第10話 剣道少年の大乱戦 その1
「囲め」
俺は、周囲を囲む有象無象に向かって、笑ってみせる。
「ふふふ、山田流正眼崩し、破邪の一刀受けてみよ」
「ちょこざいな! かかれっ」
正面はおとりだな。
左右同時にかかってくるが、左の方がやや飛び出すタイミングが早い。
左に向かって飛ぶと面を打つ。入った。
後ろも見ずに、遅れて振ってきた刀を避ける。そのまま、正面を向き、囮役だったそいつに突きを入れる。これは相手の剣でそらされるが、その勢いで走り抜け、囲みを抜けて振り返る。
「まずい、囲むんだ」
「遅いっ!」
一対一は負ける気がしない。目の前に立つ男の小手を打ち、そのまま流れるようにその後ろに立つ男の胴をないだ。
残る一人がこちらの小手を狙って振り下ろした剣をすかして振り上げ面を打つ。
「くそ、また負けた」
「いやあ、また、腕を上げたなぁ」
与田がバカに感心したように言う。
「いや、与田、そういうレベルでは無いような」
もうちょっと頭の良い部員が胡散臭そうにこっちを見る。
「なあ、山田さんちの鈴之助さんよ……」
「なにかな?」
「たまに、竹刀が当たらずに弾かれるんだが」
「気にするな」
「たまに、竹刀が切り飛ばされるんだが」
ちなみに同時には使えない。
「気にするな」
「気にするわっ、カーボン竹刀高いんだぞ。部の備品ならともかく、個人持ちのカーボン竹刀壊しやがってっ」
ちょっとやりすぎたかもしれない。
「反省している。次は気をつける」
「反省でなく、弁償しろっ」
「あー、代わりに家の持ってくるよ」
「お前の所の全部竹の竹刀じゃないか」
「いや、こう、竹刀はだな、竹の奴を自分でケバ削ったり、ロウを塗ったりして手入れするのも修行だと思えとじいちゃんが……」
「それが面倒くさいからカーボン竹刀買ってんだよ!」
怒りすぎは健康に良くない。カルシウムを取ろう。
それはそれとして、ここの所、毎日のように剣道部に遊びに来ている。
複数人を同時に相手するのは、良い練習になっている。
まあまあとなだめていると、ふと、気配に気づいた。
入り口を見る。
「あ、静香先輩」
「こんにちは、鈴之助さん」
俺を取り囲んでいた剣道部連中が急に大人しくなる。
「ちょっとお邪魔しても宜しいですか?」鈴を転がすような声がむさ苦しい道場に響く。
「「「はいっ、もちろんです」」」練習してるのかというくらい声を合わせて答える剣道部連中。
「監査とかですか?」俺は生徒会長が剣道部に来そうな案件を思い浮かべた。
「いえ、まさか。剣道部に何一つ問題があるとは聞いていませんよ」
生徒会の情報網には深刻な問題がある。
「で、今日はどうしたんで?」
「今日は生徒会で帰る時間が遅くなってしまって。ちょうど今終わったところなんです。陽菜ちゃんから、鈴之助さんも今日は剣道部で遅いとお聞きしたので、見に来ました。陽菜ちゃんもまだ居ますので一緒に帰りませんか、と」
「はいはい、そうですね。遅い時間の一人歩きは危ないです、送りましょう!」
「一人歩き……いえ、陽菜ちゃんも一緒ですよ?」
「あれは、数に入らないです」
「また、そんな心にもない事言って。陽菜ちゃんが拗ねるの楽しんでるでしょ」
「別にそんなつもりは……あ、じゃ、俺帰るから」
剣道部連中に手を上げると、山田もう来るな、とか鈴之助を呪うとか、口々に友好的な挨拶してくる。
軽く手を振り、剣道場を後にした。
「なんか、こうして三人で帰るのも久しぶりだね、すずちゃん」
「そだな。最近、ほぼ毎日剣道部行ってるからな」
「急に練習熱心になったね?」
「ちょっとね。じいちゃんの若い頃を見習って修行しようかな、と」
「あー、すずのおじいちゃんの若い頃の話面白いよねぇ。剣に生き、剣に死す、とか言って横浜の倉庫街に消えてった話とかかっこいい」
「陽菜よ。あれ、そのまま信じるなよ。そもそもじいちゃん生きてるぞ」
「なんだか楽しそうなおじいさまですね」
夕闇の中に歩く影三つ。
前方からきた黒塗りの
車の後部座席から降りた男二人が俺たちの前に立ちふさがる。
「探したぜ、あんちゃん」
「良いねぇ、今日は両手に花かよ」
どことなく見覚えがあるアロハシャツの男。
「えーと、誰?」
なんか、静香先輩の顔が青ざめている。
「ふざけんなよ、この傷、どうしてくれるんだ」
とシャツの腕をまくる。
そこには、まるでナイフでザックリ刺して、縫って治療したかのような跡が……。
