第8話 剣道少年と日本刀と原始魔法、そして体育祭

 じいちゃんの家には蔵がある。

 じいちゃんはちょくちょく入っているが、俺はあまり入れて貰ったことはない。鍵が書斎の文机に入っているのは知っているので、持ち出すのは簡単だ。実際何回かこっそり入ったことはある。

 じいちゃんの居る居間からテレビの音が聞こえる。入れ墨の遊び人が悪党どもの巣に潜入調査をしているところだ。遊び人がお奉行様モードになるまでしばらくある。終わるまで居間から出てこないだろう。

 なるべく静かに玄関の引き戸を閉めて、家の裏手に建つ白壁の土蔵へとまわる。

 鉄製の扉に古風なでかい南京錠。

 南京錠に鍵を差し込み力一杯ひねって開けて外し、重い戸を開いて蔵に入る。

 この蔵には結構な数の刀が置いてあるのだ。

 なんでもうちの――山田家のご先祖は江戸時代は刀剣の試し斬りが仕事だったとか。

 ご先祖様は刀のベータテスター。

 蔵の奥にたくさんの木箱があり、その上に名前が書き付けてある。これ、じいちゃんの字だな。

 和泉守兼定、孫六兼元、虎徹、同田貫、七胴落とし、鬼包丁……

 刀の名前なんか知らない。

 適当に同田貫と書かれた箱を開けて手に取った。

 白鞘に入った刀の鯉口をきって静かに引き抜く。

 日本刀には妖しい美しさがある。魅きつけられる。

 ほの暗い土蔵の中で鈍く光る刃を見つめ、精神を集中していく。丹田に力を込める

 ふと、何かが俺の中で開いた。

『おっ! それだ、いいぞ。そのまま保て』

 体に力が満ち、おそろしいほどに感覚が研ぎ澄まされていく。

 今まで感じ取れなかった何かを感じる。

 魔力が広がっていく感覚。

 外のかすかな木の葉の揺れる音すら聞き取れる。

 ……この桜吹雪を忘れたかと問い詰めるお奉行様の声が聞こえる。

 あ、まずい、そろそろ遊び人なお奉行様の番組終わりじゃん。じいちゃん部屋出る前に鍵をもどさんと……。

 精神集中が途切れると、ふっと、何かが閉じた。

 慌ただしく、空の木箱を元の位置に戻すと刀を手に蔵を出てる。

 南京錠を閉め、母屋の書斎に入ると鍵を戻して脱出する。

 じいちゃん、ごめん、ちょっと刀一本借りるよ。

『幻想器官、開いたな』


 その日からの魔法の修行は順調と言えるだろう。

 初めの頃は出来たり出来なかったりだったが、日が経つにつれ、刀を手にして精神を集中すると自由に幻想器官を動かす事が出来るようになった。

 昨日などは、刀なしでも一度幻想器官を開くことが出来た。

 そして、マナを刀に重ねることも出来るようになった。それにうっすらと周囲の魔力を知覚できるようになっていた。フィスタルの知覚はこれだな。

 剣にマナを通す、纏わせるというのは俺にはイメージしやすい。もう一つの体に魔力を纏わせて障壁防御シールドという方はいまいちイメージ出来なくて発動しない。

 うん、まあ、今までに比べて、かなり順調だ。

『毎日毎日発動できるのは下等な魔物しか使わん原始魔法のみ。初級魔法以下だ。刀の切れ味や強度を増すだけの魔法に何の意味がある。マナを無駄に垂れ流しているに等しいわ。どこから順調なんて言葉が出てくる』

 得たのは、魔法が存在するという確信と魔法が使えるという確信、自らの中に幻想器官がある実感を持ったことだな。

 魔法がある世界で魔道士として生まれ育ったフィスタルには分かるまい。

「すずちゃん、最近いつも、竹刀持ち歩いてるね。今日は剣道部行くの?」

 陽菜は俺が肩に担ぐ大きめの竹刀袋を見る。

「行かない。今忙しくてな。奴らも体育祭の準備とかしてるし」

「じゃ、何で竹刀持ち歩いてるの?」

「ちょっとね」

 中身は蔵から持ち出した日本刀同田貫だ。

 魔法の発動の訓練に必要だという事もあるが、一番は、あのゴブリンが出てきた出来事だ。もう一度起きないとも限らない。

 用心のため、得物を手元に持っていたい。

「静香ちゃん先輩だ」

 静香先輩が近づきながら小さく手を振る。たゆんと揺れる。相変わらず素晴らしい。

「おはようございます。鈴之助さん、陽菜ちゃん」

「おはよう。姫守先輩。最近は忙しそうですね」

「ええ。体育祭も近いので、生徒会は準備に追われています。体育祭、鈴之助さんは何に出られるんですか?」

「クラスから出る種目で、借り物競走と騎馬戦です」

「応援します」

 先輩はにっこりと微笑んだ。

「良いんですか? 先輩、奇数組だから赤組でしょ。俺は白組なので」

「応援します」

 まったく変わらぬ笑みを浮かべる。

「では勝ちましょう」

「すずちゃん、借り物競走で可愛い幼なじみとか出たら行くね」

「生徒会長でも巫女でも、なんなら恋人でもお呼びくださって結構ですよ」

「えー、何それ!」

 静香先輩が、ふふふと笑う。

「あんまり陽菜をからかわないでください。冗談だ、冗談」


 週末金曜は、体育祭である。

 うちの高校は、割と生徒主体で行われている。

 イロモノのオモシロ競技も結構ある。まあ、お祭りだ。

 やはり足の速い連中が目立つ競技が多いな。

 剣道部の連中は、部活紹介と部対抗リレーをやっていた。

 部活紹介はまあ、チャンバラな感じの殺陣をやっていた。一体多人数で時代劇みたいに切り合ってた。まあ、ウケは取れていた。

 部対抗リレーは各部が自分の部の特徴を出したバトンを使い、競争する。剣道部はというと、胴着、袴に防具フル装備でかつバトンが竹刀という超ハンデ戦をやっていた。まあ、ウケは取れていた。

