第6話 剣道少年、魔法の修行を始める2
それから、2週間、毎日毎日帰宅しては、座学を聞いたり、座学を聞いたり、座学を聞いたりの日々だったが、今日で座学は終わりだ。
『終わりではないわ』
終わりではないが、座学は中断で実技に移行だ。
だって、座学、つまらんのだもの。学校から帰ってまで勉強したくない。
『だからといって、人が講義してる最中に腕立てするな』
「ちゃんと聞いてたって。マンガとか読み始めないだけがんばってたと思って欲しい」
だって、座学、つまらんのだもの。
『二度言わんでも良い。魔法理論概論も術構成基礎課程も聞き流しただけで、魔方陣も力ある言葉もろくに覚えず魔法を使いたいとか。それではろくな魔法はつかえんぞ』
「俺は実戦派なんで、まずは魔法が存在する事を確信したいんだよ。この世界では魔法は物語の中にしかないんだぜ」
『魔法の存在が常識であるわしには想像しがたいが、マナが希薄なここでは仕方が無いか。
うむ。まずは、精神集中しやすい姿勢になれ』
道場で黙想するように、部屋の床で正座する。手は軽く握り足の上に。背筋を伸ばして静かに目を閉じる。
「この世界はとてもマナが希薄なんだろ。俺の幻想器官に魔法を使うマナって溜まっているのか?」
『座学で言ったはずじゃがな……。
いくら人類最高クラスの幻想器官といえど、マナの希薄なこの世界で集められるマナの量は微々たるものだ。
じゃが、わしが封印魔法を使った時に無意味に流れた膨大なマナ、あれはその後、消滅せずそのまま幻想器官に吸収されたようだ』
「あー、あの名前間違えた時の」
『貴様はなんで思いつきでペラペラとしゃべるんだ。口に出す前に考えてしゃべるべきだろう。人としてそれはどうなんだ』
何か怒ってらっしゃる。いや、そのおかげで俺は助かったんだが……あまり触れないでおこう。
『この体に宿る幻想器官にはそのマナが蓄えられており、貴様は使う事が出来る。
この魔力は膨大だ。相当高位の魔法まで行使が可能にだろう。それこそ次元を渡るような、な』
それ、使わせたいのか。いや……異世界に行く気はないんだけど。
『まあ、まずは自分の体の一部である幻想器官を知覚し、使うことじゃ。
確かに魔法の福音なきこの世界では、理論の前に魔法が存在することの確信は必要かもしらんな。実技を先行させるのもよかろう。
なあに、そんなに難しいことではない』
それから十日が過ぎた。
授業中、ぼんやりと考える。
眠い。昨日も一晩、何一つ成果の無い特訓してたから。
魔法、まったく使えるようにならん。そもそも幻想器官なるものが認識出来ない。だからマナが認識出来ない。
頬杖ついて目を閉じるとふっと睡魔に襲われる。
『なんで、そんな簡単な事が出来んのだろう』
んなこといったってなぁ。
取りあえず幻想器官の入り口を開け?
見たこともない、どこに生えてるのか分からない三本目の腕を動かせと言われているようなもんだ。
『うむ。おぬし……センスがないのぉ。物理的にも霊的にも肉体の特性は、同一と言って良いほど、完全にわしの相似体だというのに』
……向いてないし、やめようかな。やはり、俺は剣一本で……
『まてまて』
フィスタルが慌てる。
『おぬし前に、剣闘士奴隷のマネ事をしてた時、あの時は幻想器官が開いただろうが。あきらめるな』
剣道の試合だっての。
つか、剣闘士奴隷に居るんか、異世界。
ふと。チリチリと視線を感じた。
とっさに目を開くと眼前に迫るチョークを右手で受け止めた。
「ち、起きてたか」
少し悔しそうな先生の声。
それと同時に授業の終わりのチャイムが鳴る。
『……素質はあるんじゃ。それは保証する』
「今日は気晴らしに、じいちゃんちで稽古つけて貰うかな」
『おぬし場合、戦いの中が一番発動しやすい気はするの。それも良いかもな』
通学リュックを背負うと「帰るぞ、陽菜」と隣の席に声を掛ける。
「ちょっと待ってー」陽菜はぽちぽちとスマホでなにやらメッセージを送っている。「静香ちゃん先輩が生徒会ないから、今日は一緒に帰ろうって」
なにその連絡網。なんか、与田とか数人の男子が恨めしそうにこっちを見ている。
そっちに手を上げ「んじゃな」と挨拶すると、「爆発しろ」と返事が返って来た。
三階から降りてきた先輩と合流して帰る。