あーあー、あの言動が痛々しいチンピラか、静香先輩に絡んでた。
やっと思い出した。
『後ろからも来るぞ』
道路の後ろを塞ぐように白い大型の
「どうだ、てめぇ」
「どうだと言われても、いち、に、さん、ご、のなな、と。高校生一人捜すのに大人がたくさん……暇なんだなぁ、としか」
男たちが怒気を発する。
『だから、鈴之助よ、あまり考えずに発言する癖、直した方がいいと思うぞ』
「……この商売なめられたらおしまいなんでな」
ヤの付く自由業の人でしたか。
いい年して、女子高生を酔っ払ってナンパしてたら舐められても仕方が無いと思うんだが……。
「ふてぶてしいガキだな」
後ろにいたチンピラがニヤニヤと笑いながら、
「いい女つれてるじゃないかよ、お兄さん達にも分けてくれよ」
と手を伸ばしてきた。
「触るなっ!」
俺は怒声をあげて睨み付けた。
ビクリと手をとめるチンピラ。
「貴様殺……じゃない」冷静さを失っても良いことはない。
「……えーとだな……そちらのお嬢さんはここら辺じゃ名のある名家のご令嬢だよ。ヤの付く商売の人間でも下っ端が簡単に手を出すと痛い目見る事になるんじゃないかな、と」
俺の正面に居るアロハシャツの男が首をしゃくると、チンピラは引き下がった。
「俺が目当てだろ。関係ない女の子二人は帰してくれないかな」
先輩の方は関係者だが、覚えているだろうか? 取り敢えずしらを切っておこう。
そいつは見せつけるようにナイフを取り出して、陽菜の方へ向けて見せた。
「駄目だな」
どうする。
背中の竹刀袋の中の刀を意識するが、二人を守りながらこの人数とやり合うのは厳しい。
どうしたもんだか。
『おい、鈴之助よ。わしが解決してやってもよいぞ。こいつら全員骨も残さず殺して見せよう。くくく』
頭の中でフィスタルの悪魔じみた
「出来るのか?」
『わしが魔法を使えばたやすい。どうする? わしに任せるか? おぬしが一言、うん、といえばわしが貴様の体で魔法を使い、こやつらを皆殺しにしてくれる』
皆殺しかあ……。
「あー、それ聞いて少し余裕が出来た。暴れる気だったが、ぎりぎりまで待とう」
いきなり人の命を取る決断はちょっとなぁ。
もちろん、自分や陽菜や先輩に被害が及ぶようなら決断する。
が、まあ、現代を生きる一高校生として可能ならば穏便に済ませたい。
『甘いの。こういう邪魔な奴らなど、まとめてさっさとまとめて消せば良かろうに』
「命の安いお前の世界と一緒にするな」
ナイフ傷のチンピラは早々に、黒塗りのベンツに乗り込んだ。
残った連中は俺たちをワゴン車に入れたいようだ。
「何ぶつぶつ言ってるんだ、てめぇ。逃げられると思うなよ。若に手を出したのが運の尽きだぜ」
「若ってなんだ?」
「てめぇがナイフで刺したのは組長の息子なんだよ。運がなかったな」
いや、刺したのはお前だろ。俺は突き飛ばしただけだよ。
「すずちゃん……」陽菜と先輩が心配そうにこっちを見る。
「二人を解放するなら大人しくついていく」
「いや、一緒につれていく。お前が大人しく付いてくるなら二人に手は出さないし、解放する。ついてこなければ今、可愛い顔に傷がつくぜ」
「……分かった」
俺ではなく女の子にナイフを向けて車に乗るように促す男。くそ。
やたらと中が広い車だ。運転手含めて5人がこのワゴン車に乗っていて、先行する黒塗りのベンツに続いて走る。しばらくすると、ベンツは速度をあげ視界から消えた。
焦ってもしょうがない。ゆっくりと腰を掛ける。両脇の陽菜と先輩が服の袖をつかんでいる。
向かい合った座席にも三人、露骨に威嚇する表情を浮かべて連中が座っている。
「ごめんなさい、元はといえば、わたしのために」先輩が小さく呟く。
「なーに、先輩に何一つ悪い事はありません。からんで来たあいつらがクズなだけです。強いて言えば美しさが罪かと」
「良い度胸だな」ナイフを見せびらかすように言うチンピラ。
「……また、仲間を刺すなよ」
そいつが顔を真っ赤にした。
「てめぇ、殺すぞ」
「若とやらが何かする前に殺してもいいのか?」
怒りで顔を赤くしたまま押し黙る。
そら、若とやらが別の車に乗ってるんだから、今は何もできんだろうな。
「……港の方か……」
しばらく走ると、車は港に立ち並ぶ倉庫の一つの前に止まった。運転手が倉庫に向かって何か叫ぶと大きな扉が開き、車はその中へと滑り込んだ。
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