第7話 剣道少年、ゴブリンを退治する
魔法の修行をするようになって一月がたった。
驚く程に、まったく進歩がない。
幻想器官なる見えざる臓器が自分に埋め込まれているはずだが、全く制御も認識もできない。
あまりの進歩のなさに異世界の魔道士フィスタルも、最近、俺に教えるより自分の興味があることを知るのに夢中になっているような……。
家に帰ってからずっとテレビはつけっぱなしだ。ついでに寝てるときも。
それから、ネットには酷く感心していて、やたらとインターネットのホームページとか閲覧している。
『鈴之助、次だ、その三番目のリンクを開くのだ』
こっちはマンガ読んでるのに、いちいちめんどくさい。
そういや、こいつ、いつの間にか周囲を知覚することは出来るようになったらしい。
『おぬしもマンガよりこっちのホームページ読めばいいじゃろ』
「お前が見るホームページつまんないんだよっ。何書いてるかさっぱりわからん」
『あまり使わないと脳みそまで筋肉になるぞ』
「余計なお世話だ。もう寝る」
『この世界の知識は素晴らしい。物理、化学、数学、医学、これらの発達により技術が進歩し、人々が豊かになり、経済学や人文知も発達していく。あちらの世界に居たときにこの知識があれば。そして、これを魔法に応用すれば我が力は飛躍的に……』
なんか盛り上がってるフィスタルの声が頭に響く。
「頭の中で怒鳴るな、うるさい」
朝の通学路、陽菜と歩いていると。
「あ、静香先輩だ。やっほー」陽菜がぶんぶんと手を振った。
いつものように静香先輩が俺と陽菜に合流する。
上品に会釈する先輩。
「おはようございます。あら、鈴之助さん、これは何ですの?」
静香先輩の白く細い指先が、俺の黒光りする、スゴイ、太いモノに触れる。
うっへっへ。
「六角棒っていうんだけどね。握るところ以外がスゴイ太い六角形の木刀。まあ、素振り用の重い木刀です」
こんな物を肩に担いで歩いているので目立つ目立つ。
「剣道部の人に貸すんだよ」陽菜がなぜか得意げにさっき俺が言ったことを先輩に教える。
「あら、剣道部の備品なら、部費で買えばよろしいのに」
「いや、昨日までは同じ物が部の備品であったんだよ。剣道部の連中……ちょっとしたことで壊しちゃったんでね。
しょうがないから、しばらくうちであまってる奴を貸すことになった」
山田殿、ナニトゾよしなにッ、と拝まれて反射的に「よかろうっ」て返事しちまった。まあ、じいちゃんちの道場や蔵にはいくつも転がってるからいいだろう。
ちなみに剣道部のちょっとしたことがどんな事かと言うと、グラウンドに乱入して野球部と勝負したらしい。
胴着に防具姿のままバッターボックスに立ち、ピッチャーの投げた硬球を六角棒で打ったらヒビが入ったとか。
馬鹿である。
しばらく顧問の先生の目を誤魔化したいとのこと。
先延ばしにして、好転するのかしらんが。
放課後。
「んじゃ、剣道部に顔出してくるから」
「また、明日ね」
陽菜と別れて教室を出る。
校舎裏から道場棟にゆく林の中の小道。
六角棒を肩に担いでのんびりと歩く。
ふと違和感を感じた。
雰囲気が、世界が異界に変わっていく。この感じは前に!
『……マナに満ちた大気だ。心地よいの。後ろだ』
振り返ると、地面がほのかに光を放っている。
魔方陣!
『これは……わしの開発した回廊魔法じゃな。何か来るの』
魔方陣の上に陽炎がゆらめいた。
酷く小柄な……子供?
違う、人間ではない。
酷く青ざめた肌に粗末な衣服をまとい、悪意を持って人間を戯画化したような醜い小人がそこに立っていた。
片手に持つ小剣には、黒々とした血糊のようなものがこびりついている。
そいつは、こっちを見て、目を見開くと、ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ、と聞き苦しい声で威嚇するようにわめきちらした。
憎しみのこもった目。
「なんだこれは」
『ゴブリン、だな』
まるで、人間という種に憎悪を抱いているかのような目だ。前にフィスタルが、魔物はまるで神に人を敵とし定められているのかのように襲ってくると言っていたが、確かにわかり合えそうにない。
そいつは、こちらとの体格差をものともせず、ショートソードで斬りかかってきた。
俺はとっさに手に持った六角棒で受ける。そんなに切れ味が良さそうにも見えないのに六角棒ががっつりと削られる。
「くそ、こんなんでも買ったら高いんだぞ」
奇声をあげながらショートソードで突きかかってくるゴブリンの頭に向かって六角棒を振り下ろした。
ぐしゃりという感触。広がるどす黒い血。
「やっちまった」
ゴブリンは血走った目で俺の顔をにらみながら死んでいた。
すると、その体が、まき散らされた血が、魔方陣に吸い込まれるように消えていった。
やがて、光る魔方陣の光が弱まり、消え、あたりに静寂が戻る。
『ふむ。死ねば回廊から元の世界に引き戻されるのか。魔物の肉体の構成物質がこの世界の理に合わのか、意思に反し無理矢理送り込んだ弊害か、術の構成が甘いのか……それとも意図的なアレンジか……』
「何なんだ。一体、何が起こったんだ?」
『わしの元居た世界と繋がった。弟子が回廊魔法を使ったのだろう。回廊にゴブリンを放り込んだんだな』
「弟子? そう言えば、異世界に来いと言ってた夢の中でお前の後ろに何人かローブ着た奴が居たな」
『わしの弟子……ということになっておる。今のところはな』
「で、何でゴブリン?」
『さぁな』
せっかく持ってきた六角棒がざっくり削られている。
「しかし……あれが魔物か」
「最下級のな。ゴブリンは、まあ、一体だけなら農夫でもたやすく狩れるだろう。しかし、群れで生活する生物だからな。集まると小さな村などは大きな被害を被る。それに、何度も講義したが――頼むから覚えて欲しいのだが――魔物はマナを吸収して生きる生き物だ。中には魔法を使うモノもおる。最下級の魔物であるゴブリンの中にも、たまにな。油断するべきではないの」
この口うるさい教師の授業を思い起こす。
あれが魔法を使う?
少しおかしくないか。
「おまえから、延々と、座学を聞かされたわけだが、魔法について……」
『聞いたうち、何割が頭に入っているやら……』
「けど、あのゴブリンみたいなのが、魔方陣の最適化だとか、術構成式だとか勉強して覚えるとは思えないのだが……」
『魔道士が使う魔法をゴブリンごときの魔法と一緒にしてもらっては困る。人はマナの使用を最適化し拡大化し効率化するために魔法を学問として体系化したが、ゴブリン程度が使うのはそれ以前の原始的な魔法じゃ。
せいぜい、剣に魔力を纏わせて切れ味をあげたり、体に魔力を纏わせてダメージを軽減したりするだけのものじゃよ。マナをそのまま直接使うので魔力使用効率がデタラメに悪い。酷いしろものじゃ。本能に近いところで使っているんだろう。くだらん』
……いや、その魔法、結構良くない?
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