、その生首と体、飛び散った血は、前回のゴブリンと同じく、魔方陣に吸い取られるようにして消えた。

 精神集中が切れ、力が抜けていく。

 しばらく、屋上で座り込む。

 吹き抜ける風が心地よい。

「で、どういう事だこれは。こないだはゴブリン、今度はオーク。お前の弟子は何がしたいんだ?」

『推定でよいかの』

「ああ」

『わしが帰らないせいだろう。わしに予想外のトラブルがあって、この世界に閉じ込められているとでも考えているのではなかろうか。

 塔には保存術式を掛けたわしの血が一瓶置いてある。

 霊的に繋がったわしの体の一部じゃ。

 わしがこの世界から元いた世界に回廊魔法を使う必要があった時の為、目標とするために置いてきたのだが……逆に向こうからあの瓶を触媒として回廊魔法を発動させることで、この世界――わしの居る世界位置を座標として設定して回廊を開くことも出来るな。

 とにかく、あの瓶が向こうにある限り、あちらの世界とわしの居るこの世界を繋ぐ事は可能だ。

 使用する魔力量も多く難度も高いが……不肖の弟子ながら、あの三人が魔力を合わせれば回廊魔法を使うことは出来るじゃろう。

 繋ぐことは可能だが……自分でこの世界来るにはリスクがある、と考えたのだろうな。

 何せ、わしが対処できない出来事が起こったのは間違いないのだ。

 まず、この世界が安全かどうか調査する為に取り敢えずゴブリンを放り込んだのだろう。この世界の炭坑夫がカナリアを使ったようにな』

「それが前回、と」

『マーカーとして打ち込んだゴブリンはたちまち死体になって戻ってきた。なので、もう少し強めのオークでも送ってみようという事になったのだろう。

 この世界の人間がどれくらいの強さなのか測ろうとしているのではないかな。

 やつらの性格から考えると、だんだんとより強い魔物を放り込んでくると思うぞ。この世界の脅威の度合いを計るために』

「次がまたあると?」

『そうさの、もっと強い魔物が送り込まれるか、はたまた複数匹放り込まれるか……』

「どうしたら良い?」

『ふむ。話せばいい。同じ人間同士話し合いが大事じゃろ。わしの弟子に止めろと言えば良い』

「どうやって話すんだよ。異世界と会話できる方法あるのか?」

『おぬしが回廊魔法を覚えて向こうに行けば良い。もっとも、回廊魔法は既存の高位魔法をベースにわしが開発した、最も難度が高い魔法の一つだ。このままのペースで修行すると百年はかかるだろうがな』

「……すぐに出来る対処法は無い、と……」


 体育祭始末の話。

 騎馬戦は勝利に終わっていたが、陽菜にはそこそこ怒られた。

 クラスの連中からはそれほどではない。一人で二十騎は潰したからだろう。まあノルマは果たした。

 騎馬戦の得点は高く、今年の体育祭は我々偶数組――白組の勝利となった。

 最後の締めに、グラウンドの朝礼台に立った生徒会長静香先輩は、負けを認め、敵チームである我々の栄誉を讃えるスピーチを行い、俺の方を見てにっこりと微笑んだ。気のせいではないはず。

 それにしても美人は何やっても絵になるな。

 万雷の拍手で体育祭は幕を閉じた。


 翌日、剣道部に顔を出した。

「え? 二対一とか三対一で稽古したい?」

 与田が何言ってるんだという顔でこっちを見る。

「体育祭の部活紹介でチャンバラやってたろ。なんか俺も、ああいうの、やってみたくなったんだよ」

「あれは、みんなお約束で動いてたんだぜ? 練習してたの知ってるだろ」

「まあ、いいじゃないか。たまにはこういう遊びも。それとも」にやりと笑みを浮かべる。「多勢に無勢でも、俺に勝つ自信が無いのかな?」

「おーし、んじゃ、袋叩きにしてやるわ」

「できるかな」

 それから、毎日のように剣道部に顔を出すようになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る