「静香先輩、生徒会ない日もあるんですね」
「はい。別に毎日あるわけではないのですよ。鈴之助さんは今日はお早いですけど何かご予定は……」
「これから、じいちゃんの家で稽古をつけて貰おうかと思ってる」
「あれ? すずちゃん、今日は剣道の日じゃないんじゃないの?」
「道場は休みだよ。ちょっと個人的にじいちゃんに稽古つけて貰おうかと。マンツーマンで」
「あの……、見学させて貰っても宜しいでしょうか?」
「全然問題ないですよ。じいちゃんも美人は歓迎だろうし」
「まあ、そんな」
「すずちゃん、わたしも! わたしも行っていい?」
「いいもなにも、おまえは俺が居なくても勝手にじいちゃんち入り浸ってお菓子くってるだろうが」
案の定、じいちゃんは大歓迎だった。
道場に行っても、
「二人とも、めんこいの。どっちが鈴之助の嫁になるんじゃ?」
などと言って、陽菜と先輩をからかっている。
普段あまり女っ気ないところに二人も来たので年甲斐もなくはしゃいでいるな。
放っておいて、俺は別室で着替えて道場に戻る。
陽菜と先輩は壁際に座っていた。陽菜はぺたんと女の子座りで、先輩はぴん背筋を伸ばし正座。
一礼して道場に入るとじいちゃんの雰囲気が変わる。
道場の真ん中にお互い進み、一礼する。
竹刀を構えて、向かい合って立ち会う。
静かに、精神を統一する。前より、精神の制御が格段に上がっている。それは分かる。そこまでは良い。
じいちゃんが目を細めてこっちを見ている。
「おめぇ、何か変わったな」
『なかなか鋭いな』
黙れ。気が散る。
軽く剣先を上下に揺らすと、そこからするっと竹刀が伸びてくる。
届かないと思った間合いが何故か届く間合いになっている。年の功だな。
三合ほど打ち合う。
「おう。胸貸してやる。懸かり稽古だ。かかってこい」
よし。
甘えるとしよう。心を無にして、ひたすら打ち込んだ。
二十分ほど何も考えずに続けて、息が上がってきたところでやめる。
「ああ、いい汗かいた」すっきりした。
『なんか忘れてないか?』
あ、魔法を使おうとか、忘れてた。
「あの、これどうぞ」と、先輩がハンカチを差し出してくれた。
顔を拭く。良い匂いがした。
「おー、べっぴんさん、良い嫁さんになるな」
「じいちゃんの裏切り者」
陽菜がほおを膨らませる。
「陽菜ちゃんもがんばれや。まあ、どっちにしても山田家は安泰だな」
ふぉっふぉっふぉっとじいちゃんが変な笑い方をしている。
「あの、わたし、姫守神社の一人娘なので、出来れば婿に来て頂けるとありがたいのですが……」
「んー、それは勘弁せぇや。山田家を守らねばいかんのでなぁ」
「はいっ、はーいっ、陽菜はそういうの大丈夫よっ」
「陽菜ちゃんもめんこいし、それなら……。いや、まてよ、鈴之助に弟でも出来れば、別に姫守さんでも」
「おい、じいちゃん……いい加減にしとけ」ほっとくと本人抜きで勝手に未来が決められそうで怖い。
「で、何悩みは、解決しそうか?」
「良く分かるね。いや、駄目だわ。
じいちゃん、修行に行き詰まった時って、どんな事してた?」
「修行の行き詰まりか。じいちゃんが若い頃は、そうさな、そういう時は武者修行の旅に出たもんだ。山ごもりしたり、あちこち巡って、いろんな流派の扉叩いて。旅から戻ると一皮むけた気がしたな」
「武者修行ねぇ」
若い頃は武者修行と称してやたらと旅行していたのは知っている。
ばあちゃんも旅先で見つけてきたらしい。
じいちゃんの武者修行話は、凄く楽しい痛快活劇調の冒険譚で、子供の頃は陽菜と一緒にせがんで話を聞いては目を丸くしていた。
そんなに面白いなら、いつか武者修行の旅に行きたいねと当時、陽菜と言っていたが。今考えて見るとホラ吹き男爵顔負けというか、どう考えてもフィクションてんこ盛りだ。
旅先で毎回、違うヒロインが出てきたりするので、死んだばあちゃんが聞いたら、笑い転げただろう。
「すずちゃん、武者修行旅行いくの?」
「いかねぇよ」
……武者修行旅行……楽しそうではあるけどね……。
しかし、なかなか、良い修行のアイデアがないなぁ。どうしたもんやら。
ま、気分転換にはなった。
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