  

 俺はというと、まず借り物競走。まあ、こんなのは運次第なんだが。

 スタートの砲声ともに走る。五〇メートル先の自分のコースに置かれているお題を取る。この時点ではほぼ横並びだ。封筒中のお題をみる。

 『かつら』

 ……これは……考えた奴は絶対借り物競走参加する気ないな。

 俺は、まっすぐ教職員のテントの方に走り寄り「箱田先生、来てください」と大声を上げた。

 教師と一緒にゴールに走り、ゴールイン。一位だ。

 審判が手渡した封筒の中身を見て、箱田先生の顔(よりちょっと上)をみる。

「合格です」

 箱田先生が、ぜいぜいと息を荒げながら声を上げた、

「い、一位、お、おめでとう。で、何だったんだお題は?」

「……尊敬する教師です……」


 午後、最後のプログラムは騎馬戦である。

 うちの騎馬戦は帽子につけた紙風船を割られたら負けという方式だ。手には騎手は各々、新聞紙を丸めたテープ止めした棒をもっている。新聞紙の刀だ

 グラウンド両端に赤白両軍の三位一体の騎馬が整列する。中々の迫力だ。

「重い。山田ぁ、本当に大丈夫なんだろうな」

「おう、任せとけ。俺は実戦派だ」

 我に秘策あり、だ。

「まっすぐ堂々と進め。ゆっくりでいい。体当たりで馬を潰されなければそれで構わん」

 新聞紙の刀にすっと構える。精神を集中し、丹田に力を込めて、幻想器官を開く。魔力が体に満ちる。

 刀剣強化ソードエンチャント

 刀に魔力を通す魔法をそう名付けた。名前を付けることでイメージしやすくなる。

 正面から来た来た奴が俺の頭の紙風船を割ろうと新聞紙をのばす。横薙ぎに払う。相手の新聞紙の刀はくにゃりと曲がる。魔力が通してある俺のは曲がらない。

 そして、どんどん、相手の風船を割っていく。

 まっすぐ進み、正面から来る敵を次々に打ち破っていると、観客席から聞き覚えのある声援が響いた。

「いいぞー、すずちゃーん」

「鈴之助さんがんばってー」

 急に周りの敵意がこちらに集中した。

「囲めーっ。後ろからやってしまえ」

 怒声をあげて一斉にこちらに向かってきた。

 魔力を放出し、周囲の気配を読みながら戦う。

 前から来た騎馬の攻撃を首をひねって避けると同時に、右斜め後ろから来た新聞紙の刀を振り返りもせず後ろ手に新聞紙の刀で切り飛ばすして、紙風船を割る。

 お、今のは刀にうまく魔力が通っていたな。

 返す刀で前方の敵の紙風船を割り、遅れてきた左後方の騎馬に向き合う。

「くそ、チームが負けても山田だけは落としたい」

「ふふふ。かかってきなさい」

 挑発に乗って、後ろから隙を狙って来た敵の新聞紙の刀を捌く。

「こいつ、後ろに目があるみたいだ」

 敵の攻撃が集中する。気配を読んで避け、魔力を通した新聞紙刀で相手の刀を切り飛ばし、当たるを幸いに次々に倒していく。

 相手の騎馬の数がどんどん少なくなる。

 流石に、警戒したのか遠巻きにして、俺の騎馬に来なくなった。

『おい、もっと幻想器官を開け。マナをくみ出せ。周囲を幻想器官で知覚しろ』

 フィスタルが急に頭の中で声を上げた。

「おまえも体育祭楽しんでるの?」

『たわけ。早くしろ』

 幻想器官を開く。

 ん?

 なんだこれは。

 さっきまでは無かった、不可視の糸でひっぱられるような、不思議な感覚。

『やはり……霊的相似を使って座標を探っている。座標を固定する為の処理だな』

「どういう事だ」

『わしの編み出した回廊魔法の前兆だな。幻想器官を使えるようになったので、前兆を認識出来るようになったのだ。それほどは時間が無い。もうすぐ何か来るぞ。ここに』

「なんでこんな所に?」

『わしじゃよ。わしを目標座標として回廊を広こうとしているのだ』

 まずいな。こんなとこで人殺しの魔物が出たら……。

 俺は、騎馬を飛び降りた。

「山田っ、何やってんだ」

 勝手にリタイアした俺に騎馬役の三人が怒声を上げる。

「すまんっ、トイレだ!」

 言い捨てて、俺は全力で駆け出した。

 唖然とするクラスメイトを尻目に、人気の無い校舎に飛び込むと自分の教室の竹刀袋を手に取り、そのまま屋上へと駆け上がる。

 誰も居ない屋上。眼下に見えるグラウンドでは騎馬戦が続いている。

 魔法的なつながりがどんどん強くなっていく。

『もうすぐだ。来るぞ』

 俺は竹刀袋から白鞘の日本刀を取り出す。

 三度目の、世界が異界に変わる感覚。

 マナに満ちた空気だ。俺の幻想器官が喜ぶように周囲のマナを吸収している。

 目の前に魔方陣が展開され、その光の上で大きな陽炎がゆらめく。

「でかいな」

 魔方陣の上には、前回とは違い、二メートルほどの姿。

 人間と豚と猪を合わせて悪意を持って戯画化したような醜悪な怪物がそこに居た。

『オークじゃな』

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